大リーグの球団はどのようにして日本のトップ選手との契約を商業的利益に変えているのか?
田中将大投手が大リーグ(MLB)への挑戦を表明、現在、水面下では日本最高の投手を獲得するべく多くのMLB球団が交渉に参戦しています。巨額の投資が必要な日本人トッププレイヤーとの契約で、MLBの球団がいかにして投資を回収しているのか、どのような選手と契約すれば巨額の投資以上の利益を上げることができるのかを、毎日新聞の岡田功記者とハーバードビジネススクールのステファン・グレイサー博士が共同論文で明らかにしています。
How Major League Baseball Clubs Have Commercialized Their Investment in Japanese Top Stars by Isao Okada, Stephen Greyser :: SSRN
http://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2327711
グレイサー博士によると、日本人スター選手と契約する場合、MLBの球団は巨額の投資を回収することができると考えていると話します。もちろん、巨額の投資が成功するか失敗に終わるかは、ふたを開けてみなければ分からない問題ですが、少なくとも、球団は利益を生む算段なくマネーを投じているわけでありません。
論文は、野茂英雄、イチロー、松井秀喜、松坂大輔、福留孝介の5人を例に挙げて、MLB球団がいかにして日本人メジャーリーガーとの契約で利益を上げてきたのか、またどのような条件があれば商業的な成功を収めることができるのかについて研究した結果を明らかにしています。
◆成功例
日本人スタープレイヤーを獲得することで得られる利益は、大きく3つあるとグレイサー博士は考えています。第一は、日本人プレイヤーによって新たに日本のファンを獲得し、スタジアムに訪れる観客数を増加させることで収益をあげる方法があります。この観客数増員で成功を収めたのがイチローの例です。イチローは2001年にシアトル・マリナーズに入団、そのルーキーイヤーに242本のヒットを放ち、打率3割5分、盗塁数56で盗塁王を獲得、アメリカンリーグの新人王に輝きました。2001年のマリナーズの本拠地・セーフコフィールドの観客数は前年比11%と大幅なアップを記録。日本人ファンだけでなく、イチローの活躍を見るために球場に足を運ぶアメリカのファンも増加し、マリナーズは大きな利益を上げることに成功しました。
By George Oates
第二の収益源は、選手の関連グッズから得られる利益が挙げられます。しかし、球団に利益をもたらすグッズには制約があります。MLBでは、所属選手のグッズからのロイヤルティーを球団が直接受け取れるのは球場内で販売されるものに限られ、球場外での収益は大リーグ機構が一括で管理しており、メジャー30球団が均等に収入を分配される仕組みが採られています。このため、例えば、日本でイチローのユニフォームが売れたとしても、現在、イチローの所属するニューヨーク・ヤンキースが利益を直接受けとることはありません。つまり、球場内でのグッズ販売力が球団の利益に直結するというわけです。
このグッズ収益で大きく成功した例が、日本人メジャーリーガーのパイオニア・野茂英雄です。野茂は、1995年、ロサンゼルス・ドジャースに入団すると独特の「トルネード投法」で全米を席巻、野茂フィーバーを巻き起こします。ドジャースが本拠地としているロサンゼルスには23万人の日系アメリカ人が住み、また球団オーナーのピーター・オマリー氏が1950年代から日本のコミュニティーと強い関係性を持っていたことも寄与して、多くの「NOMOマニア」が球場を訪れ野茂のユニフォーム・Tシャツ・スウェットを購入しました。グレイサー博士の調査において、ドジャースのバリー・ストックハマー球団副社長(当時)は、具体的な金額を明かさなかったものの、グッズからの収益は1998年に280万ドル(約3億6000万円)だった年俸をはるかに上回っていたことは間違いないと話しています。
第三の収益は、日本人メジャーリーガーが連れてくる日本企業からの宣伝・広告収入です。日本企業のバックアップを受けることに大成功したのが松井秀喜を獲得したニューヨーク・ヤンキースです。ヤンキースは2003年、松井が大リーグデビューするとすぐに読売新聞と合弁会社「読売・YankeeNetsマーケティング」を東京に設立し、本拠地ヤンキースタジアムに広告を出すスポンサー企業を募り、読売新聞・コマツ・味の素・富士フイルム・ニコンなどの大企業を獲得することに成功しています。グレイサー博士の調査によると、各企業がヤンキースに払った広告費は年間600万ドル(約6億6000万円)にも及ぶとのこと。
By Keith Allison
松井秀喜の真価は、ヤンキースからロサンゼルス・エンゼルスに移籍した2009年に明らかになっています。松井は、ワールドシリーズMVPに輝いた翌年、エンゼルスに移籍し東海岸から西海岸に住まいを移すと、多くの日本企業も松井を追いかけてヤンキースタジアムからエンゼルスタジアムにお引っ越し。エンゼルスは新たに日本企業10社のスポンサーを得ることに成功します。日系企業がエンゼルスにした質問は「(松井のホームランボールが飛び込む)ライトの広告枠に空きがあるか?」という内容に集中したそうです。
◆失敗例
経済的に失敗した例として、松坂大輔を獲得したボストン・レッドソックスが挙げられます。レッドソックスは、松坂をポスティングシステムによって獲得するのに移籍金5100万ドル(約60億円)、6年契約5200万ドル(約61億円)という巨額の費用を投じたものの、新たに獲得したスポンサーは船井電機1社のみと球団の期待を大きく裏切る結果に。さらに、レッドソックスはヤンキースと肩を並べるほどの人気球団で、本拠地フェンウェイパークのチケットはシーズン開幕直後に売り切れるため、松坂の獲得でチケット収入増はなかったとのこと。この点について、レッドソックスのサム・ケネディ副社長は、「レッドソックスは個々の選手ではなくレッドソックスというブランドを売っています。松坂との契約は、純粋に松坂の才能に投資したのであってジャパンマネーのためではありません」と話しています。
By Mark Sobba
また、2008年に福留孝介を獲得したシカゴ・カブスは、本拠地とするシカゴが東京からの直行便を有しているという地の利を活かすことができず商業的には失敗だったとグレイサー博士は分析しています。福留は日本で2度首位打者を獲得したヒットメーカーでしたが、野茂、イチロー、松井と比べると人気の面で大きく見劣りします。加えて、人気で劣るのは選手だけではなく、ロサンゼルスやニューヨークと比べて日本人旅行者にとって魅力的ではないシカゴという都市も同じ事。福留目当ての日本人観光客はもちろん日本企業からの応援を獲得することにカブスは失敗したと言えます。
◆投資を成功させるために必要な要素
論文では、MLBの球団が日本人トッププレイヤーに巨額のマネーをつぎこんでも投資を回収しそれを上回る利益をあげるために必要な7つの要素が考察されています。それは、「野手優位」「選手の人気」「直行便の有無」「日本からの距離」「観光名所」「日本人コミュニティの大きさ」「成績」です。
グレイサー博士は、毎日登板できない投手よりも毎日プレーできる野手に投資する方が、メディアへの露出が多く日本人観光客・日系スポンサー企業の支援を受けるのに効果的だと分析しています。また、日本からの直行便があり、球場以外にも観光名所があり日本人コミュニティが発達しておりかつ距離的に近い都市に本拠地を持つ球団が有利であると考えています。
しかし、最も大切な要素は、選手の実力・人気です。人気がない選手では投資を回収できないことは福留の例から明らかです。なお、ここでいう「人気」とはアメリカでの成績に大きくリンクした要素であるとグレイサー博士は話します。ドジャースのストックハマー副社長は、「日本人の大リーグファンは成熟した野球ファンであり、単なる日本人メジャーリーガーを応援するのではなく、質の高いプレイヤー・質の高いプレーを求めている」と話します。イチローや松井が常に日本で好きなスポーツ選手の上位に位置していた理由は、メジャーリーグで素晴らしい活躍を見せていたからであり、大リーグでの成績がかんばしくなければ、松坂のようなスター選手であっても日本人ファンの人気を維持することは難しく、結果として商業的な成功は望めないとのことです。
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