サイエンス

なぜ「新型コロナウイルスは武漢の研究所から流出した」という説は完全否定できないのか?


新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が「中国・武漢市から広がった」とされる理由の1つは、同市に存在する「武漢ウイルス研究所」というウイルス専門の研究所が出どころではないかと考えられたことにあります。この説は世界保健機関(WHO)が調査の末に否定しましたが、大手アメリカ大衆紙のUSA Todayが社説で「アメリカでは研究所からウイルスが流出する事件が定期的に発生している」と指摘し、「武漢研究所流出説は否定しきれない」と論じています。

Why the COVID lab-leak theory in Wuhan shouldn't be dismissed
https://www.usatoday.com/in-depth/opinion/2021/03/22/why-covid-lab-leak-theory-wuhan-shouldnt-dismissed-column/4765985001/

2021年2月、新型コロナウイルスの発生源などの解明に向けて武漢入りしていたWHOの調査チームが「武漢ウイルス研究所から新型コロナウイルスが流出した可能性は極めて考えにくい」と結論づけました。

WHO 武漢調査チーム 「研究所からウイルス流出可能性低い」 | 新型コロナウイルス | NHKニュース
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210210/k10012858521000.html


この結論の理由について、WHOのピーター・ベンエンバレク氏は「研究所でのウイルスの管理状況を調査した結果」と回答。同研究所でのウイルス管理状況に問題はなかったという見方を示しました。

この結論について、「研究所からウイルスが流出することはよくある」と切り込んだのが調査報道を専門とするUSA Todayのアリソン・ヤング氏。同社の報道によると、アメリカの研究所の多くは生物学的研究に関する事故の報告に後ろ向きで、実験に用いた病原体や研究所のミスだけでなく、連邦規制当局による懲戒処分などの重要情報を隠す研究所すら確認されているとのこと。中には連邦政府からの情報開示請求を無視したり、研究費の条件として課された情報公開に対して数百ドル(数万円)の「開示請求料」を取るという嫌がらせを行ったり、生物事故に関する調査の際には研究記録を例外として扱うようにロビー活動を行った研究所もあったそうです。

このような状況下にもかかわらず、明らかになっているだけでも、高セキュリティの研究施設から職員の衣服に致死性のバクテリアが付着して流出したという事件や、汚染された空気が流出した問題が発覚後も流出孔がダクトテープで閉じられていたという事件、MERSコロナウイルスの遺伝子操作実験が当局の承認を得ないまま行われていたという事件ブルセラ菌が流出し近隣の牛に感染した上にその牛の肉が一般販売されたという事件などがアメリカ国内で発生しているとのこと。こうした「研究所の日常」から、表層的なウイルス管理状況だけでは流出の可能性は算定できないというのがヤング氏の主張です。


新型コロナウイルスの起源について、WHOの専門家チームの中で有力視されているのが、「コウモリ由来のウイルス」という説。コウモリはコロナウイルス種の一般的な宿主であり、2003年にパンデミックを引き起こしたSARSコロナウイルスで確認されたように「コウモリの中で進化したコロナウイルスがまず動物に広がり、その後人間にまで感染が広がった」という見方が一般的です。しかし、コウモリから新型コロナウイルスの近縁種が確認された事例は存在するものの、ヤング氏は「新型コロナウイルスと動物の感染源を結びつける直接的な証拠はない」としています。

ヤング氏は新型コロナウイルスの起源が政治的な問題として取り扱われている現状について触れつつ、「真実に到達するためには妥当な理論を全て徹底的かつ公平に調査する必要がある」と主張。WHOの調査について、中国政府からの独立性や専門知識、情報に対するアクセスなどが不足していると言及しています。


なお、中国はWHOの調査団に対して新型コロナウイルスに関する未編集データの引き渡しを拒否しています。

中国がWHOの新型コロナ調査団に対して未編集データの引き渡しを拒否 - GIGAZINE

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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