サイエンス

マウスの脳に埋め込んだワイヤレスデバイスで他の個体と仲良くさせることに成功


アメリカ・ノースウェスタン大学のエンジニアや神経生物学者からなる研究チームが、「脳に埋め込んだワイヤレスデバイス」を用いてマウスの脳に刺激を与え、他の個体との社会的相互作用を増加させることに成功しました。

Wireless multilateral devices for optogenetic studies of individual and social behaviors | Nature Neuroscience
https://www.nature.com/articles/s41593-021-00849-x

Implanted wireless device triggers mice to form instant bond - Northwestern Now
https://news.northwestern.edu/stories/2021/05/implanted-wireless-device-triggers-mice-to-form-instant-bond/

Scientists remotely controlled the social behavior of mice with light | Science News
https://www.sciencenews.org/article/optogenetics-social-behavior-brains-mice-light

人間の脳は1000億個以上ものニューロン(神経細胞)からなる複雑なシステムであり、外部から特定の神経細胞や領域だけを選択して調査することは非常に困難です。そんな脳内の神経回路機能を調べるために用いられているのが、2005年頃から動物に導入されている光遺伝学という手法です。

光遺伝学は光学と遺伝子工学が融合した研究分野であり、研究者はまず、特定の神経細胞に光で活性化するタンパク質を遺伝子工学的手法で発現させます。次に、光で活性化するタンパク質が発現した神経細胞に光を当てることにより、脳の活動を制御したり監視したりすることができるとのこと。

ノースウェスタン大学の神経生物学者であるYevgenia Kozorovitskiy准教授は、「これはSFのように聞こえますが、信じられないほど便利なテクニックです」とコメント。遺伝子工学的な手法を用いるため、記事作成時点では光遺伝学を人間に適用することは承認されていませんが、将来的には失明やマヒの治療に用いられる可能性があるそうです。


光遺伝学は脳活動の研究において非常に便利ですが、「脳の神経細胞に光を当てる必要がある」という点に起因する制限がありました。一般に、マウスなどの脳に接続して光を当てる光ファイバーはワイヤーを通じて外部光源に接続されています。この状態では1匹のマウスを調べることはできても、複数のマウスが相互作用する環境ではそれぞれのワイヤーがマウスの動きで引っ張られてしまい、絡まったり抜けてしまったりするとのこと。

ノースウェスタン大学のバイオエレクトロニクス研究者であるジョン・A・ロジャース教授教授は、「マウスたちが動き回る時、ワイヤーはさまざまな形で引っ張られました」と述べ、ワイヤーが引っ張られることでマウスの動きにも影響がでてしまうと指摘。マウスに接続されたワイヤーが動きを変えてしまう場合、実験で観察されるマウスの動きは現実に即したものではなくなってしまう可能性があります。

そこでワイヤレスウェアラブルテクノロジーの第一人者であるロジャース氏らの研究チームは、皮膚の裏側かつ頭蓋骨の上に設置可能な薄型ワイヤレスデバイスを開発しました。このデバイスは厚さわずか0.5mmであり、先端にLEDライトが付いた柔らかい糸状の部品を有しています。この糸状の部品が頭蓋骨に空けられた小さな穴を通って脳内に伸び、先端のLEDライトで標的となる神経細胞に光を照射する仕組みだとのこと。ワイヤレスデバイスはスマートフォンの電子決済に使われている近距離無線通信(NFC)プロトコルを用いて通信を行い、研究者はLEDライトの点灯をリアルタイムで操作できるほか、周囲のアンテナからワイヤレスで給電することができるため、重くてかさばるバッテリーも排除できたそうです。


開発したワイヤレスデバイスの有用性を確かめるため、Kozorovitskiy氏は複数のマウスにおける社会的相互作用を光遺伝学で制御する実験を設計しました。実際に研究チームが密閉された箱にデバイスを装着したマウスを2匹入れ、高次の実行機能に関する脳領域の活性化を同期させたところ、社会的相互作用の頻度と時間が増加したとのこと。一方、脳領域の活性化を非同期させたところ、社会的相互作用は即座に減少したそうです。

今回の実験を応用することで、さらに多くのマウスを同じ場所に集めた状態で、特定のペアだけを頻繁に相互作用させることも可能だとのこと。実験を行ったKozorovitskiy氏は、「私たちは実際にこれがうまくいくと思ってはいませんでした」とコメントし、今回の研究は神経の同期が社会的行動に影響を及ぼす仮説に関する、初の直接的な実験結果だと述べました。


ワイヤレスデバイスを開発したロジャース氏は、光遺伝学に用いるバッテリー不要の埋め込み型デバイスを実現し、特定の環境下で同時に複数のデバイスをデジタル制御したのは今回の研究が初めてだと指摘。「孤立した動物の脳活動も興味深いものですが、個体を超えて複雑で社会的な相互作用を行う集団を研究することは神経科学において最も重要でエキサイティングなフロンティアの一つです。私たちは現在、集団内の個体間における絆がどのように形成され、崩壊するのかを調査し、どのようにして相互作用から社会的階層が生じるのかを調べるための技術を持っています」と述べました。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1h_ik

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