「桜の温度」監督の平尾隆之とはどんな人物なのか?徹底インタビュー
『劇場版 空の境界』全七部+終章を原作ファンの期待に応えた内容で作りきったアニメーション制作会社ユーフォーテーブル。2011年秋からはテレビシリーズ『Fate/Zero』の放送があるほか、アニメ文庫シリーズのリリースも控えており、京都アニメーションやシャフトと同様、動向が注目される制作会社の一つです。
そんあなユーフォーテーブルが現在制作している完全オリジナル作品が『桜の温度』です。ただのオリジナル企画というだけではなく、企画から配給まですべてユーフォーテーブルが行っているという点でも注目の作品ですが、これを監督しているのが『空の境界 第五章 矛盾螺旋』の平尾隆之監督。『DEATH NOTE』の荒木哲郎監督、『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の長井龍雪監督ら、注目を集める世代のクリエイターの1人ということで、今回、インタビューを敢行しました。
GIGAZINE(以下、G):
今回はそれこそ「生まれはどちらですか?」というようなレベルのところからお伺いしたいと思います。
平尾隆之監督(以下、平尾):
生まれですか?(笑)
G:
平尾さんは『桜の温度』の舞台のモデルになったという香川県出身だとお伺いしましたが、どんな子どもだったんですか?
平尾:
僕の家は山の上、坂道の途中にあって、団地だったんですが子どもが少なかったんですよ。もちろん、学校に行けば友達はいたんですが、あまりにも急な坂道だったものだから、誰も遊びに来てくれなかった(笑) 家の前はほぼ坂道だからキャッチボールもできないし、サッカーの練習もできない状況だったんです。それでも遊んではいたんですが、5つ上の兄がマンガ好きで、自分よりも少し年齢層の高い小説やマンガを買ってくるんですね。なので、それをよく読んでいました。
G:
どのような作品を読んでいたんですか?
平尾:
大友克洋さんの『AKIRA』とか……
G:
おお!
平尾:
『AKIRA』は小学校1年生とか、それぐらいで読みましたよ。
G:
すごい体験ですね(笑)
平尾:
人がいっぱい死にまくって、すごく気持ち悪い作品だなとは子ども心に思っていたんですけど、結局は面白いから兄の部屋に行ってはずっと読んでいました。小説だと、兄は村上春樹さんの小説とかが好きだったのでそれを。最初の作品『風の歌を聴け』を小学校6年生ごろに読んだんですが、全く意味が分かりませんでした(笑)
G:
なるほど。てっきり世代的には「週刊少年ジャンプ」に連載されていた作品がでてくるのかと思ったのですが、その辺りも読んでいたけれど、『AKIRA』の方が先だったんですね。
平尾:
そうですね、『AKIRA』が最初でした。その後、『ドラゴンボール』とか『ジョジョの奇妙な冒険』とかを読み始めていったという感じですね。
G:
「まず『AKIRA』があった」というのはすごい経験ですね……。
平尾:
兄の影響が強いですね、最初に読んだ作品とかは。
G:
『AKIRA』からマンガ歴をスタートさせた平尾さんですが、どのようにしてこのアニメ業界に進もうと思ったんでしょうか。
平尾:
もともとは漫画家になりたかったんですが、中学校・高校と柔道部だったんです。その間はずっと柔道をやっていて、高校二年くらいの時に柔道部の先生とケンカして辞めたんですよ。それで何をやろうかなと思って「そういえば漫画家になりたかったんだよな」というのを思い出して、美術部に入ったんです。それから美術部の先生に「お前一本漫画描いてこい」と言われて漫画を描いてみたら「君は漫画家に向いていない」と言われたんですよ(笑)
G:
ずいぶんはっきりと……。
平尾:
はっきりと言われて。「どちらかと言えば映像の方に入ったほうがいいんじゃないかな」ということを言われて「じゃあ、映像の方に」と。で、どちらかというと僕は成績の良くない方だったので大学はあきらめて「専門学校に行こう」と思ったんですね。それで、実写の専門学校がいいなと思って探したんですけどその時は見つからなかったんです。「じゃあアニメも見てたし、アニメの業界に行こう」ということで入ったのが「大阪デザイナー専門学校」というところでした。大阪には二年間ぐらいいたんですよ。学校に入ったらすぐ目の前にちゃんとした実写の専門学校があって「そっちに行けばよかったな」と思ったんですが、結局それはそれ、そのままアニメの専門学校へという感じですね。
G:
柔道部から美術部への転身……すごいですね。
平尾:
こういうと母校に失礼かもしれませんが、その当時はあまりガラが良くない高校だったんですよ。美術部は女性の先生でなぜか不良たちから人気があった方だったんです。僕は別に不良ではなかったんですけど、美術部に入るとヤンキーたちがイスに座って黙々と絵を描いているんですよ。その側にいるのがわりと面白くて、楽しそうだなと思ってふらっと入ってみたという感じです。
G:
当時はどういったアニメを見ていたんでしょうか。
平尾:
小学校のころはやっぱり『ふしぎの海のナディア』とか見ていました。あれが小学校4~5年ぐらいでしたね。『機動戦士Zガンダム』ぐらいのころですか、うちの兄がすごくガンダムが好きで、よく見てたんですよ。それを横で見てたりとか、あとは『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』とか見てましたね。僕の家は山の上だったから、四国放送が入らないんですよ。でも、なぜか海の向こうからテレビせとうちの電波が来ていて。
G:
テレビ東京系列ですね。
平尾:
そうそう。あと、夏休みとか限定で「アニメだいすき!」という番組があったんです。
G:
ああ、ありました!
平尾:
あれを兄が見ていて、横で僕も見ていて。テレビでやっているよりも大人向けのアニメ、OVAとかを「アニメだいすき!」で流していたじゃないですか。あればかり見ていましたね。
G:
確かに、自分の周りでもこの番組を見ていたという人は、その後もかなりアニメ好きな人間が多いというイメージがありますね(笑) 「アニメだいすき!」はOVAがテレビで見られるから「あれを見てたよ」という人は結構多いみたいですね。
平尾:
アニメでこういうのをやっているんだというのは衝撃的でしたね。小学校の時は『MAROKO 麿子』とか『迷宮物件 FILE 538』とかやっていたんじゃないですかね。すごくコアな奴なんですけど。
G:
小学校のころにかなり影響を受けていそうな感じですね(笑)
平尾:
ただ、メジャーな作品というのはすっとばして業界に入ったようなところがあったので、みんなの話題に追いつくのが大変だったというのはありますね。
G:
お仕事の履歴を見ると1999年の『十兵衛ちゃん』のところから名前を見かけるようになるわけですが、このころのお仕事はどうしていましたか?
平尾:
僕が業界に入ったのは20歳で、やる気はありましたね。ただそのころ、マッドハウスは3階にあって場所が凄く狭かったんですよ。その当時、同期が10数名ほどいたんですが、みんな立っていたんですよ(笑)
G:
狭いからですか?
平尾:
狭くて席がないから、立った状態で。しかも仕事が電話か外回りくらいしかないんですよ。だから、外回りを頼まれたら、少し誇らしげな顔でみんな出て行くんですよ。仕事がもらえたということで(笑) 電話番も取り合いですよ。
G:
何人か待機していますもんね。
平尾:
そうそう、何人か待機していて、とにかく仕事がなくて暇だから、電話が鳴った瞬間に誰が一番早く電話が取れるかみたいなことをやっていましたね。そういうことに必死でしたね。初めて就職をしたというのもありましたし、アニメーション業界という少し特殊な業界に入ったことが目新しくて。本当は演出になりたかったんですけど、制作進行の仕事が面白くなってしまったんです。ずっと制作の仕事をやっていた時代がありますね。2~3年くらいやっていたんじゃないすかね。わりと流されやすいです(笑) 大阪から東京に出てきて、面白いものもいっぱいあったんで。そうしているうちに同期の荒木哲郎君とか中村亮介君とかがどんどん演出に上がっていってしまって「あれ、これはやばいんじゃないのか?」ということもありました。
G:
少し今、お名前が出ていましたけど、以前アニメージュさんで特集された「これがアラサー世代監督だ」の中で平尾さんとともに荒木さんたちの名前が並んでいましたが、結構年齢が近いということで、ライバル的な感じでしょうか。
平尾:
荒木君とはプライベートでも仲良くさせてもらっていて。業界に入ってから僕に一番影響を与えてくれたのが荒木君かなと思います。同期であんなに絵がうまくて、才能があって……。だから喋ってることが全然違うんですよね。僕が考えてることだったり、作品を見た時の感想が、一味違っていたりするんですよ。2人で「あれ見てどうだった」という話をしていても、全然違う観点から物を捉えているんですよ。だから「どうにかして追いつかないと」と思って、議論をたくさんかわして、何とか盗もうとしたりしましたね。今でも僕は荒木君には追いつけていないと思ってます。お互い、ある程度、監督をやらせてもらったりしているんですけど、それでも才能とか技術を含めて全然彼にはかなわないな、と。
G:
近いところにいるのに、すごく遠い存在というような感じでしょうか。
平尾:
そうですね。
G:
それでは、平尾さんが他人にオススメするアニメや映画、小説はありますか?
平尾:
すごくいっぱいあって、いきなりだとどれを挙げたらいいかわからないですね(笑) ここ最近でいうと海外ドラマをずっと見ています。『ザ・ソプラノズ』というんですが、ぜひ見てほしいですね。マフィアの話なんですが、すごく人間ドラマというか人生の縮図のようなものが重厚なドラマとして描かれていて面白いです。シーズン6で終わっているんですが、DVD-BOXを全部買ってしまったくらいに僕は好きです。
平尾:
最近見たアニメでは『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』とか面白いですね。
G:
『あの花』の長井龍雪監督も年齢の近い方ですね。
平尾:
長井監督とは荒木君とのつながりで一回お会いしたことがあるんですよ。荒木君、長井さんと田中将賀さん、竹内哲也さんとでお酒を飲ませてもらったことがあります。人間的にも魅力のある方でうらやましいです。
G:
長井さんは『とらドラ!』『とある科学の超電磁砲』、そして『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』と監督なさってますね。平尾さんも『空の境界』の中でボリュームのある第五章の監督をなさっていて、かなりキャリアの中で大きな作品となっているのではないかと思いますが。
平尾:
そうですね。『矛盾螺旋』をやらせてもらって本当によかったと思っています。
G:
なるほど。では最後にまとめとして、これからの野望をひとつお願いします。
平尾:
野望……目標というものであれば、僕の中でいろいろ考えていることはありますね。『空の境界』以降、『ギョ』と『桜の温度』という2つの作品では、わりと僕の好きなことをやらせてもらっているんです。『ギョ』は最近のアニメではあまり見ないキャラクターデザインですが、伊藤潤二さんのファンとしてやらせていただいて作品がすごく好きなので、とてもうれしいですね。
平尾:
『桜の温度』もオリジナルで、かなり自分の好きな形でやらせてもらっています。ただ、自分が好きだからこそ、そのコアになっている部分を次の作品ではエンターテイメントにしていきたいなと、というのはありますね。
ずっとお客さんにどういうものを届けるのかということを考えながら仕事をしているんですが、届けるお客さんの層というか、器は少しずつ広げていきたいですね。そういうものがちゃんと届くなら、もっと広い層に届く作品の器が作れれば、というのが目標です。
G:
個人でやりたいこともエンターテイメントの方にまっすぐつなげていきたいと。
平尾:
それが近いですね。この2つの作品をやらせて頂いたというのはすごく大きくて、おかげでいろんなものが見えてきたんですね。
G:
「客受けするものはこういうもの」だとか「自分のやりたいものはこういうもの」というのではなくて、「これをどうすれば、外に届けることができるか」ということを考えていらっしゃると。
平尾:
そうですね。ただそれを実現するにはもう少し時間が掛かるような気がするんですよね。だから次の作品では自分のやりたいことでどうしても譲れないということがあったとしても、よりお客さんの層に広げられるのであれば、それは一度自分を抑えて、俯瞰してものを見て、より届けられるものだったらそちらを選択しようと考えています。
今まではちゃんとお客さんに届けようという意思はあったとしても、もし二択があった場合は自分のやりたいことを選択していた部分が少しあったんですね。それを一度、こちらにシフトしてみようと。それができて初めて、その2つを合わせながらバランスのいいものが作れるのではないのかなと。それが野望と言えば野望ですね。
G:
なるほど。その目標に向けてのまず第一歩としての『桜の温度』、楽しみにしています。ちなみに、追加でかなりメインと離れた質問になりますが、平尾さんがufotable cafeでオススメのメニューとか「いつも食べてますよ」っていうメニューがあれば……
平尾:
えっ(笑)
ユーフォーテーブル 近藤光プロデューサー(以下、近藤):
いつも豚のやつ食べてるよね。
平尾:
あ、この「黒豚の塩漬けー3種ソース添えー」のスープ&ライス付きですね。あと「バターロールフレンチトースト」。
近藤:
カロリーすごいぞ……。
(一同笑)
平尾:
ここ最近カフェに来なくなっていたんですけど、これを一度食べてからは三日連続で来てしまったぐらいです。
近藤:
これ、おいしいよね。
G:
なるほど。それは是非食べないとですね。本日はありがとうございました。
なお、このインタビューは「アニメージュ×GIGAZINE立体コラボレーション」の一環として実施したもので、GIGAZINEのインタビューでは平尾監督自身のことを中心に話をしてもらいましたが、7月8日発売のアニメージュ2011年8月号では、オリジナルアニメ『桜の温度』という作品について掘り下げたインタビューが掲載されることになっています。そもそも『桜の温度』という企画はどうやって生まれたのか、制作にあたってどういったことが行われているのかが語られています。
ちなみに、アニメージュ記事用の写真撮影の様子はこんな感じでした。紙面で実際にどのような写真が使われているのか確かめてみて下さい。
・追記
この次に平尾監督の手がけた作品が、2013年12月28日から公開された映画『魔女っこ姉妹のヨヨとネネ』。実は、この「桜の温度」の制作終盤に企画が立ち上がっていたそうです。『ヨヨネネ』公開直前にも平尾監督にインタビューを実施しました。
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