生き物

なぜ体内で共生する腸内細菌を持たない動物が存在するのか?


近年、動物の体内に存在する細菌叢(マイクロバイオーム)への関心が高まっており、人間の腸内に生息する腸内細菌が人々の気分食生活を左右することも知られています。その一方で、全ての動物が豊富な細菌と共存しているわけではないようで、ほとんど腸内細菌を持たない動物も科学者の想像以上に多いことが判明しているそうです。

Why Is the Microbiome Important in Some Animals but Not Others? | Quanta Magazine
https://www.quantamagazine.org/why-is-the-microbiome-important-in-some-animals-but-not-others-20200414/


マイクロバイオームは食品の消化、栄養素の吸収、免疫システムなど、人間の健康をサポートする重要な存在です。近年では微生物郡を測定・分析するツールが進化し、動物界の至るところにマイクロバイオームが存在し、動物と共存していることも明らかになっています。そのため、一部の研究者は「動物」の範囲を、その動物が保持するマイクロバイオームにまで拡張することを提唱しているそうです。

2011年の夏、生物学研究者のジョン・サンダース氏はペルーの熱帯雨林に入り、運んできた蛍光顕微鏡を使って付近に生息するアリの調査を行ったとのこと。多様な種類のアリを捕まえたサンダース氏は早速蛍光顕微鏡で観察を行い、いくつかのアリの腸内で「微生物の銀河のような」と形容するほど密度の高いマイクロバイオームを発見しました。

ところが、サンダース氏が捕まえたアリのうち、3分の2ほどの種類では腸内にマイクロバイオームがほとんど存在していなかったそうです。腸内には食物やその破片、腸の細胞壁などがあったものの、動物の腸内で共存しているものだと考えられてきた腸内細菌が、ほとんど見当たらなかったとのこと。

以下の画像が、サンダース氏が捕獲して分析を行ったアリの種類と、その腸内に存在する細菌を示したもの。光っている部分が細菌を示していますが、多くの細菌がまるで銀河のように光り輝いている種類もあれば、ほとんど腸内細菌が見られない種類のアリもいることがわかります。


サンダース氏が収集したアリを研究室に持ち帰り、体内に存在する細菌の量を定量化したところ、体内の細菌が豊富な種類のアリは細菌量が少ない種類のアリと比較して1万倍もの量の腸内細菌を持っていることがわかりました。これらのアリを人間サイズに拡大すると、一部の種類では1ポンド(約450グラム)の細菌を持っている一方、別の種類ではコーヒー豆ほどの重さの細菌しか持っていないということになります。「これは本当に大きな違いです」と、サンダース氏は述べています。

2017年にサンダース氏はこの発見に関する論文を発表しており、その中で草食性のアリは腸内細菌が多く、肉食性や雑食性のアリは腸内細菌が少ない傾向が見られると述べています。しかし、草食性のアリであっても腸内細菌をほとんど持たない種類もいたとのことで、食生活と腸内細菌量の関連性は一貫していなかったとのこと。


近年では多くの研究者が「動物は体内の細菌と共生関係にある」と考えていますが、動物と細菌の共生関係について知られるようになったのは20世紀初頭のことです。当初は「全ての動物に豊富な腸内細菌があって当然」との考えは少なかったものの、やがて「全ての動物は細菌と共生関係を持っており、共生関係がなくなれば上手く生きられない」という考えが多数派となりました。動物と細菌との共生に関する研究の第一人者であるポール・ブフナー氏は1953年に「共生は全ての生物における基本原理であると主張する著者が繰り返し現れます」と述べ、この風潮に反対しています。

テキサス大学オースティン校の生態学・進化生物学研究者であるトビン・ハマー氏は、「人間が持っている細菌叢は私たちの考えを、微生物の働きに向けました」「そして私たちは、人間自身の例を外側に投射しがちです」と指摘。人間の例は必ずしもほかの動物に当てはまるわけではなく、コネチカット大学の微生物学者であるサラ・ハード氏は、「話はもっと複雑で曖昧です」と主張しました。

サンダース氏がペルーでアリを調べていたのとほぼ同時期に、ハマー氏はコスタリカで毛虫の細菌叢について調査していたとのこと。しかし、なかなか毛虫の腸内細菌が検出できなかったハマー氏は、数カ月が経過してようやく「腸内細菌の検出に失敗しているのではなく、単に毛虫が安定的な腸内細菌を持っていないのではないか」という可能性に気づいたそうです。「これは私にとって、全く予想していなかった考え方の転換でした」と、ハマー氏はコメントしています。

最終的に、毛虫の腸内には予想されていたよりはるかに微量の細菌が確認されましたが、これらは食事の際に植物と共に食べられ、腸内で消化されているだけだったそうです。そしてハマー氏の研究チームは、毛虫の体内にいる細菌を抗生物質で無理やり排除する実験を行いました。もし、毛虫が腸内細菌と密接な共生関係を結んでいるのであれば、細菌を排除することでさまざまな問題が発生すると予想されましたが、毛虫には何の影響もなかったそうで、毛虫が腸内細菌との共生関係を結んでいないことが示されました。


また、インドのベンガルールにある国立生物科学センターで進化生物学の研究をしているDeepa Agashe氏は、いくつかの場所で収集したチョウやトンボの腸内細菌が、食事と強く相関していることを発見しました。「ほとんどの細菌は、ただ食事に含まれていたから腸内にありました」「これらの昆虫は、特定の種類の細菌を選択しているようには見えません」とAgashe氏は指摘しています。

Agashe氏もハマー氏と同様、チョウの体内にいる細菌叢を破壊する実験を繰り返しましたが、チョウの成長や発達に影響はありませんでした。「チョウは自身の細菌叢を全く気にしていないようです」とコメントしたAgashe氏にとっても、昆虫の体内で宿主と共生する腸内細菌叢が存在しないことは盲点だったそうで、「最初は頭を悩ませていました。これは驚くべき結果で、理解するのに時間がかかりました」と述べました。


細菌と動物の共生関係は非常に複雑なものであり、必ずしも細菌が宿主となる動物にメリットだけを与えるとも限りません。そのため、自分の体内で必要な栄養素や酵素を生産できるのであれば、動物が細菌と共生することの潜在的なリスクを避け、腸内細菌叢を形成しない可能性があると研究者らは考えています。また、Agashe氏はチョウやトンボが場所や季節によって異なる食物に頼っているため、安定した腸内細菌叢を形成することが難しいのではないかと指摘。また、腸が短いと細菌が安定的に生息できないという、解剖学的な理由もあるのではないかとの意見もあります。

サンダース氏は、動物の体内における腸内細菌叢の進化を支配する単一のルールはないと指摘し、「進化は信じられないほど特異的であり、多くの生物は完全に異なる経路をたどって進化します」とコメント。ハード氏もこれに同意し、「細菌叢に関する私たちの仮定のほとんどは、哺乳類の研究に基づいています。哺乳類が珍しいケースなのかもしれず、魚や鳥、毛虫などは日常的に安定した細菌叢を持っていない可能性があります」と述べました。哺乳類の間でさえ腸内細菌叢には多様性があり、サンダース氏はコウモリが持つ腸内細菌叢が一貫していないとの研究結果を発表しています。この点についてサンダース氏は、空を飛ぶコウモリにとって、余分な細菌を運んで重量が増すことがデメリットになるからではないかと考えているとのこと。


腸内細菌叢に関する近年の研究結果は、動物の種類ごとに比較を行うことで多くのことが学べる点や、動物と細菌の共生関係について時期尚早な仮定を行うことによる問題を示唆しています。腸内細菌叢の違いは薬物などの吸収や反応にも関わるため、特定の動物をモデル生物として実験した際の結果を人間に適用することについて、より慎重になるべきかもしれないと研究者らは指摘しています。サンダース氏は、「私たちは目と耳を開いたままにする必要があります。自然の多様性から学ぶべきことはたくさんあります」と述べました。

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in サイエンス,   生き物, Posted by log1h_ik

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