メモ

医療費を押し上げ財政を圧迫する「薬の有効期限」問題にメスを入れられるのか?


食品に廃棄の目安となる賞味期限があるように、薬にも有効期限があり、期限切れの薬剤は廃棄されています。しかし、有効期限が切れた薬に薬効がないかというと、そうとも限らないことは公然の秘密であり、国の財政を圧迫する医療費の上昇を食い止めるために、「薬の有効期限を延長する」という方策の是非が問われています。

The Myth of Drug Expiration Dates - ProPublica
https://www.propublica.org/article/the-myth-of-drug-expiration-dates

California Poison Control Systemを運営するリー・カントレル氏は、ある薬局に本来は返品処理や廃棄処分がされるはずだった薬品が、手違いで保管されている事例に出くわしました。古いものは1969年に製造されており、有効期限から30年以上経過した薬品ばかりでした。


アメリカでは薬品にはそれぞれ有効期限が設定され、有効期限が切れた薬の販売は禁止されています。そのため、有効期限が切れた薬を薬局は製薬メーカーに返送して廃棄処分することになるため、有効期限切れから30年以上もたった薬品に触れる機会はめったにないそうです。その貴重な薬を前に、カントレル氏は「はたして有効期限が切れた薬品の効能はどれくらい低下しているのか?本当に使えない代物なのか?」を確かめるべく、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のロイ・ゲローナ博士に分析を依頼しました。

フィリピン出身のゲローナ博士は、母国ではとっくに有効期限が切れた薬が処方され、効能をもたらしている例をいくつも見てきたため、分析結果には人一倍の関心があったそうです。抗ヒスタミン薬、鎮痛剤など14種類の化合物について試験した結果、なんと12種類の化合物は薬の製造時と同じくらい効力を維持していることが分かりました。

カントレル氏とゲローナ博士がこの発見を論文にして2012年にArchives of Internal Medicine上で発表したところ、予想通りの反響がありました。一部の人からは「無責任な発表だ」という非難があり、カントレル氏は「薬の有効期限の設定方法を見直すべきという意見があるとしても、決して期限切れの薬の使用を推奨するものではない」という釈明に追われたそうです。なお、カントレル氏は、そもそも薬の「有効」期限という呼び方自体が誤解を招くため不適切だと考えています。期限が切れるとすぐに薬の有効性が切れるというわけではないからだとのこと。


アメリカの医療システムが世界一、高コストであることの原因を研究している非営利団体ProPublicaは、その大きな原因は「無駄」にあると考えています。この無駄にはジェネリック薬の利用が徹底されていないことだけでなく、薬の廃棄問題も含まれています。ある専門家は薬の廃棄による損失をアメリカ全土の医療費支出の4分の1に相当する年間約7650億ドル(約86兆円)と推測しています。仮に、薬効があり安全性に問題のない薬品が「有効期限切れ」を理由に廃棄処分されているならば、医療費を削減できる大きな無駄が潜んでいるというわけです。

多くの薬の有効期限は2年から3年に設定されていますが、この有効期限の設定は厳しすぎるので見直すべきではないかという議論は、古くからあるとのこと。ただし、製薬会社にすれば有効期限切れで薬が廃棄処分されれば新しい薬の売上げにつながるという構造があることから、薬の耐用年数に関する研究を行う動機がありません。製薬メーカー側は「患者の安全が最優先だ」と主張して、有効期限の改定に抵抗しています。


しかし、薬の有効期限が延長されるという例は、政府関係機関を中心にないわけではないとのこと。例えば、1986年にアメリカ空軍は備蓄している薬の入れ替え費用を圧縮するために、FDAに対して特定の薬の有効期限の延長を求めた結果、薬の棚卸し延長プログラムが承認されています。空軍の備蓄薬は毎年パッチ試験が行われ、安全性を確認して有効期限が延長できるかチェックされており、2006年の研究(PDFファイル)では122種類の薬が延長プログラムによって延命され、有効性・安全性の試験が行われた薬の3分の2が合格したことが明らかになっています。Journal of Pharmaceutical Sciencesに掲載された論文によると有効期限は平均して4年以上延長されたことも分かっています。

2006年から2009年の延長プログラムの運営を手伝った薬剤師のマーク・ユン氏は、「プログラムはバカバカしいほどの投資回収率を実現している」と述べています。国防総省の関係者によると、2016年の延長プログラムを実行するために試験などで必要となった費用は310万ドル(約3億5000万円)で、実際に「有効期限切れ」による廃棄を免れて不要となった薬の入れ替え費用は21億ドル(約2400億円)だったとのこと。つまりは1ドルの出資で677ドルのコストを削減できるという極めて優秀なプロジェクトだというわけです。


ProPublicaによると、ごく希に製薬メーカー自身が自社製品の有効期限の延長を申し出る例があるとのこと。2017年6月に製薬メーカーのファイザーはアトロピン、デキストロース、エピネフリンなどの薬の有効期限の延長を求めて承認されました。これは、メーカーの在庫不足が原因ではあるものの、Newton-Wellesley病院のデイビッド・バーコウィッツ医師は、ファイザーによる有効期限の延長申請を高く評価しています。それと同時に、依然として効力があり安全性も認められるにも拘わらず廃棄されている薬があるかどうかを確認する必要性を訴えています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
高コストなアメリカの医療ビジネスに潜む「闇」とは? - GIGAZINE

ADHDは作られた病であることを「ADHDの父」が死ぬ前に認める - GIGAZINE

胃酸抑制効果の高い薬剤「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」の長期利用で死亡リスクが高まるとの発表 - GIGAZINE

「ガン検診で死亡率が低下しているデータはない」と研究者が発表 - GIGAZINE

インスリンのジェネリック薬はなぜ存在しないのか? - GIGAZINE

不眠症・花粉症などの一般薬の過剰摂取で認知症のリスクが高まることが判明 - GIGAZINE

製薬会社が次々に神経科学研究施設を閉鎖、精神薬産業が直面する危機 - GIGAZINE

崩壊寸前で抗がん剤新薬の承認を勝ち取った製薬会社の紆余曲折の物語 - GIGAZINE

in メモ,   サイエンス, Posted by darkhorse_log

You can read the machine translated English article here.