サイエンス

患者が薬を自作できるようにする「バイオハッキング」を世界に発信する目的とは?

by BASF - We create chemistry

個人や小規模の組織が伝統的な研究機関によらずに生物学や生命科学を学び、研究を行うバイオハッキングのムーブメントが近年大きくなっており、日本でもブームとなったバターコーヒーを提案したデイヴ・アスプリー氏もバイオハッカーを自認しています。そんなバイオハッキングの1つとして、患者が薬を自作できるように情報を発信するのがマイケル・ローファー氏。「製品」ではなく「情報」を発信している以上、アメリカ食品医薬品局(FDA)も取り締まれないというローファー氏の目的は何なのか、医学・健康関係ニュースサイトのSTATがその目的とビジョンに迫っています。

An anarchist takes on Big Pharma — by promoting DIY prescription drugs
https://www.statnews.com/2017/10/12/michael-laufer-drug-prices/

An Anarchist Is Teaching Patients to Make Their Own Medications - Scientific American
https://www.scientificamerican.com/article/an-anarchist-is-teaching-patients-to-make-their-own-medications/

ローファー氏はFour Thieves Vinegarという団体のリーダーであり、アナフィラキシーショックを緩和するための自己注射器「エピ・ペンシル」を、市場価格の20分の1である30ドル(約3400円)でDIYできるようにした人物です。

以下の画像に映っているのがローファー氏。手に持っているのは自作のエピ・ペンシルです。


エピ・ペンシルをDIYする方法はYouTubeで公開されており、記事作成時点でムービーの再生回数は30万回を上回っています。

EpiPencil - YouTube


ローファー氏の目的はエピ・ペンシルを作ることだけでなく、より広範な医療ツールや薬を患者がDIYで作れるようにする「デスクトップ・ラボ」や、高価なC型肝炎の薬「ソホスブビル」を家庭で作れるようなレシピ集を作成すること。

もちろん、多くの専門家はDIYで薬を作ることに対して警告を送っていますが、製薬会社が薬を必要とする患者の手が届かないほどに薬の価格をつり上げている昨今において、ローファー氏は自身の活動を「モラルの革命」だと見ています。「人の命を救う薬を患者からアクセスできなくすることは、殺人です。そして、殺人を防ぐために(知的財産を)盗むことは、道徳的に容認できることです」というのがローファー氏の言葉。

#epipen pic.twitter.com/c4rCFGWC86

— Dr. Mixæl S Laufer (@MichaelSLaufer)


オレゴン健康科学大学のVinay Prasad教授は「非常時には非常手段が求められます」と語っており、1年分の薬代が75万ドル(約8500万円)もする高額な薬まで存在するアメリカにおいて、「患者が自分で薬を作ろうとすることは無謀だが、ローファー氏のような人物の登場は避けられない」としています。


ローファー氏を取材したSTATによると、ジャーナリストの息子として生まれたローファー氏は、DIYで作った薬が必要になるような経済状態ではありません。ジェットブラックのスーツとペイズリー柄のベストというきっちりした格好のローファー氏は普段、カリフォルニアのメンロー・カレッジで数学を教えており、自宅があるのは高級住宅地。大学では粒子物理学を学び、現代・古代を合わせた18~19言語を習得しており、大学院生の時には必要に迫られて1日でフランス語の論文を翻訳できるレベルにまでになったとのこと。

そして、「ロールモデルとする人は?」という質問に対し、ローファー氏は高級フレンチビストロでシャンパンとホタテ貝のソテーを前にしながら「ガンジー」と答え、1930年にガンジーが行った塩の行進と製薬会社の独占と戦う自身の行為を比較したと言います。

ローファー氏は「私は『アナーキストはこうあらねばならない』という考えに縛られたくないのです」と語っており、大学の授業においては「自分が授業のことを真剣に受け取っている」と生徒に伝わるようにスーツを着ているとのこと。また、刑務所で数学を教える時は、バイクに乗る必要があるのでスーツではなくレザーを着ていることをローファー氏は付け加えています。

ローファー氏の転機となったのは、数年前にエルサルバドルでボランティアを行ったことでした。辺境の地で看護師が「抗生物質とピルが無くなってしまった」と言った瞬間をローファー氏は強く覚えていると言います。いずれも安価なジェネリックの薬でしたが、サプライヤーがその場所にすぐに届けることはできませんでした。その時に「ばかげている。彼らは簡易ラボで薬を作れるようにすべきなのに」とローファー氏は思ったそうです。

その出来事から2年後に、ローファー氏は与えられるべき権利を剥奪された患者が、自分で薬を必要な分だけ作れるようにする計画を開始しました。

ローファー氏は、2017年現在、C型肝炎の治療薬「ソホスブビル」をDIYで安価に作るための方法を模索中。製薬会社のギリアド・サイエンシズから出ているソホスブビルでC型肝炎を治療するまでには8万4000ドル(約950万円)が必要になるところ、ローファー氏によればDIYの薬を使えば800ドル(約9万円)で可能だとのこと。知識を解放することで多くの命が救われることが、ローファー氏の目的です。なお、この件について、ギリアド・サイエンシズはコメントを拒否しています。

ローファー氏の仲間には医師を含む複数分野にわたる専門家が存在し、彼らの力を借りてローファー氏は命を救う薬を家庭で安価に作れる方法を編み出しているわけですが、いずれの仲間も取材を拒否しています。これは、彼らが「ハラスメントや訴訟に関してレベルの異なる偏執病だからです」とローファー氏。ローファー氏でさえ、自身や仲間の身の安全のために彼らの本名を知らないといいます。しかし、家庭用簡易ラボを作るという計画は進行中であり、2017年中にはベータ版がリリースされる予定です。

by Drew Hays

一方で、ソホスブビルの製造は、ほんの少し量を間違えるだけでも汚染やオーバードースなど大きな危険につながる恐れがあり、製薬会社でも手を焼いているところです。元NASAの合成生物学者でありバイオハッカーとして活動するODINのCEOであるジョサイア・ゼイナー氏は、ローファー氏の活動が「概念実証をコンセプトにしたものであり、革命の第一歩」と語っており、ローファー氏が作ったレシピやラボで薬の偉大さをたたえつつも、大きな市場にローファー氏の製作物が出回るとは見ていない様子。「マイケルが世界を変えるかどうかはわかりませんが、彼は象徴的な人です」とゼイナー氏は語ります。

家庭用ラボやDIYの薬を必要とするのは、高価な薬に手が出せない窮迫した状態した状態にある人か、実験自体を楽しむ人であり、市場は非常に狭くなるという考えについては、ローファー氏自身も認めるところ。ローファー氏は自分以外に「薬が十分に手に入る状態なのに薬を自作する人はいないでしょう」と語っています。YouTubeでエピ・ペンシルの作り方を公開した後も、実際にエピ・ペンシルを自作して使用する人がいたのかどうかはわかりません。また、いくつかのYouTubeチャンネルはローファー氏が伝える方法でエピ・ペンシルをDIYしたところいくつかの弱点があったことを指摘しています。

しかし、ローファー氏にとって重要なのは、市場の大きさではなく、「他に方法がない患者にパワーを与えること」なのです。

Four Thieves Vinegarは製品を販売するのではなく、無料のアドバイスと応援を人に与えるだけなので、法に違反しません。専門家によるとFour Thieves Vinegarのこのようなアプローチでは、「薬」と呼ばれるものを取り締まるFDAも介入することができないとのこと。

ローファー氏は、他の起業家たちがFour Thieves Vinegarが提唱するような「マイクロ・ラボ」を商品として販売しだしても、異議を唱えるつもりはないとしています。状況を変えるための政治的なムーブメントが不足している2017年現在において、バイオハッカーたちがDIYで薬を作る方法を広めたり、ツールを開発ことは、ローファー氏の試みが成功していることを示すためです。しかし、「医者や製薬会社に頼らない」ことがコンセプトのDIYの薬作りが再び「熟練の技術を必要とするもの」と見なされてしまうことについては危惧しているとのこと。

by Fabio Issao

スタンフォード大学の法律・生物科学センターのハンク・グリーリー氏は、人々がDIYで薬を作るという行動について「誰も傷つかない場合に限ってですが、私は能力のある大人が無謀でばかばかしい行動を取ることを喜んで受け入れます」と語っています。しかし、もしローファー氏に続いた誰かが間違いで亡くなった場合は、法的にではないにしろ、道徳的な責任が生じるものと考えている様子。

ローファー氏はグリーリー氏のような意見に対して「私は、人が治療方法にアクセスできずに死んでいくことの方に倫理的な責任を感じます。人の命を救う薬を作る方法を知っている私が、それを世界に伝えないことは、私が共謀した罪によって誰かが死んでしまったかのように感じられるのです」と語りました。

ローファー氏がFDAや米国研究製薬工業協会(PhRMA)から圧力を受けることは、記事作成現在、まだありません。「私はまだ彼らにとって十分な脅威ではないのです。でも私は挑戦し続けますよ」とローファー氏は語りました。

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in サイエンス, Posted by darkhorse_log

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