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世界初の安楽死専用マシン「Sarco(サルコ)」を開発したフィリップ・ニッチケ氏はどんな人物なのか?


オーストラリア出身の元医師であるフィリップ・ニッチケ氏は安楽死を推進する活動家として知られており、世界初の安楽死専用マシン「Sarco(サルコ)」を開発したことで世界的に注目を集めました。アムステルダム在住のフリーランスライターであるマーク・スミス氏が、ニッチケ氏の来歴や実際に面会した時の発言をまとめています。

A design for death: meeting the bad boy of the euthanasia movement | 1843
https://www.1843magazine.com/people/a-design-for-death-meeting-the-bad-boy-of-the-euthanasia-movement


スミス氏がニッチケ氏と面会したのはオランダ・アムステルダムの一角であり、記事作成時点で72歳となるニッチケ氏は、丸い眼鏡とファッショナブルなデニムパンツを着たオシャレな人物だったとのこと。長年にわたって安楽死を推進してきたニッチケ氏は「Dr Death(死神博士)」というニックネームも付けられていますが、実際のニッチケ氏はよくしゃべる明るい性格だったとスミス氏は述べています。

ニッチケ氏は1947年にオーストラリアで生まれ、当初はフリンダース大学で物理学の博士号を取得したものの、その後はアボリジニの権利活動家として活動していたとのこと。しかし、やがてニッチケ氏は長年患ってきた心気症を治したいという思いから医師になることを思い立ち、1989年にシドニー大学の医学部を卒業して医師としてのキャリアをスタートしました。

by Sem Langendijk

そんな中、1996年にオーストラリア北部準州で、医師が薬で終末期の患者を安楽死させることを合法化した「終末期患者の権利法(ROTI法)」が制定されました。ニッチケ氏は当時のことについて、「私たちは突然、末期の病気に冒された人が死ぬために医師の助けを合法的に得られるという法律を手にしました」と回想しています。

安楽死が合法化されたことに伴い、ニッチケ氏は以前から安楽死に向けた強い意志を持っていた、66歳の末期がん患者であるロバート・デント氏を安楽死させることを決断。ニッチケ氏は世界で初めて、合法的な状態で患者を安楽死させた医師となりました。しかし、当時からニッチケ氏は「医師の手によって患者の人生を終わらせるのではなく、患者が自分の意志で安楽死を実行するのが望ましい」と考えており、デント氏を安楽死させる前に、患者が自分で安楽死を実行できる装置の開発を行いました。

そして開発されたのが、「Deliverance Machine」というラップトップコンピューターとバルビツール酸系の注射を組み合わせた装置です。Deliverance Machineは「安楽死を自殺幇助にダウングレードさせた装置」であるとニッチケ氏は主張しており、静脈に注射の針を刺すところまではニッチケ氏が行うものの、最終的な決断は患者によって行われます。針を刺された患者はコンピューターを操作していくつかの質問に答え、「YESを押せば、15秒後に致死薬が流れます」というメッセージを承認するボタンをクリックし、死を迎えるシステムとなっていたそうです。Deliverance Machineはそれほどスペースを必要としないため、最後のボタンをクリックした後で、患者が家族を抱きしめることもできたとのこと。


ニッチケ氏はDeliverance Machineを使用して、デント氏を含む4人の患者を安楽死させましたが、施行から9カ月でROTI法が廃止されて安楽死が非合法となりました。しかし、その後もニッチケ氏は安楽死の法制化を目指すNPO団体「Exit International」を創設したり、安楽死を実行できるさまざまな方法を掲載した「The Peaceful Pill Handbook」という書籍を刊行したりと、安楽死の合法化を推進する活動を続けています。

また、ニッチケ氏は2017年に3Dプリンターで製造できる安楽死マシン「Sarco」を発表し、世界中の注目を集めました。Sarcoは「sarcophagus(石棺)」からとったネーミングであり、滑らかな宇宙船のポッドのような形をしています。Sarcoに入りたい希望者は精神的健康状態が評価され、一定の条件をクリアした人に4桁の認証コードが与えられるとのこと。中に乗り込んだ人がボタンを押すだけで本体内部に液体窒素があふれて酸素濃度が低下し、わずか数分で苦しむことなく安楽死することが可能だそうです。Sarcoは生分解性物質で作られているため、中に安楽死した人を入れたまま埋葬または火葬することもできる模様。


Sarcoの開発にはオランダのハールレムに本拠を置く工業デザイナーのアレクサンダー・バンニンク氏も協力しており、Sarcoのスタイリッシュな外観は美的理由も存在するとニッチケ氏は認めています。ガスを吸うためのビニール袋などの要素をニッチケ氏は嫌っており、Sarcoの外観は見栄えのよい「平和的な死」をアピールできるものだとのこと。「生理学的な観点から見ても、Sarcoの死は平和的なものです。首の周りのロープや顔に押し当てた枕、頭を突っ込む水と違い、呼吸を妨げる恐ろしく機械的な障害ではありません」と、ニッチケ氏は述べています。

記事作成時点ではSarcoによって安楽死した人はいませんが、「悪意のある目的がない限り」自殺の支援が犯罪でないスイスにおいて、ニッチケ氏は弁護士や地元の精神科医などと協力してSarcoの実用化を目指しているとのこと。スミス氏がニッチケ氏に対し、「Sarcoは事前にリハーサルができないシステムであり、稼働についてナーバスにならないのですか?」と尋ねたところ、「非常に多くの不安と緊張があります」と、ニッチケ氏は認めました。その上で、Sarcoによる安楽死を待ち望む多くの人々がいることから、「Sarcoの最初の稼働が成功すれば、多くの人々から本当に喜ばれると思います」と、ニッチケ氏はコメントしました。


安楽死を推進するニッチケ氏の活動に対しては、さまざまな批判も寄せられています。かつてニッチケ氏に賛同していた元国連メディカルディレクターのマイケル・アーヴィン氏は、人々に安楽死用の薬物の入手方法を伝えるニッチケ氏の活動を「まったく無責任だ」と批判。また、モナシュ大学の生命倫理センターに勤務するポール・ビーグラー氏は、「『人間には死ぬ時と手段を選ぶ権利がある』と主張することと、実際に死ぬ手段を提供することの間には大きな飛躍があります」と指摘し、安楽死マシンの存在に反対しています。

一方、ニッチケ氏は安楽死に対しても医師が介入し、人の最後を看取る「門番」として医師が立ちはだかろうとすることに不快感を示しています。ニッチケ氏は新たなテクノロジーによって、人生の終わりをある種のお祝いや人生の大きなイベントと同様に再構成する機会が与えられると指摘。「私はチューブにつながれた自分の周囲を医師がウロウロし、私の心臓をあと5分でもいいから長く動かそうとして、最後の一息まで痛みを伴いたくありません。それは私にとってディストピアです」と、ニッチケ氏は述べました。

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in ハードウェア, Posted by log1h_ik

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