ラジオ番組「宇宙戦争」がアメリカ全土をパニックに陥れたという話はメディアによって作られた
1938年にアメリカで放送されたラジオ番組「宇宙戦争」は、放送を聞いた人々が番組内で語られる火星人の襲来を事実だと思い込み、アメリカ全土でパニックを起こした伝説的な番組として伝えられています。しかし、実際には宇宙戦争がアメリカでパニックを引き起こした事実はなかったそうで、「現代まで伝えられる一連の話は新聞によって作られた」とニュースメディアのSLATEがまとめています。
Orson Welles’ War of the Worlds panic myth: The infamous radio broadcast did not cause a nationwide hysteria.
https://slate.com/culture/2013/10/orson-welles-war-of-the-worlds-panic-myth-the-infamous-radio-broadcast-did-not-cause-a-nationwide-hysteria.html
アメリカのラジオ局・CBSは1938年10月30日、SF作家のH・G・ウェルズが著した小説「宇宙戦争」を脚色したラジオドラマを、映画監督であり俳優でもあったオーソン・ウェルズの朗読で放送しました。このラジオ番組に関連して、「アメリカに住む多くの人々が『宇宙戦争』の内容を本当だと信じこみ、全土でパニックが起きた」という話が広く知られていますが、実際にはほとんどパニックなど起きていなかったとのこと。
一体なぜ「ラジオを聞いた人々がパニックに陥った」という話が伝えられているのかというと、放送翌日に新聞が「宇宙戦争」によって引き起こされたパニックをセンセーショナルに報じたからだとSLATEは指摘。当時、新たな媒体として人気を博したラジオは新聞から広告を奪い、出版業界に大きなダメージを与えていたため、新聞社や雑誌社は情報源としてのラジオの信頼性を損なわせるために「宇宙戦争」を利用したそうです。
たとえばニューヨーク・タイムズは、「Terror by Radio(ラジオによる恐怖)」という社説の中で、実際のニュースが報じられるのと同じスタイルで「血まみれのフィクション」を報じたとして、ラジオ関係者を非難しました。また、月刊貿易誌のEditor and Publisherも「宇宙戦争」の話題に乗じて、「ニュースの仕事を遂行する能力が証明されていない媒体による、不完全で誤解を含むニュースの危険性に国全体が直面しています」と述べ、ラジオの信頼性に疑念を呈すような報道を行ったとのこと。
「宇宙戦争」が放送された当日にパニックが起きていなかったことに関しては、さまざまな証言が寄せられています。たとえばラジオ編集者のベン・グロス誌が1954年に発表した回想録では、10月30日に「宇宙戦争」の放送が終了する直前にタクシーでCBS本社へ向かった際、マンハッタンの街が静かでパニックなど起きていなかったことを指摘しています。
多くの人々が初めて「ラジオ番組の『宇宙戦争』がパニックを引き起こした」という情報を知ったのは、放送翌日の10月31日に登場した新聞記事であり、実際に「宇宙戦争」をラジオで聞いた人はかなり少数派だったとのこと。これを裏付けるものの1つが、格付け会社のC・E・フーパーが10月30日の夜に5000世帯を対象に行った聞き取り調査です。
C・E・フーパーが電話調査を通じて「10月30日の夜に人々が聞いていたラジオ番組」を集計したところ、「宇宙戦争」を聞いていた人は全体の2%に過ぎないことがわかっています。また、「宇宙戦争」と回答した人々が「火星人が襲来したというニュース放送」だと回答した事実もなく、聞いていたわずかな人々も「宇宙戦争」をフィクションとして楽しんでいたことがわかっています。
「宇宙戦争」の聴取率が低かったのは、裏番組の「Chase and Sanborn Hour」というコメディバラエティ番組が強い人気を誇っていたからだとのこと。一説によると、「『Chase and Sanborn Hour』がコマーシャルに入ったタイミングで人々が「宇宙戦争」を聞き始めてパニックに陥った」とも伝えられていますが、新聞の報道を受けてCBSが行った全国調査では、実際に「宇宙戦争」を聞いた人がほとんどいなかったとの結果が判明しています。
しかし、その後の数年間で、「宇宙戦争」がパニックを引き起こしたことが事実だと捉えられるようになりました。「宇宙戦争」によるパニックを補強することとなったのが、アメリカの世論研究者であるハドレー・キャントリルのレポートです。キャントリルは「約100万人が『宇宙戦争』でパニックに陥った」と報告しましたが、この数は「宇宙戦争」を聞いたと推定される全人口の数よりはるかに大きいものでした。
また、キャントリルは「パニックに陥った」とする人の中に、番組を聞いて「怖くなった」「不安になった」「興奮した」と回答した人々を算入していました。しかし、1930年代のラジオ聴取者がホラーやサスペンスドラマを聞いて恐怖や不安、興奮を感じることは当然であり、「宇宙戦争」を聞いてパニックになったことを意味するとは考えられません。
キャントリルの調査結果は信頼性に欠けるものでしたが、学術界からキャントリルが高い評価を受けたことで「宇宙戦争」に関する調査結果も広く信頼されるようになりました。なお、キャントリルは「宇宙戦争」に関する調査結果を、「火星からの侵略―パニックの心理学的研究」という学術書にまとめています。
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SLATEによると、「宇宙戦争」に関連して各地でヒステリーの事例が報告されたとの情報も、ほとんどが誇張またはデマだったとのこと。新聞社などは「『宇宙戦争』の内容を真に受けた人々が電話をひっきりなしにかけた」「一部の地域では不安による自殺やパニックに関連した死亡事例の報告も入っている」「パニックで人々が病院に運ばれた」といった報道を行いましたが、実際にこれらの報道が裏付けられることはありませんでした。
実際のところ、1938年10月30日の夜は何のパニックも起きていない平穏な夜でした。「宇宙戦争」の放送から数日後にワシントン・ポストが掲載した読者からの手紙は、番組の放送中に街中を歩いていたがヒステリーやパニックなどを目撃しておらず、ラジオが流れている店の中でも不安がっている人はいなかったと述べています。
もしアメリカ全土でパニックが起きていたのであれば、「宇宙戦争」に関連する新聞記事はその後もしばらく紙面をにぎわせ続けたはずです。しかし、ほとんどの新聞では最初こそセンセーショナルに報道していたものの、わずか1、2日ほどで「宇宙戦争」に関する報道が急激に減少したとのこと。
実際に起きていなかったパニックがこれほど人気を集め、現代まで伝えられている理由は複雑なものだとSLATEは指摘。「大衆が愚かだと信じている文化的な背景」や「民間放送システムに対する疑念」といったものに加え、「ラジオ局が自らの大衆に与える影響力を誇示するために有効であった」というラジオ局側の思惑もあるとのこと。
また、ノースウェスタン大学のジェフリー・スコンス教授は、「宇宙戦争」の神話が象徴するのは火星人の襲来がもたらす恐怖ではなく、「大手メディアが人々の意識に侵入し、植民地化する恐怖」だと指摘。SLATEは、1930年代はラジオが新しい媒体として注目を集めていた一方、現代ではウェブサイトやSNSが新たな媒体として注目を集めている点に触れて、人々が「インターネットという新たな形のマインドコントロールの恐怖」を受けていると述べました。
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