世界中に従業員を抱えるWordPressの独特な採用プロセスに学ぶ経営者の目指すべき雇用論
By John Fischer
フリーのブログ運営サービスWordPress.comを運営するAutomattic社は、世界中に分散した従業員らによって遠隔からシステム開発・運営がされています。インターネット全盛時代ならではの働き方を体現するAutomatticでは、開発スタッフの雇用の仕方も独特で、決して一般的とは言えない採用方法が採られていますが、その採用プロセスにはあらゆる企業の経営者にとって参考にできる「雇用のあり方」のエッセンスが含まれています。
Inside Automattic’s remote hiring process | Dave Martin
http://davemart.in/2015/04/22/inside-automattics-remote-hiring-process/
Automatticは創設者のマット・マレンウェッグの下に世界中から優秀なスタッフが集まって運営されており、わずか数百人のメンバーによって構成されている「世界的規模の組織」として異彩を放っていることで知られています。「なぜAutomatticは世界中から優秀な人材を集めることができるのか」「どのようにして雇用をしているのか」について、Automatticでこれまで200人以上という大半のスタッフの採用場面に携わってきたデイブ・マーチン氏が独特な採用システムを明らかにしています。
Automatticは世界中からメンバーを募集していることもあり、採用にあたって応募者にどこか特定の場所を訪れることを要求することはありません。つまり、採用プロセス自体もオンラインで行われています。そのため、文字通り世界中の人材が求人の対象であるという特異性を持っています。
◆エントリーシート
Automatticの採用プロセスは他の企業と同様にエントリーシート(履歴書)から始まります。エントリーシートは企業への参加を希望する「意思表示」であり、同時に自分がどのような人物で、どのような能力があり、どのような形で企業に貢献できるのかを示せる「ツール」であることから、エントリーシートがオンラインでのみ受け付けられているという点を除けば、他の企業と異なることはありません。
しかし、Automatticでは他の世界的な企業と異なり、エントリーシートが人事担当者の元に届く前に、経営者であり最高意思決定者であるマレンウェッグの目にとめられるという点で大きく異なります。WordPressを運営するAutomatticの理念に共鳴するエンジニアは世界中に数多く居るため、Automatticへの就職を求める応募者はかなりの数に上りますが、マレンウェッグはすべてのエントリーシートに目を通すとのこと。マーチン氏によると、AutomatticのCEOであるマレンウェッグの最優先事項は「優秀な人材の採用」であり、仕事の20%~30%の時間を雇用案件に割いているそうです。
「世界的企業のトップが採用プロセスの第一段階を担当することについて馬鹿げていると考える人がいるかもしれないけれど、極めて合理的である」とマーチン氏は述べています。その理由は以下の通りです。
どんな企業にも「カラー」というものがあり、どんなに優秀な人物であっても企業文化と相性が悪ければ良い仕事はできないもの。そのため、企業のトップでありWordPressの創始者であるマレンウェッグ自身が、応募者とAutomatticとのマッチングを判断するのはとても理にかなっているそうです。
第2に、少ない人材で運営されるWordPressシステムで、どのような人材が必要なのかに最も精通しているのがマレンウェッグであることから、採用するべき人材の判断が可能という点です。
3つめの理由は、「事前審査」をパスしたという事実であるとマーチン氏は述べています。つまり、人事担当者にエントリーシートが届く時点では、最低限であれマレンウェッグのお墨付きを得ているため、以後の採用判断に自信をもって取り組めるとのこと。「私は必要な人材だと思うけれど、もしかしたらトップはそう考えないかもしれない……」などという心配は無用だというわけです。
◆採用不可のメール
マレンウェッグから応募情報が届けられると、採用担当者は応募者に対応を開始します。なお、マーチン氏によると、応募者の情報が届いた時点から、採用担当者である自身の仕事の最優先事項は採用可否の判断になるそうです。
一目見て、この人物は雇用条件にふさわしくないと判断できる場合は、採用不可のメールを送信するとのこと。しかし、その内容は「こんにちは、ジョン。Automatticへの応募ありがとう。私たちは今、この時点ではあなたがAutomatticとフィットしないと思う。けれど、これからもAutomattic.comの採用ページをフォローし続けてください。そして、スキルを磨き成長し続けて、オープンソースプロジェクトの可能性を広げることに貢献し続けてください」というメールを送るとのこと。
マーチン氏によると実際にAutomatticに採用されたかなりの数の人が、2度目、3度目のチャレンジで採用に至っているそうです。もしも、単なる「お祈りメール」で終わらせているならば、優秀な人材を取りこぼしている可能性がありそうです。
◆応募者の時間を大切にする
他方で応募者が有望に見える場合、「Skypeに私を追加してください。一度、ポジションについてあなたと話がしたいです」というメールを送ります。たいていの応募者は24時間以内にSkypeで追加してくれるそうです。
マーチン氏は、Skypeの承認を受けたら即座に、「通話ではなくSkypeでテキスト上での会話をしましょう。いくつか質問するので、時間がある時でいいので返信してください。今日でも明日でもいつでもOKなので」とメッセージを送るとのこと。世界中にスタッフが散らばるAutomatticでは、相手のタイムゾーンに合わせることは苦痛をともなうので、文字ベースで自分の好きな時間に返信することができる必要があるそうです。
さらに、質問にタイムリーな返信を要求しないことで、応募者は現在の仕事を続けながらAutomatticへの採用試験を受けられるとのこと。そして、応募者に時間的な猶予を与えることは、同時にマーチン氏にとっても自分の作業をする時間を得られることになるため、お互いにとって有益だそうです。
マーチン氏はSkypeで、相手の興味のあることを尋ねつつ、システム開発に必要な情報についてのみ求めるとのこと。応募者からの質問についても同様で、無駄な内容は一切なし。もしも、Automatticでのシステム開発業務に不要なことにばかり時間を割くようであれば、それはすなわち採用不可につながるそうです。
◆実践的なトライアル
Skypeでの会話で適正を判断した後は、具体的な試験が始まります。試験の内容は、WordPress.comのシステム開発の一部を担当してもらう、という実践的なテストです。もちろんシステム開発はリモートで行われ、Automatticで働くことになった場合を想定したものとなっています。
システム開発作業については1時間から2時間程度の時間が必要なもので、特に期限は設けられておらず、応募者にゆだねられているそうです。ただし、「仕事が遅い」という事実は、適正がないという判断につながりかねない点は注意が必要です。
さらに、応募者はみな、一律に時給22ドル(約2600円)で計算した賃金が支払われるとのこと。なお、応募者には任意で応募を止め、試験プロジェクトから離脱する自由が与えられています。
◆最終面接
トライアルを見事にくぐり抜けた応募者に待っている最後の関門は、マレンウェッグとのチャットによる最終面接です。遠隔で働くときの条件や、質問があればそれについて話し合い、面接がうまくいけば晴れて採用となります。
以上のようなAutomatticの採用プロセスを通じて、マーチン氏は、企業のトップが雇用を最優先事項として取り組むべきこと、採用できないという困難な通知を送る場合でも応募者に親切にできる限り迅速に行動すること、採用したいという判断に少しでも自信が揺らぐ場合は採用不可の判断を下さねばならず時間を無駄にするべきではないこと、などを教訓としてあげています。
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