サイエンス

失われた視力を回復する「人工の目」の臨床試験に向けた計画が進行中


視覚を喪失した人の脳に電気刺激を送るデバイスを脳に埋め込み、視覚を回復させるプロジェクトを、オーストラリアにあるモナシュ大学の研究チームが長年にわたり進めています。研究チームは、メルボルンで人間を対象にした世界初の臨床試験を行うことを計画していると2020年9月14日に発表しました。

Opening eyes to a frontier in vision restoration - Monash University
https://www.monash.edu/news/articles/opening-eyes-to-a-frontier-in-vision-restoration

臨床的に「盲目である」とされる人々の多くは、網膜からの情報を脳に伝える視神経を損傷しているため、目で捉えた映像を認識することができません。そこで、人間の脳に埋め込み可能なデバイスを開発しているモナシュ大学皮質フロンティアは、患者を治療するため、脳の表面に埋め込んで視覚を回復する小型の無線電子インプラントを開発しました。

研究チームが開発した「Gennaris bionic vision system」と呼ばれる埋め込みデバイスは、カメラとワイヤレストランスミッターを備えたヘッドギア、ビジョンプロセッサーユニット、専用のソフトウェア、脳に埋め込む9ミリメートル四方のタイルで構成されています。


Gennaris bionic vision systemでは、まずヘッドギア内のカメラで撮影された映像がスマートフォンと同サイズのビジョンプロセッサーユニットに送信され、必要な情報が抽出されます。続いてビジョンプロセッサーユニットから脳内のタイルに無線で情報が送信され、タイルが画像情報を電気信号に変換し、毛髪程度の細さの微小電極を介して脳を刺激する仕組みとなっています。視神経を介さずに脳を刺激することで、視覚を失った多くの患者を治療できるとのこと。

脳に埋め込まれる9ミリメートル四方のタイルはこんな感じ。表面から細い電極が数十本ほど伸びているのがわかります。

by Monash University

研究チームのArthur Lowery教授は、「皮質視覚補綴物の目的は、視覚情報を受け取って統合・処理する脳領域である視覚皮質を刺激することにより、視覚を喪失した人の視覚を回復させることです」と述べています。埋め込みデバイスを用いることで視覚を失った人が屋内や屋外の環境を理解し、周囲の人や物体の存在を認識できるようになるとみられています。

既にモナシュ大学皮質フロンティアは、オーストラリア政府の健康・医学フロンティア研究プログラムから100万ドル(約1億500万円)以上の資金提供を受けています。モナシュ大学皮質フロンティアは今後5年間でさらに数百万ドル(数億円)の資金を調達し、視覚を回復するデバイスの商業的な製造を目指すとのこと。

研究チームのMarcello Rosa教授は、「これらの皮質インプラントは人間の臨床試験に進むのに十分であり、追加の投資によりオーストラリアでインプラントを製造できるようになります」とコメント。研究チームは民間企業と共同でデバイスの開発を進めており、長年にわたる研究開発がオーストラリアの医療機器設計および製造技術を発達させ、新たな雇用機会の創出や経済成長につながると考えています。

また、皮質を刺激して視覚を回復させるデバイスの開発および商業化は、他の分野における治療にも応用できる可能性があります。研究チームのYan Wong博士は、「バイオニックビジョン技術の商業化は、視覚や脊髄の損傷以外にも、てんかんやうつ病の緩和、脳で制御する義肢装具、その他の重要な感覚の回復など、さらなる応用を模索する計画とも結びついています」と述べました。


なお、皮質を刺激するデバイスを脳に埋め込むことの長期的な影響を調べる実験は、既にヒツジを対象にして行われています。2020年7月に学術誌のJournal of Neural Engineeringに発表された研究によると、複数のインプラントを最大9カ月間にわたって埋め込み、累積で2700時間にわたりヒツジの脳を刺激したにもかかわらず、健康への悪影響は確認されなかったとのこと。

研究の筆頭著者であるJeffrey Rosenfeld教授は、「今回の研究結果は、ワイヤレスデバイスによる長期的な刺激が、広範囲にわたる組織の損傷や目に見える行動上の問題、発作などを引き起こすことなく達成できることを示しています」と述べています。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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