「映画の興行収入だけで映画そのものを評価することは危険である」という主張
映画を語る際に「その映画がどれほどの興行収入を記録したのか」という点は、よく話題になります。興行収入はその映画を映画館で見た人がどれだけいるのかを示す指標になりますが、「興行収入は『その映画がどれほど優れているのか』を表すものではない」という主張を解説したムービーが、YouTubeで公開されています。
Understanding A Box Office Failure - What's Wrong With Hollywood
人々は映画を見るためにお金を払います。映画スタジオはたくさんの興行収入を得ることを目的にして、毎年大量の映画を製作していますが……
興行収入の面では勝者と敗者がはっきりと分かれます。
当然のことながら映画スタジオは「興行収入がふるわない映画を作ろう」と思って映画を作るわけではありません。それなのに、なぜ勝者と敗者が生まれてしまうのでしょうか。
優れた映画が興行収入で勝利する、という単純な話ではありません。時には「脳内ニューヨーク」のように優れた映画も、興業的には敗者になってしまうことがあるのです。
「脳内ニューヨーク」が公開された2008年、アメリカ経済は大恐慌時代以来の不況に襲われました。
その年の興行収入ベスト10は、3本がヒーロー映画、3本が超人気作の続編映画、3本が子ども向けのアニメーション映画、1本がミュージカル映画だったとのこと。
これらの作品に共通するのは、エンターテインメントに徹していて……
現実逃避に向いた「エスケープ的な映画」であることです。
エスケープ的な娯楽が流行するタイミングは、人々の生活の質と関連しています。たとえば最初にスーパーヒーローが登場する漫画が登場したのは、第二次世界大戦が開戦する直前の1938年でした。
大不況のように人々の生活が苦しい時には、エスケープ的な映画が流行するのです。
「低予算」とされる映画でさえ、製作には数百万ドル(数億円)もの費用がかかります。
映画スタジオは映画館で映画を上映してもらい、興行収入によって製作費を回収しなければなりません。
そのためには、多くの映画館で長い期間にわたって上映してもらうのが一番ですが……
「脳内ニューヨーク」では、そうならなかったとのこと。
2008年に興行収入トップを記録した「ハンコック」は……
アメリカ国内で2億2000万ドル(約230億円)を超える興行収入を記録。
一方、「脳内ニューヨーク」はわずか300万ドル(約3億円)ほどの興行収入しか記録できませんでした。
これを見ると、ハリウッドの映画界が「売れる映画」に注力する意味がわかります。結局のところ映画はビジネスであり、企業はお金を稼がなければならないのです。
「ハンコック」は全米の約4000館もの映画館で上映されました。
では、「脳内ニューヨーク」は一体どれほどの映画館で上映されたのでしょうか。
どちらかと言うと全体的に地味な作風である「脳内ニューヨーク」は、さすがに「ハンコック」ほどの知名度や宣伝があったとは考えづらいでしょう。「ハンコック」の半分でしょうか?それとも20%?
正解はなんと「ハンコック」の3%。
ピーク時でさえ、わずかに119館でしか上映されていませんでした。
確かに「脳内ニューヨーク」は奇抜なストーリーを持つ実験的な展開の映画であり、映画にエンターテインメントを求める人は混乱するかもしれません。
そういう映画は広告も地味なものになってしまい、ますます派手な広告を打つ他の映画のインパクトに押されてしまうのです。
ここで「ハンコック」と「脳内ニューヨーク」の収益について、簡単な計算をしてみます。「ハンコック」の場合、公開から11週間の通算興行収入を平均すると、1劇場が1週間であげた収入はおよそ6121ドル(約68万円)でした。一方、「脳内ニューヨーク」の場合はおよそ4173ドル(約45万円)。
「ハンコック」の製作費は1億5000万ドル(約165億円)で、「脳内ニューヨーク」の製作費は20万ドル(約22億円)だったとのこと。
つまり、「脳内ニューヨーク」は約4000ドルの平均興行収入を11週間にわたってキープし、なおかつ「ハンコック」の上映館数の20%にも満たない500館で上映されていれば、製作費を回収できていた計算になります。
ここで気になるのが、「公開当初の興行収入を保ち続けられる映画はどれだけあるのか?」という点です。「ハンコック」は公開して最初の週末に約6200万ドル(約68億円)の興行収入をたたき出しましたが、これは全体の興行収入のうち、実に27%以上を占めています。
「脳内ニューヨーク」が公開後初の週末で得た興行収入は約17万ドル(約1800万円)と、「ハンコック」に比べると非常に少ないものでしたが……
17万ドルという数字は、「脳内ニューヨーク」全体の興行収入のうちわずか5.6%を占めるもの。つまり、「脳内ニューヨーク」は息の長い作品であったと捉えることができます。
この結果は、明らかに「ハンコック」の視聴者が急激に減少していることを表しています。数字で見ると、「ハンコック」は2週間目のチケット販売金額が半減していることがわかります。
一方、「脳内ニューヨーク」は9週間にわたって初週と同等の興行収入を維持し続けたとのこと。さらに第3~5週の興行収入は、初週を上回るほどであったそうです。
このように、明らかに観客から高い評価を受けている映画であっても、上映館数が少ないために興行収入が低くなってしまう危険性があるというわけです。
これは音楽のアルバムなどでも同じです。全く同じ内容の音楽を収録したアルバムであっても、大手のオンラインショップで販売されたり、ストリーミングサイトに登録された場合と……
CDショップの棚に埋もれている場合では、明らかに売れる枚数に差が出るでしょう。
ここで現れる売り上げの差は、作品の質そのものを反映した物ではなく、単に「顧客にどれだけアピールできたのか」の差が出たに過ぎません。
映画は安いものではなく、全く内容を知らない、タイトルを聞いたこともない映画を見に行く人はいません。ましてや、遠く離れた上映館まで何百キロも車を運転して映画を見に行くなどということは、めったに考えられるものではないでしょう。
「脳内ニューヨーク」のように地味な映画よりは……
派手なエンターテインメント映画を映画スタジオが作りたがるのも当然です。
映画に携わる多くの人々は、映画を「芸術家」ではなく「ビジネスマン」として評価しています。
いくら映画的に素晴らしくても、興行収入が低ければそれは「失敗作」となってしまうのです。
「脳内ニューヨーク」の監督を務めたチャーリー・カウフマンは、「脳内ニューヨーク」が興行収入の面で大きくコケてしまったため……
次作のメガホンを取るまでに7年もの時間を要しました。
エンターテインメント映画は一時の娯楽として見るにはちょうどいいかもしれませんが、長い時の流れに耐えうる映画とは、人々が繰り返し見て考えることができる映画です。
もちろんエンターテインメント映画の中にも、長く愛される映画は存在します。
しかし、映画館でエンターテインメント映画しか上映されなくなってしまうことは、私たち自身にとっても不利益になります。
では、「本当によいと思った映画」を応援するには一体どうしたらいいのでしょう?
実は、映画館とは「投票」のようなものだとのこと。映画業界は民主主義的なシステムであり……
投票権の代わりに「興行収入」が人々の意見として反映され、映画業界は次にお金を出す映画を決めるようになっています。
次から映画館に行くときは、「ここは次に作られる映画を決める投票所だ」と想像してみるのもいいかもしれません。
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