古代エジプトの謎を解く鍵はボードゲームが握っているかもしれない
紀元前3500年頃の古代エジプトで遊ばれていたとされるボードゲームが「セネト」です。セネトは単なる娯楽ではなく宗教的な意味合いを持つゲームでもあったといわれており、古代エジプト文化史の空白を埋めるミッシングリンクとなる可能性が示唆されています。
Passing from the Middle to the New Kingdom: A Senet Board in the Rosicrucian Museum - Walter Crist,
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0307513319896288
Ancient game board could be a missing link tied to the Egyptian Book of the Dead | Live Science
https://www.livescience.com/board-game-tied-to-egyptian-book-of-dead.html
セネトの歴史は紀元前3500年頃のエジプト先王朝時代までさかのぼるとされており、バックギャモンの起源となったともいわれています。セネトの詳しいルールは不明ですが、3列×10行の正方形マスが配置されたボードの上でコマを動かして遊ぶゲームだったと考えられています。
by evan p. cordes
また、セネトは古代エジプトの5000年にわたる歴史の中で単なる娯楽から宗教儀式に変化していったと考えられています。例えばエジプト新王国時代以降、王族の棺には「死者が永遠の命を得て、太陽神ラーの統治する楽園に向かうまで」を記した死者の書が収められましたが、その中でセネトは死者が携える魔よけとして言及されています。しかし、セネトの歴史には空白が多く存在し、どのように変化したかという詳しい内容はわかっていません。
以下の図は、プレイヤーから見たセネトのボードを表したもの。Aがエジプト古王国時代、Bがエジプト第2中間期、Cがエジプト新王国時代前期、Dがエジプト新王国時代後期、Eがエジプト第3中間期からエジプト末期王朝時代にかけてのもので、時代の流れに則してアルファベット順に並べられています。この図を見ると、時代が進むにつれてボードの向きが変化しているほか、CやDではただの棒や記号だったマスがヒエログリフで装飾されていることがわかります。ヒエログリフは神殿や墓などにのみ刻まれる神聖文字であることから、CとDのセネトが宗教的な意味を持つことを示しています。
カリフォルニア州にあるバラ十字古代エジプト博物館(REM)が所有するセネトのボードは1947年にイギリスのコレクターから買い取られたもので、放射性炭素年代測定などの調査はされていませんでした。マーストリヒト大学の人類学者であるウォルター・クリスト氏は、このREM所有のセネトが「古代エジプト文化史のミッシングリンク」であると主張しています。
以下の図で一番上に示されているのがREM所有のセネト。中央はエジプト第18王朝(エジプト新王国時代)の6代目ファラオであるトトメス3世の時代のものとされているアムステルダム国立美術館所有のセネトで、図の一番下は大英博物館所有のもので、エジプト第18王朝の5代目ファラオであるハトシェプスト女王の墓から出土したセネトです。
REM所有のセネトを見ると、左上には2人の男性、3人の男性、水、善を示すヒエログリフが描かれています。ボードの向きとしてはエジプト第2中間期のものと同じですが、ヒエログリフが使われるのはエジプト新王国時代のスタイルと同じといえます。
クリスト氏は、REM所有のセネトがエジプト第2中間期の特徴とエジプト新王国初期の装飾を持つことから、「単なる娯楽から宗教儀式に移行しつつある段階のもの」である可能性を示唆しており、「放射性炭素年代測定によってより詳しい年代が判明すれば、古代エジプトの失われた文化史が見えてくるかもしれない」と述べました。
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