生き物

クジラと精神的なつながりを持つ文化を長年にわたり維持してきた人々

by Michael Dawes

クジラは非常に高い知能を持った生き物であり、歌を歌うことも知られています。しかし、「クジラが話す言葉を理解できる」という人間はおらず、一般的には人間とクジラが会話を交わすことは不可能だと思われがちです。ところが、伝統的にクジラの狩猟を行ってきたイヌイットの人々は「クジラと精神的なつながりを維持してきた」と述べており、近年では西洋の科学者にも一定の理解を示す動きが広まっています。

When Whales and Humans Talk | Hakai Magazine
https://www.hakaimagazine.com/features/when-whales-and-humans-talk/

1986年、ハリー・ブロワーさんというイヌイットの男性はアラスカ州アンカレッジの病院に入院しており、病気のため死が近い状態でした。そんなとき、病院にいながらにしてブロワーさんは自分の意識がホッキョククジラの体に乗り移るという体験をしたそうです。ホッキョククジラは、ブロワーさんの意識を家族が住む故郷であるアラスカ最北部のユトクィアグヴィックまで連れて行ってくれたとのこと。ブロワーさんとクジラは1000キロメートルにもわたって海岸線を旅し、やがて「ウミアク」というイヌイットが使用する、アザラシの皮で木枠を覆った小舟を流氷の間に見たそうです。


ブロワーさんは、近づいてきたイヌイットたちが打ち込んだモリがクジラの体を刺す衝撃を感じ、ウミアクの中にいるユトクィアグヴィックのイヌイットたちを見ました。イヌイットたちの中には、ブロワーさんの息子もいたとのこと。病院で目を覚ましたブロワーさんは、誰がクジラにモリを打ち込んだのか、そしてクジラの肉を保管した貯蔵庫のありかまで克明に話すことができました。

西洋の科学者の多くは、ブロワーさんの話を聞いても「単なる病人が見た夢」として却下するかもしれません。しかし、ブロワーさんを始めとするイヌイットたちは、人間とクジラは精神的なつながりを持っており、単なる捕食者と獲物という関係を超えた相互理解を持っていると信じています。

by Caps the flickr

捕鯨技術が生まれた詳しい年代は明らかになっていませんが、およそ西暦600年~800年の間に、アラスカ近辺の海岸から生まれたのではないかと考えられています。捕鯨は北極圏に住む人々に、これまでには得ることができなかったほど大量の食料をもたらし、生活を大きく変化させました。ユトクィアグヴィックのような捕鯨に適した場所にはイヌイットの居住地が作られ、捕鯨技術を持った船乗りたちが富を築き、クジラは文化的にも精神的にも、イヌイットの人々にとって大きな存在となっていったのです。

中世ヨーロッパの人々は北極圏に住むイヌイットがクジラと神秘的な関係を持っていることに魅了されました。中世文学の中では北極圏のことを「『怪物の魚(クジラ)』と、魔法や呪文の力を使って怪物の魚を海岸に召喚することができる、不思議な力を持った人々が住む土地」として描いています。後年になって探検家や宣教師たちが捕鯨技術について説明しても、イヌイットたちの神秘性を揺さぶることはできませんでした。

1938年、アメリカの人類学者であるマーガレット・ランティス氏は、イヌイットや北極圏に住む捕鯨を行う人々の間に「クジラのカルト」が存在することを説明しました。ランティス氏は先住民族がクジラとの関係を強化するために行った、さまざまな儀式やタブーの存在を証明したのです。多くの先住民が捕鯨で殺したクジラのために新鮮な水と食事を供え、クジラの魂が精神的な家まで安全に戻れるよう、旅行バッグを捧げていたとのこと。また、個々の捕鯨船にはクジラを呼び寄せる歌が伝わっており、シャーマンはクジラの骨を使って儀式を行い、捕鯨を行う一族には先祖代々伝わる骨で作られた秘密の彫刻品がありました。

by Roberto Baca

アラスカ大学の動物考古学者であるエリカ・ヒル氏は、動物の骨を使った遺物や伝承を元に、過去の人々に存在した精神的な文化を研究しています。ヒル氏はアメリカの国立自然史博物館に保管されている、イヌイットが作った巨大なクジラを模した彫刻を発見し、「とてもシンプルだが非常によくクジラを表している」と感じたとのこと。

ヒル氏はイヌイットに属する先住民族のイヌピアトの口述伝承から、クジラを模した彫刻は人間のためではなく、海中を泳ぐクジラたちのために作られたものだという結論に達しました。「『クジラは自分自身の姿に魅了される』という信仰から、なるべく精巧なクジラの彫刻を作り、それを捕鯨船の上にのせていたのです」とヒル氏は語っています。

ユピクの人々に伝わる伝承では、クジラはウミアクの下をおよそ1時間にわたって一緒に泳ぎ、ウミアクにのっている船員が尊敬に値する人物であり、クジラの彫刻が自分をしっかり模しているかどうか、そしてウミアク自体がきれいかどうかを確かめるとされています。クジラの彫刻が上手でなかったりウミアクが汚れていると、ウミアクにのっている船員も怠け者でクジラを丁重に扱わない人物だとみなし、クジラはウミアクを離れてしまうとのこと。反対に船員のことをクジラが認めると、ウミアクからモリが届く位置に自分から移動するとされていたそうです。

by Michael Dawes

また、クジラはウミアクに近づいて船員たちがどんな人物か探り、他のクジラたちに船員たちのことを教えるという伝承もあります。クジラが代理人を立てて人の言葉を聞いたり、他のクジラと会話するという発想は、捕鯨を行う先住民族たちの間では珍しいものではありません。

マカ族ヌーチャヌルスを含む多くの北極圏の人々は、捕鯨で殺されたクジラは「人間のコミュニティに自らの体を捧げた」という捉え方をしていました。クジラたちは自殺を志願したのではなく、遺骨を使ってよい行動と正確な手順で儀式を行い、クジラを生まれ変わらせるハンターを選んで捕獲されることを望んでいたというのです。中には、クジラはもともと陸地に住んでおり、捕鯨で人間に捕まることで再び陸地に帰るのだという考えもありました。

クジラが人間と文化を共有していたという思想は、西洋の科学者たちにとって理解しがたいものでした。しかし、近年の研究ではクジラが歌を歌ってコミュニケーションを行い、その歌には地域による方言が存在することが知られています。さらに、先住民の人々が「クジラは燻製の匂いを嫌う」と主張しても、西洋の科学者たちは長らくクジラは匂いを嗅ぐ機能を持っていないと信じていましたが、実際にはクジラも匂いを嗅ぐことがわかっています。

by Bernard Spragg. NZ

19世紀から20世紀にかけて、北極圏の捕鯨文化は西洋の文化の流入と規制により、絶滅の危機に直面していました。しかし、近年では次第に伝統文化を保護する動きが強まっており、いくつかの伝統は忘れ去られてしまったにせよ、かつての捕鯨文化が戻りつつあるとのこと。

クジラに乗り移って故郷に戻るという体験を語ったブロワーさんは、キリスト教信者であったものの、「私は死んだ後にクジラとなるつもりです。クジラになるということはおそらく最高の体験でしょう、最後には全ての人々に食べてもらえるのですから」と述べていたそうです。

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in 生き物, Posted by log1h_ik

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