物理学に精通した現役MLB投手が理想のボールを投げるために考えていることとは?
by Erik Drost
MLBのクリーブランド・インディアンスに所属するトレバー・バウアー投手は、2015年シーズンから2018年のシーズンまで4年連続で規定投球回&2ケタ勝利を達成しているMLB屈指の先発投手です。バウアー投手はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)在籍時には工学を専攻し、物理学に関する知識を豊富に有しているとのことで、自身の投球にも物理学の知識を応用してさまざまな試行錯誤を加えているそうです。
The physics of throwing a perfect baseball pitch | Popular Science
https://www.popsci.com/physics-of-pitching
いい投手と悪い投手を分けるのは、その投球です。フォーシーム・ツーシーム・スライダー・カッター・ナックルボールなど、投手はさまざまな球種で打者を手玉に取ります。投手はそれぞれの球種で他の球種と違う動きを実現するために、ボールにさまざまな回転をかけて投げ分けます。
投手はホームプレートの近くでボールを変化させて打者に思うようなバッティングをさせないために、ボールの握りやリリースのタイミングを調整します。バウアー投手によれば、野球の投球に関して科学や物理学の知識が非常に役立つとのこと。「MLBに在籍するほとんどの投手は投球に際して物理的なことを考えているわけではないが、回転するボールが引き起こす周囲の空気の流れが、バッターにボールを空振りさせるために重要です」と、バウアー投手は語りました。
バウアー投手は直感や経験によって流体力学的な動きを操るのではなく、しっかりと理論を学習した上で自らのピッチングに生かそうとしています。2018年のシーズンを迎える前のオフに、バウアー投手はこれまでに投げたことのない、科学的に根拠のあるスライダーの開発に取り組んだとのこと。
イリノイ大学の物理学教授を務めていたアラン・ネーサン氏は、「野球の投手は自身の投球を解析するために、非常にさまざまなツールを利用できます。投球に際して大きな役割を果たしているものには、ボールのスピード・回転数・回転軸といったものがあります」と語っています。ボールのスピードと回転は、ボールが空中を移動する軌跡に大きく作用します。ボールが回転すると周囲の空気が動き、ボールの片側に偏るとのこと。ボールの回転軸は回転数と密接に関わり合い、空気が偏る位置や量を決定します。
垂直軸上で左回りに回転するボールは、ボールが周囲の空気を右側に押し出します。その結果、ボールの左側の空気が減少して低圧になり、ボールは低圧になる左側へ向かって動くとバウアー氏は語ります。この回転するボールに作用する現象のことを「マグヌス効果」といい、投手が打者に向けて投げたボールは、マグヌス効果によって打者のもとに到達するまでに信じられないほどカーブするそうです。
しかし、全ての球種がボールを曲げるためにマグヌス効果を利用しているのではありません。「直球」ともいわれるフォーシームは、ボールを曲げようとする重力にマグヌス効果で対抗しているとのこと。リンチバーグ大学の物理学教授であるエリック・ゴフ氏は、「なるべく速いボールを投げたい時は、リリース時にあなたの指と手をボールの後ろに置いて下さい。そうすることでボールにバックスピンがかかります」と語りました。
バックスピンをボールにかけることでボールの上側の空気が低圧になり、マグヌス効果が上方向に働いてボールを下に引っ張る重力に逆らいます。バックスピンによって発生する上方向の力は、ボールの重量が4分の1軽くなるのと同程度の効果をもたらすそうで、「ボールがホップする」と打者が表現するボールはマグヌス効果によって生み出されます。
最もマグヌス効果の力が発揮されるのが、ボールにスピンをかけて軌道を変化させるカーブなどのブレーキングボールです。質のいいブレーキングボールはストライクゾーンの上辺に向かって飛んでくると思いきや、ググッと曲がって打者の膝元付近に食い込んできます。ゴフ氏は、「ブレーキングボールのリリース時から打者のもとに届くまでの落差のうち、4分の3が軌道の後ろ半分によって起こります」と述べています。投手はボールにトップスピンをかけることで下方向へのマグヌス効果が働き、重力と合わさって大きな落差をボールにもたらします。
一方で、あえてボールに回転をかけないようにすることで生み出される変化球もあります。ボールには縫い目があり、空中を移動するボールの周囲では縫い目によっても微細な空気の乱流が発生し、ボールの軌道をズラします。ナックルボールはわざとボールに回転をかけない球種で、回転ではなくボールの凹凸によって発生する乱流は、投手にすら予想できない軌道をボールにもたらすとのこと。誤ってボールに回転が加わってしまうと、打者にとって打ちやすいスローボールとなってしまう危険性があるため、「可能な限りボールを回転させないように、指でボールをはじき出すことが重要です」とゴフ氏は語りました。
by M&R Glasgow
バウアー投手は2017年のシーズン後、垂直方向にボールの回転によるマグヌス効果が働かず、水平方向から7インチ~10インチ(約18cm~27cm)ほど移動するスライダーを球種のレパートリーに入れようと決意しました。便宜上スライダーと読んでいるものの、「球種の名称は単に投手がそう呼んでいるというだけで、もはや古典的な球種の分類に意味はありません。現在では投手が投じたボールの軌道について詳細な分析が可能で、球種の名称に関係なく、どのボールがどのように変化したのかがわかります」とバウアー投手は述べています。
理想の変化を実現するための最適な回転軸を見つけるため、バウアー投手はボールの回転軸をプッシュピンで特定しました。その後、エンジニアの父親と協力して6時間ほど理想の握りを探し、やがてバウアー投手は狙った通りのマグヌス効果をボールに与えられる握りを見つけたとのこと。
Get you some spin axis and fluid dynamics in your life pic.twitter.com/fq8FqFkd9w
— Trevor Bauer (@BauerOutage) October 15, 2017
しかし、その後バウアー投手はワシントン・ナショナルズのスティーブン・ストラスバーグ投手やトロント・ブルージェイズに所属するマーカス・ストローマン投手の投球ビデオを見ていた際、理想とするボールに近い変化の球種を投げていることに気がつきました。「私や父は物理的な理屈にこだわり過ぎるあまり、盲目的になっていました。ストラスバーグ投手やストローマン投手の握り方のほうが、私が産みだした握りよりも適切だったのです」とバウアー投手は述べ、彼らは物理的な発想からではなく、長年の経験から同様の球種を編み出したのだとしています。
新たに編み出した球種を春のトレーニング期間中に磨きました。「新たな球種の手応えに、私はとても勇気づけられました」とバウアー投手は語りましたが、なんとシーズン開幕後2週間の間に、せっかくつかんでいた新球種の手応えをすっかり失ってしまったとのこと。
バウアー投手によれば、新たに習得した球種がまた投げられなくなってしまうことはよくあることだそうです。「球種を本当に習得するには、一度その感覚を失うことも必要です。一度失ったものをもう一度復活させることができれば、それで本当にその球種をマスターしたということになります」とバウアー投手は語っています。
シーズン最初の1カ月、バウアー投手は失った球種なしでの投球を余儀なくされました。その間も失った感覚を取り戻すために、似た球種を投げる他の投手のスロー映像を繰り返しチェックして、自分の投球映像とどこが違うのかを突き止めようとしたそうです。その結果、「ボールが最適なタイミングよりもほんの少し長く手に握られたままであるため、理想とする水平方向への変化が得られていない」という事実に気がつきました。
「握りをわずかに変えることで、ほんの少しリリースを早くしたり遅くしたりすることができます」とバウアー投手は述べ、わずか2ミリ秒(0.002秒)早くリリースするため、実際にそれまでの握りよりも親指の位置を低く修正したとのこと。この改善によって新球種はバウアー投手が理想とする変化をするようになったそうです。
「投球に関する物理現象を理解することで、投球のある時点でどのようなことが発生しているのかが突き止められます。これにより、私は細かな要素を調節することで投球について修正することができるのです」とバウアー投手は述べました。
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