サイエンス

製薬会社が次々に神経科学研究施設を閉鎖、精神薬産業が直面する危機

By Erich Ferdinand

奇跡の薬として人気を博した抗うつ剤のプロザックがアメリカで1989年に発売されてからおよそ25年、2013年現在ではアメリカ人全体の約20%が医師から処方された気持ちや精神状態を変化させる作用のある薬を服用しています。選択的セロトニン再取り込み阻害薬ゾロフトレクサプロといった薬はアメリカでよく知られていますが、毎日服用することで発生する副作用などはほとんど理解されていません。抗うつ剤や向精神薬の服用を心配する声が多数出ているにも関わらず、2010年の精神薬の売り上げは700億ドル(約6.9兆円)を記録。精神薬は消費者に受け入れられ、市場としては一見何の問題もないように見えますが、「精神薬産業は重大な危機に直面している」と、ある精神科医は警告しています。

A Dry Pipeline for Psychiatric Drugs - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/2013/08/20/health/a-dry-pipeline-for-psychiatric-drugs.html

What Happened to Psychiatry's Magic Bullets? : The New Yorker
http://www.newyorker.com/online/blogs/elements/2013/09/psychiatry-prozac-ssri-mental-health-theory-discredited.html

精神薬産業に警告を発しているのは、コーネル大学の精神科医であるRichard Friedman氏。Friedman氏によると、過去数年間でファイザーサノフィなどの大手製薬会社が神経科学研究施設を縮小、または、完全に閉鎖し、進行中であった臨床試験や新薬の研究をストップしているとのこと。精神薬産業は急激な勢いで成長を続けているマーケットであるのにも関わらず、なぜ大手製薬会社は施設を次々と縮小させているのでしょうか?その原因は精神薬理学の歴史からひもとくことができるそうです。

By Argonne National Laboratory

1949年に精神科医のジョン・ケイド氏が「そううつ病の患者を落ち着かせるにはリチウムが有効であることを発見した」とオーストラリアの医学雑誌に記事を掲載。そううつ病について実験中であったケイド氏は、ひょんなことからリチウムがそううつ病の症状を緩和する効果があることを偶然見つけ、その発見から20年後、リチウムはそううつ病の治療で使用されるようになりました。

1940~1950年代、早発性認知症という名前で呼ばれており、現在では統合失調症という正式名称の病気は、明確な治療法が確立されておらず、さまざまな治療法が乱立していたとのこと。多くあった治療法の1つに「氷で冷やす」というものがあり、あるフランスの病院では治療の氷が切れてしまったので、看護師が氷の代わりとしてクロルプロマジンという強力な鎮静効果のある薬を独断で暴れている統合失調症の患者に投与したところ、患者は落ち着きを取り戻しました。その後、クロルプロマジンは統合失調症に効果のある最初の薬として1952年に認可されました。

By @Doug88888

1956年には、スイスのガイギー社が精神病院の医者であり研究者でもあったRoland Kuhn氏に、抗ヒスタミン薬であったイミプラミンの実地試験を依頼。ガイギー社は試験の結果で鎮静効果が認められれば、抗精神病薬マーケットへの参入を計画していました。ガイギー社の期待とは裏腹に、試験結果ではイミプラミンには興奮作用があり、ある統合失調症患者は薬の投与後、病院を抜けだし近くの村まで行き、大声で歌を歌ってしまったとのこと。しかしながら、Kuhn氏は試験後に「統合失調症の症状である『生気のない状態』がイミプラミンによって解消されたのであれば、うつ状態の憂鬱(ゆううつ)な気分も解消されるのでは?」とひらめいたとのこと。しばらくして、イミプラミンはトフラニールという製品名で世界で最初の抗うつ薬として販売されました。

一方、アメリカの研究員たちもガイギー社と同じく抗ヒスタミン薬に興味を示していました。化学者のレオ・スターンバック氏は、薬理学的に不活発であると証明された合成物の最後のサンプルを捨てようとしていましたが、完全にテストを終了させるため実験を敢行。テストの結果、最後のサンプルから合成物が、筋弛緩および鎮静作用を持つことがわかりました。当初のテストでは失敗として処理されるはずだった合成物は、後に睡眠薬や抗不安薬に使用されるベンゾジアゼピンであったとのことです。

By aussiegall

1960年までにリチウム・イミプラミン・ベンゾジアゼピン以外にも精神病薬が発見されましたが、その多くはある意味偶然の出来事から発見されたため、「なぜ病気に効果があるのか?」を説明する理論に欠けていました。その一方で、「精神障害は神経伝達物質の不安定な状態『化学的不均衡』が原因で引き起こされる」という、薬ではなく病気に関する理論は1950年代に発表されていたとのこと。

1965年にはアメリカ国立精神衛生研究所のJoseph Schildkraut氏が、うつ病では脳内のノルアドレナリンが減少し、抗うつ薬はこれを増加させる作用がある、という内容の仮説を提唱、ついに「なぜ抗うつ薬はうつ病に効果があるのか?」という疑問を説明する理論が発表されたのです。

By Patrick Hoesly

しかしながら、数年後、抗うつ薬は脳内のノルアドレナリンではなくセロトニンの濃度を増加させていることがわかり、Schildkraut氏の仮説が間違っていたことが判明。そこで、シナプスにおけるセロトニンの再吸収に作用することで、うつ症状の改善を目指すプロザックやゾロフトなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)という新しい抗うつ薬が開発されました。この抗うつ薬は、化学的不均衡というもっともらしい化学的根拠に基づいていることをマーケティングに取り入れたところ、1990年代中頃までに、処方箋を必要とする薬の中で最も売れたとのこと。

SSRIは確かにセロトニンの濃度を増加する作用がありますが、そもそもセロトニンの減少がうつ病の原因であることの根拠はいまだに示されていないため、SSRIがなぜうつ病に効果があるのかは不明のままです。追い打ちをかけるように、うつ病の根本的な理論とされていた化学的不均衡理論が正確性に欠けると判明。うつ病や抗うつ薬の長年の研究からはっきりとしていることは、天の川の星の数よりも多くの神経を持ち、宇宙の中でも最も複雑なオブジェクトの1つである脳は、製薬にとってハードルが高すぎたという事実だけです。

By Eric

製薬会社が次々と神経科学研究施設を縮小・閉鎖しているのは、長年信じて研究を続けてきた「化学的不均衡」への信頼を失ってきている兆候とのこと。存在しないかもしれない「化学的不均衡」を信じて続けてきた研究も無駄骨になるかもしれません。フリードマン氏は「30年もの間信じられていた理論を覆すような、全く新しい新薬を開発するのは研究員にとって非常に困難であるし、莫大な費用がかかるんです」と述べています。

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in メモ,   サイエンス, Posted by darkhorse_log

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