インタビュー

「一つでも多くの作品を残して死にたいです」サイバーコネクトツーと松山社長のすべてがわかるインタビュー完全版


週刊少年ジャンプの連載漫画「NARUTO-ナルト-」のゲームシリーズや、「テイルコンチェルト」「.hack」シリーズなどのオリジナルゲーム、福岡県の防災・安全イメージキャラクター「まもるくん」のイラストまで、幅広く活躍しているゲーム制作会社「サイバーコネクトツー」ですが、今回はサイバーコネクトツー福岡本社にて、これまではあまり広く知られていなかった本当の姿とここまでの規模に会社を成長させた原動力について、代表取締役社長の松山洋さんにインタビューすることに成功しました。

◆サイバーコネクトツー 松山洋社長インタビュー


サイバーコネクトツー社長 松山洋(以下松山):
じゃあ早速、いいですか?会社概要からです(手元の資料をめくりつつ)。今から17年前に、わずか10名からスタートしたのが、元「サイバーコネクト」という会社です。福岡に本社があります。2年前に東京スタジオを作りました。契約社員や、あとアルバイトも入れると、今現在開発に携わっているのは、福岡本社でおよそ170名、東京スタジオでおよそ40名。合計二百数十名で、ゲーム開発、時には映画を作ったりもしています。まあ色んな開発をやっているということです。


17年前に、1本目の「テイルコンチェルト」のゲームソフト開発を担当しました。この頃、私自身はいちグラフィックデザイナー、アーティストで、この作品のおよそ80%の背景グラフィックを手掛けています。テイルコンチェルトは、10名で会社を作って最初に立ち上げたプロジェクトですね。これがきっかけで、バンダイ(現バンダイナムコゲームス)さんとお仕事することになりました。

2本目が、同じくPS1(初代プレイステーション)ですね、「サイレントボマー」というアクションゲームです。この時も私はアーティストで、9割以上の背景を手掛けております。人数が少なかったので!1人1セクションみたいな状態だったのです。PS1だったからまだそんな開発もできたんですけど。「テイルコンチェルト」は人数少なかったので、開発に1年半くらいかかりました。「サイレントボマー」のときは人が増えて14名。それでも、同じく1年半くらいかけて開発を行いました。

松山:
次、「.hack(ドットハック)シリーズ」。ここからPS2になります。「.hack」シリーズの最初のタイトルの「.hack//感染拡大 Vol.1~絶対包囲 Vol.4」(以下、「.hack」シリーズ)のリリースは2002年から2003年。3ヶ月スパンで、全4巻構成でした。


松山:
テレビアニメを放送したり、マンガ、小説、色々なメディアで同時多発展開をしたプロジェクトです。私はアーティストとして「.hack」の背景グラフィックを作ってたんです。この時までですね。

GIGAZINE(以下、G):
そうなんですか。

松山:
そうなんです。作り始めたタイミングで、前の社長がですね、私の同級生なんですけども、彼出て行っちゃいまして。普通、社長いなくなるって、なかなかないですけど(笑)

G:
ないですね(笑)

松山:
このときちょうど、総勢18名の会社だったんです。PS2になるんだから人数増やそう!って言って。それでも18人しかいなかったんですけど、プラス7名のアルバイト、当時ルーキーセブンって呼んでたんですけど、合計して25名の開発スタッフで。前の社長がいなくなってしまったので、私がスタッフと話をして、代表を務めることになりました。結果、その時に「サイバーコネクトツー」へ社名も変更しました。なので、私の監督作品としては「.hack」シリーズからですね。

その次のシリーズが、「.hack//G.U.」です。これは2006年から2007年の全3巻のプロジェクトですね。その翌年に、「.hack//G.U. TRILOGY」という、これはフルCGのオリジナルビデオアニメーションです。バンダイビジュアルさんと、バンダイナムコゲームスさんと一緒にやりまして。ゲームクリエイターができる、CG映画のようなものを作ってみようよ、ということで制作したのがこの「.hack//G.U. TRILOGY」なんですね。当時、なかなかBlu-ray Disc・DVDでの販売が難しい、アニメ業界は今厳しいって言われていた中で、結果、かなりの販売実績でした。


G:
おお!

松山:
おかげさまで。「.hack」シリーズのゲームファンがそのままの流れで入ってこれたっていうのもあって。「.hack//G.U. TRILOGY」は「.hack//G.U.」のもうひとつの結末というコンセプトで制作して、これも私が監督を務めました。そして2010年から、今現在も進めている「.hack」シリーズがPSPの「.hack//Link」ですね。今現在も色々とやってますけども。時を同じくして、2000年位の話なんですけども。私が社長になってから、サイバーコネクトツーをちゃんと、歌って踊れるデベロッパーにしなきゃといけないと思い始めて。

G:
歌って踊れる(笑)

松山:
そうでないと、いつまでたっても勝てないので。なので、ちゃんとやろうと。「.hack」シリーズ制作期間って3年半くらいかかっているんです。「.hack」シリーズが幸いにもヒットして、支持して頂けるお客さんも増えたんですけども、人数の少ない会社にありがちな思考で、「とにかく自分たちで力合わせていい物さえ作れば、お客さんは後から付いてくる」と。「結果は後からだ」という考え方があって。まずは自分たちにできることをコツコツとやろうと。その考えには当時から違和感があったんです。この業界って不思議なもので、頑張ってない会社って1個もないんですよ。

G:
みんな頑張ってるんですね。

松山:
そうなんです!なのに「皆」が成功できているかというとそうじゃないじゃないですか。じゃあ、普通にコツコツ頑張るだけじゃ足りないってことなんですよね。成功するためには戦略が必要なんですよ。いい物を作れば結果が後からついてくるんじゃなくて、お客様に振り向いて頂いて、夢中になってもらうことを能動的にやらないと。開発会社だからといって、いいものを作った後、売るのはパブリッシャーの役目で、我々は関知しません、というのは、ここから先は流行らないんじゃないの?と。ゲームのビジネスは、PS2になってから、どんどん大きくなっていきました。まるで映画のようだとか、この頃から言われるようになりました。映画って不思議なもので、前にうちのスタッフが言っていたんですが、「配給会社で見る映画を決める人はいない」と。「ええっ東宝が配給するのか~!」って、それで見る映画決めないじゃないですか。

G:
確かに。

松山:
決めるのは何っていうと、監督とか、映画を作ったチームがどこのチームだとか。例えばジャンル、そしてキャスト、キャラクターデザイナーとか、そういった所。要は中身でみんな勝負するわけじゃないですか。で、あれば、ゲーム業界も大きくなっていく過程の中で、映画と同じく、「で、どこの制作会社が作ってんの?」って言いながら、パッケージの裏を見て、「あ!あのゲーム作った制作チームが作ってんだ!この人が監督か、じゃあ安心だ」と。そういうのが多分お客様がゲームを選ぶ決め手になってくるだろうと思ったんです。そのためには、さっきの話じゃないですけど、やっぱり歌って踊れるデベロッパーにならなきゃいけない。で、パブリッシャーにも、「サイバーコネクトツーと組むんだからこういうプロジェクトをやろうよ」と言ってもらえる。誰でもいい下請けだったら、クリエイターとして意味がないと思うので、そういう会社にしようと。ということでオリジナルの「.hack」シリーズで成功したからいいんですけども、次また3年半かけて1本作ってるとですね、お客様の年代がハイターゲットになるんですよ。


G:
あっという間に……。

松山:
自分たちがそうだったように、3年半っていう年月は待っててくれないんですよ、お客様は。もう次の楽しいもの見つけちゃうんですよ。かといって、制作には時間がそれなりにかかるし、3分の1の時間で作れるようにしましょうって言ったって、それはなかなかできないじゃないですか。いい物にならないので。だったら例え2年かかってもいいから、まず開発ラインを2ラインにしようと。そうすると、2年に1本出せば交差するから、1年に1回はうちのタイトルが出せる。まずはその体制を作んないと。少ない人数でコツコツじゃなくて、勝つためには戦略がいるんです。なので、チームをまず増やす。人が足りないからできないとか……例えば格闘ゲームを作る時も、「本当は25キャラ欲しいけど、今のうちの会社だと人数少ないからやっぱり18キャラにしようか。予算も足りないし」ってなるんです。でもそれ、お客様は「知ったことか!」って話でしょう。25キャラあった方がいいんだったら、25キャラあったほうがいいに決まってるんですよ!


松山:
自分たちの事情を先にするんじゃなくて、そのタイトルにとって一番幸せなことを、お客様にとって一番幸せなことはなにか、っていう考え方からいかないと絶対に勝てないから。人数が少ないとか、手が足りないとか、しみったれたことを言うな!と。じゃあ人増やそうよと。前社長は、「人を増やすと経営がどうとか」「結果は後からついてくるから、少数精鋭でコツコツやっていこう」という事を言っていて。その時から、ずいぶんとまあのんきなことを……と、開発者として思っていました。「勝つ」って普通じゃない。人より勝つってことですから、特別じゃないと勝てないわけですよ。特別な戦略を持たないといけないんで、じゃあ人と違うことちゃんとやろうよってことで、サイバーコネクトツーはそこから大改造を行ったんですね。会社のルールから何から全部そうなんです。

G:
その大改造を行ったは何年ごろなんですか?

松山:
それは2000年です。2001年に私が社長に就任して、当時いたスタッフに、「社長はいなくなりました、そして事実上サイバーコネクトという会社はなくなりました」と伝えました。みんな能力は当然あって……当時のコアメンバーは前職のゲーム会社でアーケードゲームやビデオゲームの、格闘ゲームとかシューティングをやっていたわけです。ポリゴンで、PS1の互換ボードで作っていたので、プレイステーションの開発が今すぐできるチーム、メンバーだったんですよ。

G:
じゃあ実力があったんですね。その時から。

松山:
そうなんです。もともと能力も夢もあったんで、みんな独立して自分たちの思い描くタイトルで大ヒットさせたいっていう気持ちはあって。前職の会社のことを彼らは愚痴半分で言っていました。作りたい物で勝負させてくれるんじゃなくて、要は経営陣が決めた売れそうな物……トップダウンがきつかったというふうに感じていました。私が彼らの愚痴を聞く限り。別に愛なんか無いのに、好きでもないのに、「サッカーがプロ化してJリーグっていうのを発足するからサッカーゲームを作れ」と。「僕らサッカー好きでもなんでもないのに……」って。

結構乱暴な指示で……。まあ後から聞いて「確かにそれはないな」と思いつつも、ただどこかでは、言い訳のように聞こえる。自分たちが結果出せなかった理由を経営者のせいにしすぎてはいないか?と。自分たちはお給料をもらって仕事してる以上、絶対にヒットさせるという戦略持ってたのに、と言えるのかなと。やりたいことやりたいって言っているだけだとサークル活動と一緒で、それはビジネスじゃないなとも思いました。私自身、「テイルコンチェルト」や「サイレントボマー」を制作していた時に、本当にこの企画でいいのかな?もっとできることあるんじゃないの?とか思っていたので。『お客様ってここまでやらないと満足してくれないんじゃないの?』というのを肌で感じつつも、10人しかいなかったとか、色々事情もあって……。納得した上で出したタイトルなので後悔は当然ないんですけども。

◆オリジナル禁止令と「.hack」プロジェクト


松山:
サイバーコネクトツーになった時、「みんな能力あるから元の会社とか、日本全国の会社に入り直すこともできるし、活躍できるとも思う。でもまだサイバー作って結果出せてないし、何より最初の『テイルコンチェルト』、そして今回の『サイレントボマー』や次の『.hack』も含めて、バンダイって会社にまだ恩をちゃんと返せてないんじゃないの」という話を当時のスタッフに話をして。俺はこの「.hack」を最後までやりたいと。

鵜之澤伸(うのざわしん)さん(現・株式会社バンダイナムコゲームス代表取締役副社長)が新しくビデオゲーム事業部長に就任した年でもあったんですよ。新たに就任した鵜之澤さんがやり方をがばっと変えられたんです。バンダイのビデオゲーム事業部50人くらいを集めて、彼らに対して「自分達は、ポリゴンの物を作れるのか。絵描いたり、プログラム書いたりできるのかと。そうじゃないだろう。」と。開発会社に対して、ちゃんと向かい合うようにと。自分はアニメでそうやって成功してきたと。鵜之澤さんご自身がそうやってアニメビジネスとして成功してこられたんです。それから、色々な事ががらっと変わって。私自身も鵜之澤さんに呼び出されました。その頃は、「.hack」の企画を進めてた時だったんですけど。鵜之澤さんに「やめろ」って言われて。「今まで色んなプロジェクトチームを見てきたし、部下からも話を聞いたから、お前らが優秀なのはよーく分かった。『テイルコンチェルト』も『サイレントボマー』もよーくできてる。でも売れなかった。それは成功とは言わない」と。

G:
それは、目の前で?

松山:
はい。ちょうどバンダイの社内にいたんですよ、わたし。結構その時からバンダイのプロデューサーさんと仲良かったんで、黙って聞いてたんですけど、なんてこと言うんだこの人は!と。でも正論なんですよ。


G:
(笑)

松山:
その時、某少年誌で連載しているマンガが来年アニメ化されるから、このゲームを制作してお前らまず1回売れろと。「売れたら次はあれやりたいって言っても誰も文句言わないから。俺もハンコ押してやる」と。結局「.hack」の打ち合わせに来たのに、事実上別のタイトルやれって言われてる!(笑)

私もそのマンガが好きでしたけど、ちょっと待ってください、スタッフと相談するのでと言って博多に帰りました。それから数週間後に鵜之澤さんの所に行って、話はよく分かるしその通りだと思うけども、ちょっとここは意地を張らせて欲しい、と。言われたタイトルでは出来ません、オリジナルの「.hack」でやらして欲しい、と言ったんです。それがうちで3本目のゲームになるので、もし仮にそのマンガのゲームを制作して大成功したとしても、それが原作のおかげなのか我々の実力のおかげなのかが正直分かんなくなる。デベロッパーとしては命かけてやろうと思ってるし、バンダイでここ10年は続く新規IPを作ってみせるから、やらせて欲しいと。これで駄目だったら首を切ってもらって構わない、という話を鵜之澤さんにしたんですよ。まあ、怒鳴られるかと思いきや、「分かった、じゃあやらせてやる」となって、「あれ?」っていう話なんです。今では分かるんですけど彼も情熱的な性格なんですね。

G:
情熱が通じたんですね。

松山:
はい。それだけ覚悟を決めて話をしているということで。その代わり命かけろ、絶対成功させろと。ただしこれはお前らが頑張るだけじゃだめだ。キャラクターデザイナーも脚本も、絶対に売れる人間を引っ張って来ないとだめだ。そんな甘い世界じゃねえと。で、貞本さん伊藤さん真下さんにも参加して頂けることになり、それで「.hack」の全容が見えてきたんです。開発を始めて1年が経って、2年目くらいでだいぶ軌道に乗り始めた時に鵜之澤さんがまたやってきて「まだ足りない」と。ゲームだけじゃダメだと。PS2のタイトルで、全4巻構成、それにOVA付けてやるのが決まっていて、もうアニメも作っていたんですよ。けど「まだ足りない」と。「これじゃ多分ヒットできない、ゲーム単品でちょっと面白いゲームっていうだけで終わってしまう。ムーブメントを作るってそういうことじゃないんだ」って言って、「テレビアニメを決めてきた。テレビアニメ2クール放送するから、『.hack』プロジェクトとして並行してお客様が楽しめるものをやれ」と。そしたら、弊社は「そんなこともあろうかとそういう企画を用意してました!」って出すわけです(笑)


G:
待ってましたと(笑)

松山:
命かけてやってましたんで、どんなことでも想定していました。マジですか困りましたって絶対に言えない。それでテレビ東京さんとバンダイビジュアルさん、読売広告社さんで「.hack//SIGN」の企画が動き始めたんですが、その後に鵜之澤さんがまたやってきて「まだ足りない」と。マンガやれと。ゲーム以外に、マンガもアニメも小説も、全部押さえるということで。角川書店さんに行ってマンガ決めてきたからあとお前ら企画作れと。「そんなこともあろうかと!」ということで、マンガの企画ありますよ、マンガでやるならこういうやり方にしましょう、小説でやるならこうしましょう、ということを角川書店さんとお話をして。「.hack」は、正直やっぱり鵜之澤さんの影響は大きいですね。色んな事を思いついて。けど、そう言って思いついてくれたおかげで我々も覚悟決まったし、それで「.hack」は立ち上がって、結果ワールドワイドで190万本という大ヒットができて、本当によかったんです。

◆NARUTO-ナルト- ナルティメットヒーローの制作秘話


松山:
その後、もう一ライン立ち上げようという事になりました。私自身、キャラクター物は大好きですし、マンガが大好きなので、ちょうど連載が始まって1年弱くらいの「NARUTO-ナルト-」の企画書を勝手に書いて、プロトタイプの映像もつくりました。世間一般では「キャラクターゲーム=クソゲー」という認識だったので、だから「キャラクターゲーム」でも面白いといわれるお手本となるようなものを作ろうと。オリジナルの「.hack」をやったから分かるけれども、お客さんがどこにもいないっていうことは、ゼロから振り向いてもらうってことは、すごく大変なことです。けど版権を使うってことは、すでにコミックを読んでいるお客様がいるんです。アニメを見ているってことで、その人たちの傾向が分かるから、そのファンの皆さんをもっと満足させるタイトルを作んなきゃいけない。越えなきゃいけないハードルはオリジナルタイトル以上なんだと。なぜなら、彼らには「オレのナルト」「オレの螺旋丸」っていうイメージを持っているんですよ。


G:
マンガなら誰にでもありますね。

松山:
だからこそ、越えなきゃいけない期待はオリジナル以上なんだと。小説を読んだ人やマンガを読んだ人のイメージを越えて、「これ!」って言えるタイトルを制作しないといけないわけだから。それくらいの気概を持たないと。そうやって完成したのが、「ナルティメット」シリーズの第一作、「NARUTO-ナルト- ナルティメットヒーロー」です。そして、「NARUTO-ナルト- ナルティメットヒーロー2」では、ファミ通さんの「新作ゲームクロスレビュー」でゴールド殿堂入りしたんです。

G:
それはすごい!

松山:
これで「キャラクターゲーム=クソゲー」と言わせんぞと。いいものはちゃんと評価されるんだと。その後、開発した「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」は文化庁のメディア芸術祭でも賞を頂いたんで。いいものは間違いなく評価されるし、結果も生み出せると。そのためには戦略も必要だし、いいかどうかを知ってもらうためのプロモーション活動もやっていかなきゃいけない。そのためには人を増やして技術も上げなきゃと、うちはうちの一番の得意技で勝負する。ということで結果的に「NARUTO-ナルト- ナルティメット」シリーズは実際に10年、「.hack」シリーズと並ぶうちの代表作品になりましたというお話です。「ナルティメット」シリーズは、アクセルシリーズでもずっとゴールドが続いてますし、その後の、「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」からはプラチナ殿堂入りに進化するんですけども、ストーム2に至っては10点・10点・10点・9点でしたから、うちの最高得点は39点という点数で、あと1点で満点なんです。本当に多大なる評価を頂いたんです。ただし、「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」シリーズからPS3での開発になり……PS3って人数もコストも今まで以上にかかるんです。でも、PS3等のHD機だからこそ、弊社が国内外で評価を頂いている、映像演出を生み出すことが出来ました。


松山:
せっかく自分たちが命かけて作ったものなんだから、日本で30万本売れるのと世界で100万本売れるのとどっちがいいかってというと、100万に決まってるじゃないですか!そりゃ多い方がいいに決まってるんです。せっかく作ったものですから、一人でも多くの人に楽しんでほしいという気持ちがあって、だったらワールドワイドに売れるものをちゃんと作れる会社になろうと。世界中のゲームファンから、「サイバーコネクトツーの作るタイトルって要チェックだよね」って思われたいし、言語の壁を越えて楽しみにしてほしいって気持ちが当時からありました。一人でも多く、一本でも多くっていう精神で、ワールドワイド戦略を立てて、タイトルの発売が無くても海外出張に行くようにしたんですよ。E3ゲームズコンペンションジャパンエキスポ、海外で行われているイベントを中心に、まず現地のことを知る。そして現地で我々の商品を販売しているバンダイナムコヨーロッパとか、バンダイナムコアメリカとか、そういった所の人たちと、とにかくコミュニケーションを持つ。「どういうタイトルが日本風で売りにくいの?」とか「アメリカだとどういったものが好まれるの?」とか。「そりゃもちろん、拳銃で頭を撃ち抜くゲームさ!」みたいに言われるんですけど!

G:
わかりやすいですね。

松山:
ヘッドショットがクールだとか、それはちょっと気持ちが分からんわと。日本では戦争はいけないことですから、そこは相容れないわけですよ。戦争で人を殺すのをよしとは思えないじゃないですか、教育もそうじゃないですし。でも国によってはそれが職業としてあります。我々は戦争の格好よさがわからない。でもじゃあ日本人が世界で物が作れないかと言ったらそんなことはなくて、「もののけ姫」にしたって、「千と千尋の神隠し」にしたって、世界で評価される作品だってある。「新世紀エヴァンゲリオン」だってそうだし。本物さえ作れば欧米関係なく皆に振り向いてもらえる作品が作れるんです。

日本人の強みを活かして、アメリカやヨーロッパには真似ができない、そういう物の作り方をしようっていうことで「NARUTO-ナルト-」で勝負したんです。「.hack」シリーズはJRPGなんで、欧米では敬遠され始めてたんです。なので、これで無理して欧米で展開するよりも、「NARUTO-ナルト-」で、本物のアニメに外国人が驚いて、「オーマイゴッド!」と言ってしまうような物を作ってやろう、というコンセプトから始まったのが「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」シリーズなんです。その結果、実際にアメリカ人にプレゼンした時に文字通り「オーマイゴッド!」って言われましたからね!今からお前らに「オーマイゴッド!」って言わしてやるから!と、プレゼンで話をして、ボスバトルとかを見せて。こうすると「オーマイゴッド!」ってちゃんと言ってくれるんです。

双方:
(大笑)

松山:
プレゼンもいっぱい練習しました。プレゼンが下手だとこれは不利だなと、色んな世界に行って勉強して。他社さんのプレゼンテーションも拝見させてもらって、私から見ても下手だなこの人、皆寝てるじゃんっていうのと、この人は上手いな、みんなグイーって気持ちを持ってかれているなって。絶対に後者の方が応援したくなるし、記事も書きたくなるじゃないですか!それでプレゼン下手だと致命的だなと思って。うちのスタッフに言っても、なかなか理解してもらえないんですけど、私は人前に出てぺらぺらぺらぺらしゃべるのが好きな人間に見えるかもしれないですけど、もともとすごいあがり症で、ものすごく無理して頑張って説明してるんですよ。ほんとはすごく、プレゼンとか人前に出るのが苦手な方なんですけど、結構努力で頑張ってるんです。そういったプレゼンの甲斐もあって、向こうでは沢山記事を書いていただけて。「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」シリーズは世界でサイバーコネクトツーという名前を知ってもらうきっかけになったタイトルです。


松山:
私はマンガも好きですけどアニメも好きなんです。なのでユーフォーテーブルの近藤光さんとも仲良くしてるんですけど。アニメーターを心の底から尊敬してるんですよ。ガイナックスっていうチームのクリエイティブは子どものころ、「オネアミスの翼」がまだ「王立宇宙軍」とだけ呼ばれていた頃から知ってたんですけど、私は彼らのクリエイティブがすごく好きで、今でも私の中ではバイブルなんですよ。彼らの作ったものが。アニメーターの発想力には敵わないって今も思います。弊社のタイトルはアニメーションの神作画に匹敵するような、かつゲームならではの映像演出を目指していておかげ様で世界的にも評価を頂いています。

G:
すごいですね。

松山:
「御社のゲームはアニメを超えた」みたいなこと言いますけど、バカ言うなと。全然超えてねえし、アニメーターの発想力をなめんな、と。俺らはまだ足元にも及んでない、と。脳味噌で動きを作って紙とペンだけで勝負してる人々じゃないですか。うちらってCGで組み上げて、おかしいなって思ったらすぐ直せる、そういう世界でやってるわけですから。アニメは、まだとてもじゃないけど全く超えてないと思ってるんですね。だからこそ我々はまだ上にいけると思っていますんで。まだまだやれることゴマンとありますから。やっぱり私は大好きなアニメーターを目標に、アニメアクションとか、それをもっと突き詰めていこうとは思っています。アニメ表現というのは弊社の得意技の一つで、それを一つクリアできたっていうのが「NARUTO-ナルト- ナルティメットストーム」シリーズですね。で、次。ニンテンドーDSで、オリジナルタイトルを。「NARUTO-ナルト- ナルティメット」シリーズでも「.hack」シリーズでもないタイトルが2010年に発売されました。これは弊社が17年前に会社を興してすぐ作った「テイルコンチェルト」と同一世界線で作られているタイトルです。「テイルコンチェルト」の売上は満足できるものではなかったのですが、すごい熱狂的なファンも当然いらっしゃって、応援してくださっていて。今も「テイルコンチェルト」の続編を作ってほしいと望んでくれるお客さんがいらっしゃる程です。10年の思いをもってDSのタイトルでは異常な長さですけど、制作期間3年かけて細ーく長ーく制作し、勝負したのがこの「Solatorobo それからCODAへ」。


松山:
弊社主催のイベントも開催させていただきました。完全設定資料集や各種関連グッズ、ファンブックなどを作りながら、好きでいてくれているお客さんと一緒に、まだ我々自身が盛り上がりというかね、そういうものを作っていきたいなと思っているタイトルです。次のプロジェクトにもつなげていきたいと思っています。

次はPSPの新しいシリーズですけども、「NARUTO-ナルト- 疾風伝 ナルティメットインパクト」、これは去年の10月に発売されたタイトルですね。これもプラチナ殿堂を頂いてですね……PSPで、ですよ!なのにバンダイナムコさんは「ストーム2は39点だったのに、インパクトは35点でギリギリプラチナだったんですけども、サイバーさんちょっと頑張りが足りないんじゃないですか」って。


G:
そんな(笑)

松山:
なにおう!と。超良くできてるんですよ、これ!まあ、今までで一番ギリギリの戦いでもあったんですが、最後まで諦めずPSPなのに超豪華なタイトルにしようって、やること全部やりました。ストーム2が評価されていたので、超アニメでドラマ・ボスバトルも楽しめて、全方位型からのアニメアクションが楽しめるっていう、しかもドラマも楽しめる通信プレイも遊べるって言う、もう、全部ですよ!全部やりました……(笑)

◆映像作品と地域での活動

松山:
で、次。前作から4年経ったんですけど、今年1月に、私自身で監督をさせて頂いて、、「.hack」シリーズのプロジェクトとして2012年1月から全国公開をさせて頂いた劇場用3Dアニメーション「ドットハック セカイの向こうに」ですね。


松山:
元々は立体視はゲームのためにずっと研究していましたので、そのゲーム屋の技術っていうのを活かして、CGと立体視という表現にこだわって制作しました。ご覧頂いた方にもおかげさまで高い評価を頂きました。

で、次。次はカプコンさんと組んだ「ASURA'S WRATH(アスラズラース)」です。


松山:
馬の合う会社ですね、カプコンさんは。これも3年くらい前に着手した物です。そしてカプコンとサイバーコネクトツーでバカな、誰もまねできないようなもの作ろうぜ、という当初のコンセプトがちゃんと表現できたと思っています。非常に高い熱量を持っていたタイトルで、2月に世界で同時発売しております。また、日本では奇しくも同発だったんですけども、「ナルティメットストーム」シリーズの新しいタイトル、「NARUTO-ナルト- 疾風伝 ナルティメットストームジェネレーション」っていう、新旧のワールドが一同に会して最新キャラで対戦特化型ナルティっていうものをコンセプトに制作しました。本シリーズのナンバリングタイトルみたいにボスバトルが大量に入ってるとか、ドラマが頭から最後まで緻密にRPGのように表現されているというものではなく、バトルに特化して、バトルのシステムを改良とか、色々やってるタイトルです。


松山:
そして弊社開発の最新作が6月28日に発売された「ドットハック セカイの向こうに+Versus Hybrid Pack」です。映像とゲームが両方楽しめるという形で発売されます。ゲームはおまけではなく「.hack」シリーズの1本としてしっかり楽しめる内容になっています。


松山:
それと、これは珍しい話なんですけど、福岡県の防災キャラクターの「まもるくん」を弊社で手掛けております。なかなかキャラクターデザインの仕事は受けないんですけどね。福岡県にはある思いがあって。ちょっと前の話ですけど、福岡が西方沖地震という地震被害にあって、亡くなった方もいたんです。弊社も当然、被害が出ました。なので、福岡の会社として、何か防災意識を高められるようなお手伝いができないかと。ちょっとこう、普通じゃないキャラクターを立ち上げたいということで、ゲーム会社サイバーコネクトツーという福岡の会社が、ただのキャラクターデザインだけではない、まるでゲームのような世界観や設定までさせて頂いてるのが「まもるくん」なんです。福岡県のまもるくんの防災ポスターとかも弊社で作ってます。


松山:
あと、ここ九州・福岡でゲーム会社には、レベルファイブさんやガンバリオンさんなどいくつかゲーム会社があるんですね。そういったとゲーム会社やゲーム関連会社と一緒に、福岡市・福岡県・九州経済産業局・九州大学と産学官連携を持って、ゲームやエンターテイメント産業を盛り上げていくために、GFFという任意団体をつくり、戦略をもって共に福岡をゲーム産業都市にするためにやっていきましょうという活動をしています。昨日も会議をやっていました。◆組織としてのサイバーコネクトツー

松山:
ここからはゲーム会社サイバーコネクトツーが他のゲームとちょっと違いますよ、ということを紹介していきます。ホームページにも掲載されているので簡単に説明致します。うちは今、スタッフが200人以上いますけど、一人のスタッフが何人ものスタッフを束ねるというやり方ではなく、スリーマンセル(3人1組)を基本に行動しています。各チームにトライファクターっていう表がありまして、情報に関してはトップダウンでばーっと下りていって、物作りのアイディアに関してはボトムアップ。3人で相談するんです。アイデアを出しあって「いいねそれ!」ってなったら、上にあがってきて、そのアイデアを今度は上の3人で相談するんです。良ければ上にあがって行って決定する。つまんなければそこでバツンとなくなるという。1人のスタッフが何十人もの人間を見なければいけないってなったら、「管理者がやりたくてゲーム会社入ったんじゃねーよ」ってところがありますんで。うちはこの方式を、私が社長になってから実行しています。スリーマンセルが基本ですが、時には4人1組だとか2人1組だとかという部署もありますけども、基本的にはそうしてます。


松山:
そして、弊社は徹夜禁止です。企業として当たり前だとは思うのですが。ゲーム開発って1年2年3年って長期間かかります。いつか誰かが倒れていいプロジェクトなんて1個もないんですよ。休まず働いたら、体も壊しますから。なので徹夜だけは、ダメ。ただし残業もあるし、休日出勤もあります。でも翌日朝9時に出社することがルールです。遅刻すると当然ですが怒られます。むっちゃ怒りますんで。前の日に飲みに行くのもいいよ、でもその代わり翌日9時に来いと。残業してもいいよ、でも翌日9時にちゃんと来いと。徹夜はダメだと。絶対に帰れと言ってます。だらだらやらず、計画立ててちゃんとやりなさいよと。そういう考え方なんですね。


松山:
次に、年に1回全スタッフに、これから自分が企画したいアイデア書……企画書のひな型みたいなものを制作し、みんなでファミ通クロスレビューみたいにして点数をつけています。みんな自分の企画は100点なんです、俺のが最強って思って企画作るんで。ですが、お客様に見せてみると、「意味が分からん」とか多いですね。それを1人とか2人とか3人に見せてもピンとこないんです。そいう時に「お前にはわからんか、これ」って相手のせいにしちゃうんです。企画ってそういうものなんで。だから、全スタッフで行います。誰が誰に何点つけてるか分からないようにして、点数付けて、200人から0点って言われたらさすがに自分の企画ダメなんだなって。


G:
気づきますね。

松山:
でしょう(笑)ということは多分お客様もそう思うんで。200人近くいるスタッフの過半数以上が、「ん?これなんか面白そうじゃね?」って思ったらお客様もきっとそう思ってるんですよ。なんで、そうやって自分のアイデアを試す場所っていうのは、訓練の意味も含めて新人もベテランも等しくやっています。

あと、独自のルールの話です。ゲーム会社によってまちまちですけど、うちの会社はセクションが4つあって、企画……いわゆるゲームデザインセクションですね。企画と、アーティスト、プログラム、サウンドです。この4つには、それぞれのチームの中にリードって言われているリーダーがいて、さらにチームを束ねるディレクターがいます。それとは別にもう1人だけ特別ディレクションというディレクターを選んでいます。大体選ぶルールの傾向としては、入社して間もない人間が選ばれることが多いです。リードとかって、やはりベテランじゃないですか。そうなると、開発の後半になればなるほど、「いや、今からその仕様変更はないね」とか、こうすると完成しなくなるっていう考え方でハンドリングしてもらわなければ困るんです。チームを何十人も率いてるわけですから。なんですけども、入社して間もない人間だけはですね、後半のこの期に及んで「こういうことしません?」みたいなことを平気で言ってくるんです。知識と経験が無いから。だから毎回もめるんですよ。各ディレクターからはこの制度やめたいって毎回言われています(笑)


G:
(笑)

松山:
私の中では新しいディレクターを育てるための施策なんです。制作現場で絵を描いてる若いスタッフとかって、どうやって物事が決まってるかってやっぱりわかんないわけですよ。だからそういったところに参加すると視野も広がるし、見えるものもある。あと現場に戻った時、他のスタッフにそういう話ができるじゃないですか。上司には上司の責任がありますけども、そこに無理矢理でもいいからチャンスをあげる意味でも若い人間をバコっと入れて。目覚めるかどうかはそのスタッフ次第なんですけども。大体訳の分かっていない新人を選びます。条件はあります。メンタルが強い事。あと遠慮しないやつですね。だから後半になってもおかしなことを言うんですよ。わけわかんないから。「これをした方が面白くないですか?」みたいなことを言って、それ追加したら今からどれだけ時間かかるか分かってんのとか。毎回もめ事になるから嫌だとディレクターはみんな言うんですけど。他にディレクターを育てるいいアイデアがあるなら持ってこいと。今の所そういったアイデアが無いんで、何年もずっと継続中。

G:
なるほど。

松山:
大体そういうことを経験した人間が新しいプロジェクトのディレクターをやることが多いです。「アスラズラース」を作った下田星児っていうディレクターもそうでしたから。そうすると人の何倍も活躍するんですよ。色んなとこに首突っ込むし、やり取りも喧嘩状態になるんですけども、それだけもまれてるってことですから。そういうやつが新しいプロジェクトのディレクターやる時は、周りの人間も「まあそうだよね、こいつだったらやるよね」ってなる。そういうのも含めて、プレゼンテーションが終わってるみたいなところがありますので。

他のルールとしては、「ゲームやろうぜCC2」っていうのがあります。


松山:
弊社は各プロジェクトにゲームソフトを買っています。必要経費だということで。無駄はダメですけど。「モンスターハンター」を4本買って下さいと言われた時は「ちょっと待て」と。それ研究じゃないだろ!って。一番良くなくて、私が大嫌いなのが、アニメーターでもゲームクリエイターでもそうなんですけど、「昔に比べてゲームで遊ばなくなった」とか、「アニメを見なくなった」とか、そういうこと。私が消費者、子どもだったら、むちゃくちゃアニメが好きで、むちゃくちゃゲームが好きで、しょっちゅう映画を見てる、バカみたいな、そういう人間が作った作品と、ゲームは仕事として割り切って、他社の作品にも興味が無いし、そういうスタンスで僕は作ってますっていう人間が作ったゲームのどっちが欲しいかというと、間違いなく前者なんですよ。クリエイターはバカであって欲しいと思います。世の中には色んな会社があると思いますけど、うちは週刊少年ジャンプを読んでなかったら怒られる会社です。マンガを読んでなかったらものすごい怒りますから。私が!

G:
烈火のごとく……。

松山:
今連載してるものとか今週号を読んでることを前提に話しますし、映画も見てること前提に話すんですよ。すいませんそれまだ見てないんで、って言われたら「見てないあなたが悪いんでしょ?」って。映画っていうのは公開された初週に見るのが礼儀なんです。分かりますよね、このビジネスやってれば。業界のひとはみんな初週の動員数を気にしてるんです!じゃあそれを応援するっていうのはどういうことかというと、初週に見に行くという事なんです。発売日にゲームソフトを買う事なんです。メーカーも作り手もみんなそれを気にしてることですから。それがもう当たり前なので。

公開から2週間たって昼飯食いながらスタッフと映画の話してて、「わああちょっと待って下さい、僕まだ見てないんで!」って言うやつがいるんですけど、なんでまだ見てない人に話題を合わせなきゃいけないんだ!って。だからうちはネタばれってそのものがNGワードですよ。公開してから何週間たってんだと!その程度の好きと一緒にすんなと。別に興味ないんだからネタばれされてもいいじゃんって。本当に気になってるんだったら初週で見に行ってるよ?って、そういう考え方です。私は月60冊くらいの漫画雑誌を定期購読していて、基本的には全部読んでいますので、全部読んでることを前提に話をします。映画もそうですしアニメもそうですし。なので見てないとか知らないとかって言うと怒ります。皆が皆そんなスタッフでは当然ないです。そうじゃないスタッフも当然中にはいます。ただ、見てることを前提に話をしますので、皆私が何か説明してる時はしれーっとメモを取ってます(苦笑)

G:
なるほど。

松山:
知らないタイトルの話をしていると、世代のギャップってどうしてもあって。要するに演出の話をする時にも、「やりたいのは要するにあれよ、『ウイングマン』のデルタエンドをやって」って話すんですけど、そうすると「すいません、もう一回言ってもらって良いですか」みたいな。で、お前ウイングマンを知らずに大人になったの!?って。私にしてみれば、手塚治虫って誰ですかって言ってるのと一緒なわけですよ!だから、そういうのも皆が皆知ってるわけじゃないんですけど、知らないってはっきり言うと怒られるんです。「何さぼってんの」って話をするんで。

G:
勉強不足だと。

松山:
だから、会社のライブラリにある4000本のDVDをみんな借りてデータベースでミーティングして学ぶ。だって、誰もが知ってる物を見てないと。ゲームクリエイターって、私が言うのも変ですけど、言うほどそういう作品見てないんですよ。私の尊敬するアニメーターって知識欲の化け物で、貞本さんや鶴巻さんや、ガイナックスの方たちだけじゃないんですけど、ものすごい沢山の娯楽に触れているんです。見てもいないし知らないのに「あれはだめだ」とか絶対に言わないですよ。あれも見てるしこれも見てるしどれも知ってるし、食べたことあるしみたいな。ほんと知識欲の化け物みたいな人たちばっかりなんですよ。そんだけ吸収しないと生み出せない、そういう人の典型なんでしょうね。「GANTZ」って作品を描かれてる奥浩哉さんも同じことを言われてたんですけど、自分は誰も見たことのない絵を作りたいんだと、だから沢山の映画を見てきたんだと。で、一つも真似しない。そうしたら誰も見たことのないものが作れると。仰る通りだと思うんです。その為のサイバーコネクトツーのライブラリです。


松山:
それでもね、どこかで見たことがあるような絵面になってしまうのは仕方ないじゃないですか。どこかのアイデアと重なってしまったり、潜在意識的にもあるんで。でもその姿勢がまず大事じゃないですか。ろくに見てもない知りもしないのになんかオリジナルで作った、とかね。言うのは簡単ですけども、それはかっこ悪いと思います。とにかく面白いことを皆で情報シェアしようという姿勢です。そのためにゲームは会社で買っています。自分のお小遣いで買うと、最後までクリアしなかったり、途中で寝たりとかするんで。会社の金で買ったのだから、責任持って最後までやれ!とかちゃんと見ろ!とか、RPGでも何人かで分担してクリアしろとか、ムービー全部アンロックしろとか!

G:
それはすごいですね。

松山:
あとは、他のゲーム会社でもあると思いますが、、会社が儲かったらボーナスいっぱいもらえるよ、と。


松山:
うちは上場企業でもなく、私がオーナーの会社なので、会社に利益を残して税金で取られるよりは、スタッフにボーナスとして全部あげちゃった方が「もっと頑張ろう!」って気持ちになるじゃないですか。その方がいいに決まってるじゃないですか。

あと他のゲーム会社と違うのは、インターンシップを積極的に取ってることですね。



松山:
福岡という土地柄、待っていてもなかなか人は育たないし、だったら育てようという考え方でやっています。求められるスキルが年々上がっていくので、なかなか新卒が合格しにくいっていうのもありますし。なので、うちには4種類のインターンシップがあって、1年を通してずっとやってますね。育てる気満々でやってますから。終わったら学校に返すんですけど、見込みのある人にはちょっと待て、と。現場でアシスタントからやって実績を積んで何カ月以内に社員を目指せ、という話をしてるんです。それで毎年うちに新卒が入社してます。結構こういう人間が強いんですよね。ゼロからたたき上げができてるんで。うち厳しいですから教育が。

G:
インターンって言ってもたたき上げみたいな感じなんですね。

松山:
完全体育会系ですよ、はい。手とり足とりではないですから。結構スパルタでやりますんで。ただ、うちは環境の整ってる会社、プロの現場ですから、これをチャンスと呼ばずなんと呼ぶんだと!それで結果を出せないんだったらやる気なしですから。そんな奴が作ったものは子どもたちに出せないんで。

あと、月に一回だけですけども、会社見学をやっています。


松山:
下は小学生から中学生、高校生、専門学校生、大学生、大卒、あと社会人とか。色んな人が来ます。最近は外国の方が多いですね。海外から日本のゲーム産業を学びたいから20人ほど案内してほしいと。通訳はつけるからとか。あとカナダ大使館や、オランダ大使館。いわゆるゲーム産業が盛んな国が多いですね。ゲーム制作会社では、会社見学ってほとんど受け入れるところないんですよ。とはいえ、ゲームクリエイターを目指している子どもたちにこういう職場なんだよーとかこういう環境なんだよーっていうものを見せてあげることができるじゃないですか。見せられないところもありますが、見せられるところもありますんで。開発しているスタッフの顔とか見たっていいじゃないですか。ここは隠す必要ないんで!だからこんな人間がゲームを作っているんだよ、子供たちに対して、「君らと変わんないでしょっ」ていう。そういうのを見て納得したりとか。もう、とにかく機密機密で全部隠すじゃないですか、ゲーム業界って。隠さなきゃいけない理由もあるんですけど、見せられるものもあるから。この会社見学がきっかけで、ビジョンが明確になって、ゲーム業界目指そうって子どもたちがいるんだったら、それはそれでいいんじゃない、と。気の長い話ですけども。それで10年後うちの門をたたいてくれたらいいじゃない!と(笑)

双方:
(笑)

松山:
彼も実はそうなんですよ(隣にいる社員を示す)。

G:
そうなんですか!

松山:
私が10年から8年位前ですか、福岡の中学校で講演やったんですよ。そのときの中学生です。で、今年面接やって、新卒でうちに入社です。

G:
まいた種が育ったんですね。

松山:
おかげさまで!これからようやくそういう世代がでてくる感じで。よかった~10年以上前からやってて(笑)

双方:
(大笑)

松山:
次は、制作会社があんまりやっていないことを紹介しますね。ちょっと前からやってるCC2ストアの商品ですね。


松山:
主力商品の一つである「.hack」の完全設定資料集は、私が欲しいと思えるという目線で制作しています。私、設定資料集マニアで色んな会社のアニメの原画集とか買うんですよ。やっぱり決定稿に至るまでのボツ案とか、どういう変遷を経てこの決定稿になったのかとか、すごく気になるんです。でも本当に完全なやつってなかなかないんですよね。エンターブレインさんが出してる本と、アスキー・メディアワークスさんが出してる本は中身がちょっと違ったりとかするんです!結局、別々に買わなきゃいけない。共通項目多いんだから全部1冊にまとめてほしい!!って思います。それで私自身が「.hack」シリーズのファンだったとしたらサイバーコネクトツーが自分たちで作った、現場にあった落書きの1枚から制作者が当時どうだったっていう思いまで載っている、完全な設定資料があったら絶対買うなあと思って。私自身が欲しいっていうのもあって。それで、この完全設定資料集を制作しました。

おかげ様で、ファンの皆様には結構ご好評も頂いています。本業はあくまでゲーム制作なんですけども、基本的には私とデザイン室スタッフ合わせ、2人とかで作ってたんです。構成して完成したら発売するっていう状態で。本業はゲーム開発なんで、なかなかポンポン出せないんですけども、これからも力入れてちゃんとやってこうかなとは思ってます。

次、まずうちの社内ですね。これはもう後ほどご案内しますけど、弊社の開発室はワンフロアです。


松山:
サウンドルームは別で。共用部があって、下に会議室があるんですけど、うちは全スタッフが集まれる広場を必ず作るんです。


松山:
会社によっては全員が集まれる場所が無いっていう所も多いんですけど、弊社は毎週月曜日に、東京も福岡もテレビ会議システムに繋いだ状態で、全スタッフで会議をやっています。進捗報告を約1時間。どの部屋もテレビ会議につなげられるようにしてまいすので、東京スタジオとのコミュニケーションもバッチリです。東京にある会社さんにポンポン博多に出張してもらうわけにいかないので、大井町にある東京スタジオに来て頂いて、テレビ会議システムを使って福岡の我々とミーティングをしています。HD画質で繋いでいるので窓の向こうにいるみたいで!今日も、ついさっきまで東京のスタッフとテレビ会議をしていたんですけど、超いいですよ。テクノロジーは日々進歩していますね。


松山:
次は、ライブラリですね。下のフロアに置いていますけども、マンガは2000ちょい……今3000冊くらいですね。私が家から少しずつ持って来てる、「松山文庫」って言う感じですね。よくマンガ喫茶みたいになっていますが。これは東京にもあるんですけど、4000本以上ありますBlu-ray Disc・DVDですね。最近はBlu-ray Discが多いです。東京にも同じ物を置いてます。これを見てないと話にならないよっていうものから、制作会社ごとに、ガイナックスの棚とか。あとウルトラマンとか仮面ライダーとか戦隊シリーズとかジャンル分けもしています。特撮が大好きなので、そういったものが全部取り揃えてありますね。アニメやドラマ、映画まで網羅しています。当然、ジャンプ系も一通り置いてあるんですけども。


松山:
で、次。東京スタジオですね。2年前に作ったんですけど環境は全く同じです。机も全部一緒にしてあるんです。


松山:
制作会社としては珍しいと思うんですが、東京スタジオと福岡本社で別々のものを作らないんです。サイバーコネクトツーの中に他人はいらないんです。


松山:
「東京スタジオで何か作ってます」ってなったら、福岡は関係ないねとか、あり得ませんから。 東京と福岡で別々のものをつくっていたら、お互いよその地の会社と同じわけですよ。なのでそうじゃないと。作る物は、連携をとって、同じものを開発しようと。東京の役目は別にあると。だから毎日会議をやってますね、皆。

福岡って場所柄、GIGAZINEさんのようにわざわざちゃんとお越し頂ける方は、なかなかいらっしゃらないんですよ。出版社も制作会社も東京にあることは多いのは事実なので、「近くまで寄ったので来ました」ってできないじゃないですか。東京は逆にそれが当たり前なんです。ちょっと御挨拶行きます、っていうのが出来るんです。そのための東京スタジオなんです。色んな会社の皆さんとコミュニケーションをとる場所。福岡で開発していても、東京スタジオと同じものが見れるんで、毎日、会議室が足りないくらい。取材も含めて来客があって、そこで得た情報を福岡にフィードバックするのが東京スタジオの役目なんです。


松山:
次、東京と福岡にそれぞれの開発室にモニターを置いて、お互い朝から晩まで中継してます。なので右下が東京スタジオなんですよ、この画面。上と左下が福岡なんですけども。3か所にカメラがあって。


松山:
で、次。ルールも全く一緒です。


松山:
東京なので出社は10時にして下さいって言ったら面接で落ちます。外国じゃないんだから……何、その時差?っていうね(笑)朝9時に来れない人はいらないって。ルール守れないんじゃダメと。大体どんな会社か分かっていただけたと思いますけど。

G:
何から何まで説明して頂いて。

松山:
いえいえ。初めてのお付き合いの方には、最初は大体こういうスライドを用意して、うちはこういう会社で他の会社とこういうところが違うっていうのを説明するんです。お互いのことを何も知らずに「とにかくサイバーさん何かやりましょう!」っていうのは難しいです。実際にお仕事が始まってみたら、うちは結構めんどくさいかもよ?っていうところも含めて、まずはちゃんとお互いのことを知りましょうということで、スライドを使ってプレゼンテーションします。カプコンさんともスタートはそこからでした。だからメーカーさんによっては「サイバーさん忙しいですよね。いつになったら空きます?」みたいなことを言われますが、ラインが空く日はいつかあるかもしれないけど、その時にいきなりお付き合いできるかと言うとなかなか難しいです。せっかくね、弊社とパートナーを組むのであれば、例えばカプコンさんと組むんだったら、弊社とカプコンが組んだからこそできることをやるべきだと思うんですね。カプコンの強み、サイバーコネクトツーの強みを合わせたタイトルで人々を幸せにしないと。それぞれの会社の強みって、やっぱりあるじゃないですか。なので、そういう付き合い方をちゃんとしましょうよって。お話はよく頂きますし、ご相談頂くことも多いんですけど、大体そういう話を始めると、「うわ、サイバーめんどくさい!」って思われるかもしれません。けど、そうじゃないといい仕事はなかなかできないと思いますんで。

◆サイバーコネクトツーができるまで

G:
それで、サイバーコネクトツーはその前にサイバーコネクトがあって、松山さんがそれを引き継ぐ形でサイバーコネクトツーの社長になったということですけど、その時に「俺がやらなきゃいけない」と思った最大の理由って何ですか?

松山:
1つは、私自身が会社を立ち上げたメンバーの一人だったという事ですね。当時は10人で、お金を出し合って会社を作ったんです。ぶっちゃけ資本金300万だったので、1人30万ずつ出しあって作ったんですけども。その時に社長をやってたのが大学時代の同級生。その人は、大学卒業後、有名な某ゲーム会社に就職しました。私以外の9人は全員そのゲーム会社出身なんです。でも私は大学を卒業してから3年間、コンクリート会社で働いていました(笑)


G:
全然関係ない会社だったんですね。

松山:
まあ、お固い仕事をしてましたよ。福岡本社で1年、その後に関西事業部っていうのができて、大阪で2年ちょっと。大阪ドームの建設などに関わっていました。その時に既にゲーム会社に勤めていたその同級生と電話やFAXでやり取りしていたんですけど、色々相談に乗ってる中で、ふとしたタイミングで一緒にやろうという話になって。私も元々エンターテイメント業界で仕事をやりたいなって思っていたんです。自分でマンガを描くとかではなく、自分で独立してやるか、どこかに入って物を作るかなって。出版社に入って編集担当になるのもマンガ作りだと思いますし。アニメ業界でもやりたいし、映画でもやりたいし、色々やりたいなって。でもその中で、まず世の中をちゃんと知ろうということでコンクリート会社に入ったんです。しかもなるべく1000人以上規模の会社で。大学生なんて世の中のことを知らないじゃないですか、当たり前ですけど。なので、世の中のことをまず知ろうと。だからそのために大きい会社が良いと。「島耕作」じゃないですけど。サラリーマンとは何か、会社とは何か、そして仕事とは何かと。どうにもならない壁っていうか、個人の努力、会社の努力でなんとかなることとならないことがあるじゃないですか。その限界の壁を知りたかったので。公共工事は国の発注なので、どうにもならない壁って、どうしてもあるんです。なので、行政や設計コンサルタント、ゼネコンがいて、そこに営業をかけるメーカーだったんですけど、その会社で色々と仕事をして「なるほどー!」って、色んな事を学びました。実は、ゲームって私自身にとって特別ではなかったんですね。自分の中での優先順位はまずマンガ。その次にアニメや映画、その次がゲームが好きなんです。その友達がゲーム会社に入ったのは知ってましたけど、一緒にゲーム会社をやらないかって言われた時に、「ゲームかあ~」と。といっても、ゲームはもちろん遊んでいました、「ドラクエ」や「FF」。少年ジャンプ巻頭に「次のファイナルファンタジーVIIはプレイステーションだ」っていうのがスクープ記事として載っていたので、「はっはー、ということは任天堂のスーパーファミコンからプレイステーションが主流へとなっていくのかな?」と、「じゃあゲーム業界も大きく動くんだなあ」くらいの感覚でした。ゲームでビジネスをやるって決めていたわけではなく自分が遊ぶ娯楽の1個でした。

とはいえ友人も軽い気持ちで言ってるわけじゃないだろうから、ちゃんとゲーム業界のこと調べてみようと思って、サラリーマンやりながら本屋さんとか図書館に行ってました。そもそもゲーム業界のことを知らないので、ゲーム業界の歴史から学ぼうと。調べたら、まだ、浅い歴史なんですよ。その当時、任天堂さんのファミコンから数えてもゲーム業界の歴史ってまだ15年だったんですよ。今でも30年ですよ。正直ゲームブームって、ファミコンブームからじゃないですか。その前ってカセットビジョンがありましたけど、それがブームかと言えば、昔のおもちゃの一環だったんだと思うんです。じゃあコンピューターがどこから始まったかというとすごい昔の、アタリショックで知られるアタリの時代。元々アメリカの研究室で生まれたのがコンピューターゲームで、そこからインベーダーへと続いて。自身が子どものころに見てた、「ゼビウス」とか「パックマン」とか。ああいう物は、世の中的にはこういう見え方だったんだ、っていうのを福岡の少年ひろしはわかんないわけじゃないですか。

子どものころって皆そうだと思うんですけど、クラスで流行ってる物が世の中で流行ってる物だと思っているわけじゃないですか。どうやらうちのクラスだけで流行ってて、世の中では全然流行ってなかったとか、わからない。クラスで「迷宮組曲」がむちゃくちゃ流行ってると、体感的には100万本売れてるレベルなんですけど(笑)でもその本を読むと、全然話題にもなってなくて、全然そんなことないんだなって。世の中と地方は全然違うんだっていうのを学びましたね。プレイステーションが発売されて、セガサターンが出て、一番驚いたのはこの進化のスピード。ゲームテクノロジーの、コンピュータのスピードがあまりにも早すぎるっていうのと、これで終わりっていう物が全然ない、と。マンガとかアニメーションの技術も日々進化してますけども、基本的には紙にペンで絵を描いて、それを撮影してって、道具は便利になってますけど基本は変わらないじゃないですか。今でこそコンピュータで読み込んでやってますけど。絵コンテがあってっていうのも全然変わらないと思うんです。

ゲームって作り方がまるで違うんですよ。2Dから3Dになったり3Dから立体になったり、色々変化し続けてるんです。HDになったりとか。これはとんでもないスピードの業界だなと。いわゆる決まった形がないんです。ということは、後発で参入したとしてもどうとでもできるな。これから大容量の時代、メディアがでかくなって、カセットじゃなくなる。てことは、自分がマンガもやりたいし映画もやりたい、アニメもやりたい!っていう、そういうことが全部やれんじゃん!と。ゲームは総合エンターテイメントになるんだ、と思ったんです。じゃあ人生かけて、命かけてこの仕事できるじゃんと、決意したのが26歳の2月ですね。

そこから会社を辞める手続きをして、5月6月くらいに仲間たちと会うためにまた福岡に戻ってきたんです。当時のサイバーコネクトは私で6人目くらいでした。前職のゲーム会社を辞めたメンバーが順番に少しずつ集まってきてという状態でスタートをして。10人集まるのに半年以上かかりましたが、そこがそもそものスタート。だから今から17年前、友人の誘いがきっかけではありますけど、人から聞いたからということではなく、私自身がゲーム業界を分析した時に出たゲームの答えが、総合エンターテイメント。やりたいことが何でもできる。それで、この仕事に生涯、命をかけてやろうと決めたっていうのが入口ですね。

G:
先ほどのプレゼンを見てても思うんですけど、会社を組織化することにかなり神経を注いでいますが、これはなぜでしょうか?

松山:
それは、サイバーコネクトを作った後、「テイルコンチェルト」や「サイレントボマー」という開発を通して、私は社長になる直前までいちアーティストとして物を作っていたので、当然ですけど経験がないわけですよ。ゲーム業界で。本で読んだ知識しかないわけですから。でも私のすぐ近くには9人の先輩がいるわけですよ。だから技術や歴史といったそういったものを、ゲーム業界にいた人たちはどう感じていたのか、彼らから吸収して学ばなきゃいけないんですよ。入社後は、元々漫研に入っていたのもあって絵心はあるので、グラフィックをやってくれということを言われたんです。が、まずパソコンを触ったことが無かったですから。当時のコンクリート会社って手書きでカーボン紙ですから。コンピューターは設計チームしか使わないので。

当時はコンピュータでボタンを間違えると爆発して、頭からこう、もくもく煙が出て、口から「パフっ」てなるって、ドリフのノリだと思ってましたから。みんなが雑に扱っていると、そんな乱暴にして大丈夫なの?爆発するよ!って。昔のコンピュータのイメージでしたんで。

そもそもコンピュータってなんなんだろうって。モニターのでっかい箱ってあるじゃないですか、昔で言うCRT液晶。あれが「コンピュータ」だと思ってました。じゃあ、もうひとつそばにあるこの箱はなんなんだろうと。キーボードがあってマウスがあって、パソコンは目の前にあるのに、何でこの箱はケーブルで繋がってるのかというと、どうやらこっちが本体でパソコンだと思っていた物がモニターで。「モニターでかっ!」って(笑)それぐらいわかんなくて。じゃあパソコンとウィンドウズはなんなの?と。ウィンドウズがパソコンなの?って聞くと「違う」と。ウィンドウズは何かと聞くとOSだと。OSのOは何なんだってところからもう何も分かんないわけですよ!マウスの操作から本当に知識ゼロの状態。もうパソコンの触り方や使い方、爆発しないっていうところから教えてもらいました。アーキテクチャっていってパソコンってそもそもこういう構造で、ってところ、パソコン入門みたいなところから覚えて。酷い話ですけど、マウスを触ってこうやると画面でカーソルがこうこう動くから、「はっはーん!」って。カチカチってやると実行がクリックだと。ワンクリック・ツークリック、「いや違うダブルクリックだよ」「どっちでもええやん」って(笑)「ツークリックでええやん!」て思うんですけど、ダブルクリックって言われて。なるほどって。画面の下にカーソルを持っていきたいんですけど、これがこれ以上下がらないわけですよ、で、こうしてたんですよ。


G:
よくいました。そういう人(笑)

松山:
こうやって戻してこうしてたんですよ。そしたら「お前何やってんの?」と。だってほら、これ以上下にいかないからこうしてって言うと、こうすればいいから!って言われてなるほどーって!本当にそんな状態で。テキストも同じ文章何度も書いてたんですよ、そしたらコピー&ペーストしたらいいじゃんって言われて。コピー&ペーストって?と。Ctrl+Cで選択しておいてCtrl+Vで置くと、自分が今まで書いたやつが選択するだけで何行でも同じ文章がコピーできる!すげえと。「いつもお世話になっております」っていう文章も「こっちのメールからコピーすればいいじゃん、何いちいち打ってるの?」って言われて。

なるほどーすげーなコンピュータって。でも全くコンピュータの仕組みが分かってないんです。開発が始まって複数台のマシンがあるんですけど、次にCtrl+Cってやった後に指の形をキープしたまま別のパソコンでCtrl+Vってすると……、あれいかねえって。先輩にふざけてんの?って言われながら(笑)だって教えてもらった通りCtrl+CしてCtrl+Vすればコピーできるって、情報ってここ(CtrlキーとCキーを押している2本の指の間)にたまるんじゃないの!?って。パソコンの仕組みが分かってないから、私ここに一時保存されてるもんだと思ってたんです。テクノロジーが分かってないから。これは、残念ながら事実なんですよ。ゲーム会社の社長やってますけど。

松山:
本当にパソコンの知識も、それどころかゲーム開発の知識もない、作り方がないから、ゲームってどうやって作るの?と聞くと、セオリーはないと。作るコンセプトによって作り方も変わるんだと。じゃあ企画って何人くらいで作るのがセオリーなんですかって聞いても、それもセオリーが無いって。じゃあうちの会社のメンバー構成はどうなるんですかと。普通、工場で何人とか、営業が何人とか、宣伝が何人とか、組織図とかありますよね。それまで働いていたコンクリート会社の感覚でいるから。経営ビジョンにのせて物作ってかないと。なので、会社の組織図ってどうなるの?って聞いたら、「それは作る物次第で変わるよ」と。作る物次第で会社が変わるの?!って。じゃあ作るものはなんだろうって言うと「それはこれから決める」。じゃあお仕事はいつ始まるって聞くと「作る物が決まって契約をしたら」と。じゃあ給料はいつもらえるのって聞くと、「仕事が決まったら」。

あのね、皆は前職からたくさん退職金もらって、いっぱいお金持っているかもしれないけど、俺の働いていたコンクリート会社は当時初任給17万円で、貯金も退職金もないし、もらったらすぐに飲みに行くし、遊びに行くし、俺は皆みたいに生きていけないよ!って。仕事しようよ!と。

メンバー揃ったら仕事するとかって言うので、メンバーはいつそろうのって聞いたら、半年後。待てと。俺は死ぬ!半年も生きていけない、家賃も払えない、それ無理、今すぐ仕事しようや!って言って(笑)会社作って、当時のサイバーコネクト社長の貯金で事務所を借りてたんですけど、冗談抜きで半年間仕事しないつもりでいたんですよ。メンバーがそろわないとできない。企画が作れない。全員そろわないと事務的によくない、みたいな。そりゃそうかもしれないけど、まだ6人しかいないし!

テーブルも1個しかないんですよ。頼むから仕事をしようって。企画を作ろう、後から来た人間には説明したらいいし、ね!って。企画って俺が聞いた限り、今日作って明日できるものじゃないじゃんと!仕事しないと稼げないんだから皆やろうよって!でも彼らは貯金もあるし「焦って何かに追われて物を作るのはおかしい」みたいな。「キミは分かってない」みたいな。ああそうさ分かってねえさ!知らないんだもん!けど働かないとお給料がもらえないことは分かってる。とにかく企画を作んないと。でも彼らはツテもないし、って言うんですよ。そりゃそうですよね、開発会社で開発してたメンバーが独立したわけですから。じゃあ企画作ったらどうするのって聞くと、どっかのメーカーに企画を持ち込むと。なるほど、じゃあお前が社長やるんだからお前が前の職場のパイプとかでやるわけだ、と言うと、プロデューサーなんか知ってるわけないじゃん、みたいな。じゃあどうすんのって話をすると、どうしようかって。ええー!って。

とにかく独立する、皆で何か考えて物を作るって、それだけで。はっきりしてることと言ったら、このままだと給料でねーぞってことで。仕事しなきゃと思って、無理くり企画書を作って、アイデアを毎日のように出して。皆が仕事をとらなきゃいけないわけですよ。とにかく電話帳を東京から送ってもらって、見るわけですが、載ってないんですよ、ゲーム会社の番号って。ユーザーサポートしかない!それでも片っ端から電話しました。当時ってまだどの会社もホームページを持ってないんですよ。あっても外線の電話番号が載ってないんですよ。載ってるのユーザーサポートなわけですよ!だから、そこに私が片っ端から電話かけまくって。営業経験あるの私しかいないわけですから。じゃないと自動的に俺らを探してくれるゲームメーカーなんてある訳ないんだから。自分たちから行かなきゃって、自分たちで電話して、というか私が電話して、色んなメーカーのリストを作って、片っ端から20社近くに電話して、「すいません、ここがユーザーサポートっていうのは分かっています。でも御社は外線の電話番号を載せてないですよね。だから然るべき部署にかけ直したいので電話番号教えて下さい」って頼むと、「おつなぎできません」とか。我々はどうやって仕事したらいいの?と。本当にそうなんですよ。昔のゲーム業界って閉鎖的で。名刺には書いてあるので、そこの人と知りあったら連絡できるけど、イタズラとかを防ぐために一般ユーザーにはオープンにしてないんです。結局、教えてくれた所と教えてくれない所はハッキリしてて、教えてくれない会社なんて完全に鎖国ですよ!「教えるわけにはいきません」みたいな。じゃあ御社と仕事をしたいと思っているパートナー会社はどうしたらいんですかねって聞くと、「ここでないのは確かです」って。なるほどー、ゲーム業界の悪い所がだいぶ見えてきたな、と。絶対に間違ってると今でも思ってますから!

G:
すごいですね。

松山:
それで企画作って、次にメンバー一覧を作らないと。我々はもともとこういう会社にいて、こういう実績をっていう。じゃないと会社概要がないじゃないですか。私は無いですよ実績なんて。前はコンクリート会社なんで。なんで、「以前はこういうゲーム会社に所属し、こういうタイトルを作っていて、こういう能力があるメンバーが独立して福岡に会社ができたんです。こういうことをやりたいと思ってるんで、お話を聞いてくれる会社を探しています。なのでよかったら一緒に組んで新しい時代を築きませんか」っていうご案内文を書いて、然るべき担当の方にお渡し下さいと添えてユーザーサポートに送ったり、連絡先を教えてもらって送ったりとか、色々やりました。


松山:
そこから私は4年間アーティストとして、彼らからパソコンの知識とか、ゲーム業界のゲームソフトの作り方、グラフィックの作り方というか能力の身につけ方、そういうのを学んで。ゼロから覚えなきゃいけないんで、知れば知るほど果てしないわけですよ。やらないといけないわけです。しかも今日も明日も進化し続けてるわけですよテクノロジーが。これは人の2倍やっても追いつかんなと。人の2倍やる覚悟で会社立ち上げたんですけど、2倍じゃ無理だと。3倍やらないと追い越すどころか追い付けねえと。そこで家に帰らない「3倍大作戦」っていうのを実行したんです。1日8時間労働を3倍やれば24時間。帰らなきゃいいんですよ。他の時間をゼロにして学ぶこと・成長すること・お客様に召しあがって頂く作品を作ることを3倍やればできるわけですから、ずっと会社で生活してたんです。住んでいない家賃だけを払い続けました。会社の給湯室でお風呂に入って。帰らずビーチマットで寝て。当時の先輩からは「お前の働き方はおかしい」と。そんなやつを何度もゲーム業界で見てきたけれど、キミはいつか倒れるタイプだからやめろと忠告されるんですけども、私はやる以上は足手まといになりたくない。アーティストチームの中では下っ端だし、何も右も左も分からないままでいい絵が描けているとは思えない。これで俺がお客さんだったら納得できないから、これも作り直すと。結局「テイルコンチェルト」のファーストステージって4回作り直してますよ。

作ったのを3つ捨てたんです。実機に載せてバンダイさんからオッケーをもらっても捨てた。自分が納得できないから。これは商品のレベルじゃないって。入社する直前まで消費者でしたから。リーダーがOK出しても納得いかなくて、結局ゼロから作り直しました。リーダーが作れば極上のものが作れるんですよ。ただ人数が少ないので一人一人が役割を分担するんです。でも私が作った物を作り直すのがリーダーの役目じゃないんで。やっぱり、自分に預けてもらっていい物を作りたいって、そういう気持ちもあったので。無茶な仕事の仕方をするなと言われたんですけども、いい仕事をやっぱりしたいし、いい物を作りたいので、ほっといてくれと。体力とか体で心配させるつもりは正直ないと。朝9時にちゃんと仕事してるし、明け方には一応寝るようにはしてると。ちゃんと皆が来る前に歯も磨く。ビーチマットの空気を抜くのが毎回めんどくさいんで壁に立てかけておくけど、それはもう勘弁してくれと。絶対やりきるからと。実際そんな心配させずにやりきったんですけども。

その結果、グラフィックの大半を任せてもらえるようになりました。生半可な努力ではなかったんですけど、それ以上に情熱というか……。あと私、物作りや作品・娯楽に対する偏見があったんですよ。子どもだったのもあるんですけど。少年ジャンプで連載しているマンガも、放送しているテレビアニメも、公開している映画も発売しているファミコンソフトも、あれは全部芸術作品であり娯楽だと。なのでお金が無尽蔵にあって、時間も無限にある、最高のクリエイターたちがそういったものを作っているはずだと。仕方なく発売しているなんて誰も思ってないし、開発者が満足のいく答を出した暁に商品が出てるんだと思っていたんです。発表したい作品があるからマンガを描くんだと。描かなきゃいけないから嫌々タイアップで描いてるとか、それまでは存在しないと思ってたんです。皆ひとり残らず芸術家だと。作品作りなんだから、皆やりたくてやってると思い込んでいたんですよ。だから〆切があると聞いて、〆切……?と。子どもの時はそれが分かんなかったんです。だって、いい物を作れば儲かるんだから、それは無限に使っていいでしょうと。そうやって物は作られてるんじゃないのと。だから世の中の人はみんな才能が無いんだと思ってたんです。本当、バカみたいな作品もいっぱいあって、子どもながら「よくもまあこれをいいと思って売ったなあ」って。これで子どもたちが喜ぶと思ってるんだから、こいつらほんとバカだなと。俺がクリエイターだったら絶対こいつらに勝てるわ、って思っていたんです。まさか事情があって作ってるとは夢にも思ってなかったんで。

けど世の中は全部そうなってるわけじゃないですか。大人になるにつれて事情が分かってきて、事情の無い作品なんてないってそこで学んだんですよ。全てに制限があると。お金も足りない、人手も足りない。道具も足りない、時間も足りない。全部に何かが足りないんですよ。全部がそろう日なんて絶対に来ないんですよ。「○○があればできます」って言うのはみっともない言い訳だと、そういった事情は分かった状態で、さてどうやって勝つかって。それがアイデアであり知恵であり実力だと。ということは普通じゃないことをやらないといけないなって思いながらやってるいんですけども、最初の4年間は私の目から見ると、当時の彼らが普通のことを普通にやっているように見えたんです。

極端な話、みんな若いんだから同じように全員で3倍作戦やれば、時間が3倍になる錬金術……錬金術じゃないですね。でも、いい物を作りたくないのかなと。俺はいい物を作りたくてここに来て、命かけてんのに、なんでこいつら家に帰るんだろう?ってそれくらい分かってない人間でした。やりきった結果、認められはしたものの、それでもやっぱり頑張りは足りず、タイトルはそんなに大ヒットとまではいかず。ファンは生まれましたけど、やっぱりアクセルの踏み方が足りない。何よりプロデュースの観点を持ってない。いい物を作ればパブリッシャーが何とかしてくれる、僕らの仕事はこれで終わり、そうじゃないんじゃねーのと。パブリッシャーだって見てるとね、我々と年も変わらないプロデューサーが、どうしたらいいですかねーぐらいの感覚で悩んでるんですよ。そこに例えば俺らからプロモーションに対する提案とか、CMの提案とか、場合によっては絵コンテ描いたりとかして、その結果、タイトルが売れるんだったら、結局やったことが返ってくるんだから、契約書がどうとかよりも、そっちが先じゃねえのって。そういう気持ちがありましたが、中途半端にお行儀がよく……。なんだろうなあ、このもやもや……と思いつつも。案の定、大ヒットとはいかず、そんな中で前の社長が当時、所謂携帯アプリのゲーム開発に興味を持ちだして、その話をいっぱいするようになったんです。いやいや違うだろうと。皆で力を合わせてね、次こそ「.hack」を大ヒットさせなきゃいけないって時に、力を分散してどうするんだと。他のメンバーも同じ意見だったんで、やめようよ、という話を。でも前の社長はどうしてもそれでやりたいと言って、残念ながら出ていちゃったんですけど。

◆「サイバーコネクト」から「サイバーコネクトツー」へ

松山:
一大事なんです、実は。今でこそ明るく話していますけど、事実上、一度会社がなくなってますから。当時のスタッフを集めて話して、正直皆は他の会社でもやっていけるけど、俺に社長やらせて欲しいと。生まれ変わろうと思うと。俺がやる以上はやり方を全部変える。皆で資本金を30万ずつ出し合って、仲良しこよしの民主主義で、反省会もやらず、皆で失敗したんだから仕方ないよねって言っていた。俺、責任者不在は致命的だと思う、と。社長もお飾りで10人皆で民主主義って、それってビジネスとしてあり得ない。責任の無いところに覚悟は生まれないし、覚悟が無いと、勝ちもない。なので、全員の資本金を俺が買い取ると。俺がワンマンの会社にするって言って。責任者は俺。全部、俺が決めると。その変わり絶対に成功させるから、信じて預けてくれ、と。それが嫌だというのであれば好きな会社に行っても構わないという話をしたら、全員残ってくれたんです。前の社長以外(笑)それから色々悶着もあったんですけども、その翌日からルールを全部変えましたから。おかしな話ですけど、朝9時に来い!と。


G:
それは、その時から。

松山:
はい、その時から。みんな裁量労働制的な所があるじゃないですか。なので、朝9時に来なきゃいけないって言われるいわれはないと。裁量を任されてるんだから、9時に来なきゃいけない理由は法律的にもないんだ。9時に来いっていうのはおかしいと。言い始めるとキリがないんですよ。屁理屈を言ってくるわけですよ(笑)じゃあ9時じゃなきゃいけない理由を教えてくれよと。それで納得したら9時に来るよと。9時じゃなく10時でもいいじゃないかと。朝は寝たいんだよと。すでに4年間ゲーム業界のことをイヤというほど中も外も含めて見てきましたけど、うちの会社だけこんな風なのかなと思って、色んなところともコミュニケーションとってみたんです。私が唯一の営業だったんで、東京に行った時には寝る間も惜しんで色んな人と会ったんですよ。それで、教えてもらったらどうやら皆そうらしくて。ゲーム業界。みんなそういう性格なんです。

G:
そういうことをよく聞きますね。

松山:
なのでこれゲーム業界のよくないとこだと思って。9時じゃなきゃいけない理由は、まあないんです、実際。だから8時にしようと。

G:
(笑)

松山:
なんで?!て言われても、いちいち理由なんか説明しない。大人は理由は説明しなくてもいいの。俺が社長だから俺が9時といったら9時だし、8時といったら8時。それが嫌だったら一緒にやってけない。俺は勝算を持って言っているし、それをいちいちこと細かく子どもに言うように説明しない。信念を持って言っているんだから言うことを聞いてくれと。9時が嫌だってんなら8時にするって言ったら「じゃあ9時でいいです」って(笑)。

今の世の中、割とそういう傾向があるのかもしれないです。我ながら子どもの時ってそうじゃなかったでしょ。父親が決めたこと、学校の先生が言うことは、絶対に理由なんか説明されないし、だめなものはだめだっていう、いわゆる父親の権利……父権、そういう強さってあったじゃないですか。まあ、ある意味理不尽ですけども。でもその理不尽から学んだことも正直あるじゃないですか。今の時代なんでしょうけど、柔らかくなっているというか。納得いかないので理由を説明して下さいってすぐに言うじゃないですか。うちのスタッフにも口を酸っぱくして言ってるんですけども、何でもかんでも大人が理由を説明してくれると思うなと、そんなの義務教育までだと。社会に出たということは、上司の言うことは絶対だし、クライアントの言うことも絶対だし、絶対でない場合もあるし。それをひっくり返せるかどうかっていうのはテクニックとか情熱とか、そういう所にかかってくる。それでもはっきりしているのは、結果を出した人間の言うことは皆聞くけど、まだ出してこない人間の言うことは誰も聞かないっていうこと。だから、結果を出せと。そういうやり方で……。

それからあと、徹夜禁止。これは身をもって体験したんですけど、みるみるうちに力が抜けていくんですよ。若かったんで、1日・2日・3日くらいは全然平気なんですけど、4日目・5日目になると、まあ、明らかに集中力が途切れるし、何もしてないのに喉がカラカラなんですよ!ずっと。明らかに芯の部分に力が入らない。6日目くらいに倒れるように寝てしまいますし。

G:
6日目までもちこたえるとは、すさまじいですね。

松山:
当時はそうでしたね。なるほどサイヤ人じゃないんで地球人にこの仕事のやり方は合わないなと思って。根性だけでどうにかなるところと、ならないところのボーダーを自分で引いたんで、1年、2年、3年っていう長い開発のこと考えると、コンスタントに力を発揮し続けるために制限しないと駄目だなって。あと人数が少ない会社では、毎年不思議と起こったのがバイクで事故って入院とか。なので、弊社はバイク通勤が禁止なんです。すると、バイク通勤を禁止の意味を教えてくれとか言われるんですけど、「事故るから」って。「事故って足折って、2週間とか3週間とか2ヶ月とか3カ月とか入院すんじゃん。そうするとね、その3カ月の穴を誰が埋めると思っているんだ?」と。横にいる同僚だぞと。通勤は公共の交通機関のみ。禁止っつったら禁止。永続的に禁止。車通勤も禁止。公共の交通機関で来いというルールは初めの4年間で学びましたね。不思議なくらい毎年みんな事故るんですよ。交通事故はなかなか避けようがないとは思うんですけど……。公共交通機関での事故とかはしょうがないと思うんです。けど車とバイクって事故率がすごく高いですから。なので、理由もなく禁止。今後も解禁されることはないと思います。

◆開発部と非開発部


G:
関係があるような無いような質問なんですけども、ゲームする会社というとプログラマとかデザイナーとか、割と表の日のあたるような仕事ばかりが注目されがちなんですけど、実際に会社をやると経理や事務であるとか、そういうバックアップする人たちが必要になってくるじゃないですか。そのあたりはどのくらいの規模の時から必要性を感じて、作り始めるようになったんですか?

松山:
40人を越えたくらいからですね。50人が見えてきた時に、経理は一人では無理だなと。私も一緒にやっていたんですけども、一人じゃさすがに無理で、総務とか人事とか私も社長業と兼任してやっていたんです。学校説明会を行ったり、就職窓口の方々とお話をしたりっていうのもやっていましたし、営業さんが飛び込んでこられたら私が何ですかって出て行って。宣伝も含めて、そういうのを全部一人でやっていたんですけども、これは一人じゃ無理だなと。で、開発の現場も、少しずつ現場に集中させなきゃいけないようになってきたので、それを支えるスタッフも必要だって事で……。順番にですね。50人を越える前後で総務を一人入れたのと、総務の役目を持った人事、総務の役目を持った広報、そういう開発を支えるための部署を、少しずつバトンを渡しながら広げて行って……。非開発というか戦略企画課って呼んでるんですけども、人事、経理、宣伝広報、デザイン室、開発支援室、デバッグ、品質保証、あとサウンドローカライズ、全部足すと30人くらいです。東京・福岡含めて。

G:
約200人のうち30人くらいがバックオフィスなんですね。

松山:
とはいえサウンドのスタッフ、ローカライズのスタッフは開発なんで、品質保証も。なので今、開発に携わらない部署だと宣伝広報とデザイン室足しても10人くらいで、人事と総務を足すと東京と合わせて20人くらいですね。

G:
今会社には全部色々含めたら約200人近くくらいいるって話だったんですけども、どんどん人数を増やしていって会社組織を大きくするっていう方向性は最初から持ってたんですか?

松山:
いえいえ。大きくすることが目的ではないです。まずうちはデベロッパー、開発会社ですから。お客さんにファンになってもらえるデベロッパーになろうと。さっきの映画の話じゃないですけど、ガイナックスさんとかユーフォーテーブルさんなどアニメ制作会社に対してファンがいるでしょう。なので、サイバーコネクトツーという会社を好きになってもらおうと。だから普通じゃないことをやんなきゃいけないし、歌って踊れるデベロッパーにならなきゃいけない、そのためにはコンスタントにタイトルを持てなければいけない。人数が少ないからDSの開発しかできません、PS3の100人規模のやつなんか無理ですってなると、会社は選択肢が少なくなっちゃうじゃないですか。自分たちはその選択肢を選ぶ側であって、選べないのは不自由なんです。じゃあ、ある一定規模以上の会社にしなきゃいけないなと。やりたいことは自分たちで決めるし、やらないことも自分たちで決められる会社がカッコいい。信念が通ってる。うちらはこれだけしか人数がいないんで、これしか作れないんですよ、それでよかったら仕事下さいって言ってるようだといつまでたっても下請けだと。それではクリエイティブな、子どもたちの憧れになるようなクリエイターにはなりえない。なるべく分かりやすい方がいいし、私自身がクリエイターとして、宣伝広告等も兼ねて表に立って、たくさんのお客さんにサイバーコネクトツーって会社を知ってもらおう、ファンになってもらおうというのが最初の10年だったんですね。

PS3やXbox 360、今の現世代機がちゃんと作れて、携帯ゲーム機の開発まで一応できる会社組織にはしていますが、そのためには今の人数に加えてあともう少しいないと。PS3とかの規模って今でも2年とか2年半とかかかるんですね、短くても1年半とかかかっちゃうんで。そういうタイトルだと2年待たせちゃうので。PS3のラインを2本回すってなるとピーク時には100人規模のチームになるんですよ。全部PS3ではないですけど、うちは今アルバイトも含め200名以上の人数で7ライン動かしてます。なので当然制作が始まったばかりのやつと、もう開発も後半のやつと、ほぼ終わるってのと、今まさにピークを迎えてそれを作ってるというのとがあるんです。ピークはずらしてあるんですよ。で、2年後3年後に向けた企画も動いてますから。7ラインはゲーム会社では少ない方なんですよ。

G:
ええー!

松山:
うちの会社は少ない方ですね、だからお前らもっと働けって言って(笑)。ただまあ何でもいいわけじゃ当然ないんで。こないだうちに仕事の案件がきましたけど、ゲーム開発もやってるメーカーなんですけど、50人でやってるゲーム会社で30タイトル作ってるって言ってましたから。ああー、普通に優秀な会社ですねって話をしてて。

G:
今のような規模の会社にしていく上で、どこかの段階でボトルネックというか、足を引っ張るような要素はありましたか?

松山:
ああ、ありますね、それは私です。

G:
と、いうと?

松山:
これは120人を超えてからですね。20人増えて150人が見えた時に、私の限界が会社の限界になったんですよ。全タイトルが社長のチェック待ちという。要は松山洋監督作品しかなかったんで、私がチェックしてOK出さないと絶対に通らないし、クライアントにも納品すんなって言ってたので。中途半端な物だと信頼関係に関わりますから。期日も守る。報告もする。「別にいいよ、次のマイルストーンまで報告書はいらないから」って言われていても、これは必要な報告書だからってうちのスタッフに出させてるんです。が、社長チェック待ちっていうのが私の限界。私の体は1体なんで、毎週東京に行って宣伝も人材活動もやっているわけですから、これは手が足りねえと。人事とか非開発部に関しては色々人も入れ始めたので、少しずつバトンも渡していきましたけども、開発に関しては1から10まで私が見てるのではいけないわけですよ。

最初の10年でサイバーコネクトツーという会社のファンを作った。「NARUTO-ナルト- ナルティメット」シリーズのファンとか「.hack」シリーズのファン。5・6年前にスタッフに話をしたところですけど、これからサイバーコネクトツーは第二段階に入ると。俺が持っているバトンをスタッフに渡していくと。お前らが歌って踊れるクリエイターになってもらわないと困るんだと。「松山屋」じゃだめだ、サイバーコネクトツー屋さんにならなきゃいけないと。だから俺の監督作品もあるし、サイバーコネクトツーの歌って踊れるクリエイターの監督作品、そういう物を作っていかなきゃいけなんだってことで。そういう動きが数年前からありました。そうやって生まれてきたのが「アスラズ ラース」。下田星児がディレクターを、プロジェクトリーダーをやって、私自身は制作プロデューサーとしてのポジションで。大きい決めごとをやる時には当然参加もしますけども、基本的にはお前らのクリエイティブを信じてやれ、という形で制作したので、少しずつ次の段階に入ってきています。でも、まだやっぱり私が入らないといけない部分もあります。脚本の段階とか映像演出の段階は私のチェックが入ったりします。100%手つかずで世の中に出てる商品があるかというと、あるわけないんですよ。私が社長なんで、全部チェックはするんですけども。正直「NARUTO-ナルト- ナルティメット」シリーズなんかはまだ見過ぎてるんで、スタッフに「見過ぎ!」って言われてるくらいで。個人的な気持ちの問題もあって見てしまうタイトルなんですけども。私の長年の夢のタイトルなんで。

◆ゲーム制作はコミュニケーション


G:
なるほど。さっきのプレゼンでもあったんですけども、いくつかのルールがあるじゃないですか。ワンフロア開発体制……開発者をワンフロアにまとめるっていうことなんですけど。

松山:
ゲーム制作はコミュニケーションだからです。

G:
あれは、ワンフロアにまとめることでどういうメリットがあるんでしょう?

松山:
メリットしかないんですよ。今の場所に引っ越してきたのが5・6年前でですね。それまでは初めの、10人の頃から使っていたビルにいたんです。最初に小さい所を借りて、だんだん人が増えてきて、30人を越えて入らないということで2階を借りたんですよ。で、また入らないということで、3階を借りて。4階を借りて。そうしているうちに120人になったんです。3フロアに分かれてて40人・40人・40人みたいな感じで。「.hack」シリーズ作って「NARUTO-ナルト- ナルティメット」シリーズ作って、その上のチームで次のタイトルを新規開発してた時に全くコミュニケーションを取らなくなったんですよ、フロアが分かれてるから。「俺、上の『ナルティメット』チームでこういう話を先週したんだけど、なんでお前それ聞いてないの?」って3階で言っても、「いやまあ聞いてないからですねえ」って。昔はワンフロアにいたから聞こえてるんです。「それさっき社長が言ってた」みたいなことを。それがフロアが違うだけで情報が滞るんですよ。ちょっと前まで同じフロアにいて皆でコミュニケーションとってたじゃん。情報のシェアってあったぞって。なんでフロアが変わっただけでコミュニケーション取らなくなるんだよ、サボんなよ走れ―!って言って。用が無くても行けーって階段走らせたりしてたんですけど、ゲーム会社で走れ、声出せって、野球部じゃないんで!

ゲーム会社で声出せ、走れもないだろと。それはちょっと環境が悪いんだなっていうことで、いろいろと物件探して、博多で少ないんですけどワンフロア300坪とか、そういった場所を見つけて。ワンフロアにしたらすごくいいですね。うち、毎月席替えをやるんですよ。7ライン置いてると、始まったばっかりのと、ピークを迎えているのと、終わりそうなのと、色々あるじゃないですか。そうなると最初のチームは3人とかでスタートさせて、それから5人・10人、その翌月には20人、半年後は40人になって、残された半年の間は100人体制でやってしまう。それが終わった後、いきなり30人になって最後は15人で仕上げてみたいな。そういった形でどんどん各チームを自由自在にちぎっては変えっていうことを、うちではOKにしています。

「ナルティメット」チームは「ナルティメット」チームで固定してくれとか、「.hack」は「.hack」でノウハウ持ってるからずっとこのチームを維持させてほしいと、チームのスタッフは言うんです。でも私はそれをNGにしているんです。例えば、一つのタイトルが完成したら、チームは解散。次のタイトルを制作するいろんなチームから入れてきて混在した形で新しいチームを作るんですね。人間関係からやり直す覚悟が無いと新しいチームにはなれないし、同時に新しい物はできねえと、そういった考え方でやっています。毎月、酷い時は月に何回か席替えやるんですよ。そうやって動くと人の移動もあるし、DSのゲームを作っていながら、PS3のゲームを作ってる画面も見ることができるんですよ。同じ社内で、隠すものが何もないんで。これ何なんですかとか、DSチームに対してもPS3のチームでああいう演出やってんじゃん、なんでお前ら社内にいてお客様みたいなことになってんの?みたいなこと言う。5秒で歩けるから行けと、見せてもらえと。身内に何を遠慮してんだと。平気でやるんです。見てないと怒られるんで逆に。自分たちで気にして見に行ったりとか、簡単にできるんですよ。フロアが違うと扉を開けるのもおっくうだったり、ずっと自分の席にいたりとか。でも、ワンフロアなら向こうでわーっと騒いでるとなんだろう、って気になるし。私がチェックする時には開発室に行くんですけど、まあ褒める時には大げさに褒めるんですよ。怒る時も大げさに怒るんですよ。そうすると、「はっはー、あれをやるとだめなんだな」って分かるし、むちゃくちゃ褒めてると、あのチームにはべた褒めじゃないか、どういう物なのかちょっと見せてみろ、って行くわけですよ。行くと、なるほどこれは確かに……って、負けたくない気持ちが。そしたら今度は競争がちゃんと生まれるんで。うちのチームはうちのチームで、これを勝ち抜きますからって。ちゃんと生まれるんです。ゲーム制作はコミュニケーションです!

G:
コミュニケーションに関係して。私が調べた限りなんですけども、2010年7月頃に東京かどこかでサイバーコネクトツーさんの飲み会があったみたいで、それについて書いてるブログがあったんです。「サイバーコネクトツーさん独自の体制と、その核となる文化」ってタイトルで。その中で、トライファクター構造について触れられてたんですけども、「以上のように、万能に感じるトライファクターの体制にも弱点はあるようで、今走っている新しいプロジェクトでは一旦利用を止め、新たな体制を築いているようです。具体的なお話は聞けませんでしたが、カバル式からインスピレーションを得た、ユニット制ということでした。(多分、将来的にどこかで情報が出てくると思うので期待したいです。)」と書いてあったのです。これはどういうことなんですか?

松山:
それは「アスラズ ラース」のことです。その時期に「アスラズ ラース」の開発がスタートしてて、開発規模が120人体制。そうなるとアーティストだけでも、アーティストのトップがいて、下にたくさんスリーマンセルがいて、もうさすがにトライファクターが重いわけですよ。アーティストが80人とかいるわけですから。さすがにこのツリーでかすぎじゃね?って。で、縦の動きがすごい下に行っちゃうし、結構横に広がったりしているんで、それはちょっと違うと。アスラってアニメみたいに話数形式なんですよ、全18話とか。なので1話をやるA班と、2話をやるB班と、3話をC班って形でユニットで班を分けて、テレビアニメみたいにサイクルで転がしていくと。1話終わったら次のチームは4話をやるっていう、そういう形のやり方に切り替えた時だったんですよ。ちょうどゲーム業界がアジャイル開発とかスクラムとか、開発体制の見直しが取られている時代だったんです。うちでも新しいプロジェクトをカプコンとやるならって、その時にプロジェクトリーダーの下田が「ユニット制でやろうと思う。新しいことやろうと思う」って言うから「おおそりゃ新しいことに挑戦せい」と。実際やらせてみたんですよ。2011年の1月の段階でチームを集めて、そのユニット制を1年くらいやったんですよ。で、下田を呼び出して、「ユニット制失敗したなお前」と……。結果が出てない。出てないんだから認めろと。ユニット制は、失敗。だから、今すぐやり方を変えろ、トライファクターに戻せってことじゃなくて、そのハイブリッド型を自分で考えてみろと。そこで、私が出ていくと結局「松山組」と変わらないんで、それはお前が考えてやれと。そしたらちゃんと自分で答えを出して、ユニットとトライファクターのハイブリッドで結果「アスラズ ラース」は仕上がりました。基本的にはトライファクターなんですよ。時間がかかってもこのピラミッドを維持するって。小規模は3人。ただしその表向きの顔と、裏ではユニットって言うもう一つのグループがあるっていう。

PS3/Xbox 360『アスラズ ラース』30秒CMムービー[ナレーション見本あり] - YouTube


G:
なるほど、それでハイブリッドなんですね。

松山:
ユニット制の弱点は、チームが分かれて競争意識が生まれるかっていうこと。その部分は確かにあるんです。1話を作ってるチームと2話を作ってるチーム、3話を作ってるチームが生まれるんですけども、基本的に1話を作ってるチームが作ってるツールと同じものを3話のチームが作ってたりするわけですよ。で、プログラマが足りないんで人下さいとかって言ってくるんですよ。「お前らさ、ここ見ろよ」って。でも、そうなると結局ピラミッドが大きくなって、情報が円滑に進まないということが生まれてくるので。ユニットだけじゃ万能じゃない、ユニットだけでは結果が出てないし、人はとにかく足りないし、無尽蔵に増やさなきゃいけなくなるし、期日までに物も上がらなかったんで。結果が生み出せないなら今すぐ変えろって言って。結果色んなところを変えたんですけど、アスラはなんとか無事完成して発売しました。

◆サイバーコネクトツー独自の体制

G:
なるほど。あと話が変わってしまうんですけど、ゲームソフトの定期購入と週刊月刊マンガ雑誌・業界情報誌・全て定期購読っていうので、共有スペースが情報源とおっしゃっていましたが、共有ライブラリってあるじゃないですか。その共有ライブラリに選ばれる、特に映画アニメやドラマを網羅したBlu-ray Disc・DVDとかっていうのは、基本的にどういう基準で選ばれてるんですか?

松山:
私の好きな物で選んでいます。


G:
ということは、あそこに並んでる物は全部見ていると?

松山:
見てます見てます。さっきのウイングマンの話じゃないですけど、ありえないわけですよ私の中では。ウイングマン見てないっていうのは。とはいえ私は今41歳で、今年42歳になる訳ですから、今年の新卒とは、20歳以上違うわけですよ。そうすると、下手すりゃ親子ですよ!それは確かに、生まれた時にウイングマンは無かったなって。私はウイングマンを中学の時に見ててっていうのがありましたけど。「電影少女」の世代なわけですよ。でも今は、桂正和……あ、『ZETMAN』、『TIGER&BUNNY』の人ですね!って言うわけですよ。違う、ウイングマンの人だ(笑)けど、見てきてる物も違うんで、それは確かに頭ごなしに怒るのも理不尽だなと。せめて道具を用意してあげて、分からなければ今すぐ見れるように。私は見てる物、好きな物は例え話で出すわけですよ。だからそれは置いてあげないと確かにわからんだろうなと。で、他のクリエイター仲間も逆に、「松山さん、ライブラリに僕の作品も入れて下さいよ」って持ってくるんですよ。これ僕のお気に入りなんで勧めて下さいって。そういうのもあるんで。沢山の人間の、この人のお気に入りっていう物の裏には資料とかを貼るようにしてるんで。そういうのがいくつか入ってるので。

G:
なるほど、面白いですねそれは。あと、また話がずれるんですけども、サイバーコネクトツーの公式オンラインショップ、CC2ストアがあるんですけれども、こういう物ができた経緯というのは?どこのタイミングでそういう物を作ろうと決意したのでしょうか?先ほど「手が足りない」みたいな話があったので、どのようにして手が足りない中で作っていったんだろうということをうかがいたいです。

松山:
きっかけを与えてくれたのはバンダイナムコゲームスさんで、2008年のことです。「.hack//G.U. TRILOGY」を制作した際に、大阪と東京でイベント上映をやることになったんです。劇場公開作品としてOVAを出すと。けどうち福岡が現場なので、東京や大阪で映画やっても、うちのスタッフが見れないんですよ。そう言ったら「ビデオグラムがいつか発売するんで、その時に見て下さい」って。「そんなばかな!」と(笑)じゃあいい、分かったと。うちのスタッフのためにファンを集めて、博多で劇場借りて上映会をやるから。自分たちのお金を使って、400人規模のホールを借りてイベント上映やるから、うちが納品したフィルム貸してって。で、結局福岡で400人規模の「.hack//G.U. TRILOGY」の上映イベントやったんですよ。ファンも集めて。その時に、せっかく沢山の人が集まるんだったら、ファンの人に喜んでもらえるような物販もやろうと。バンダイナムコゲームスのライツ部に相談した上で商品展開を始めたのがもともとのきっかけです。

だからバンダイナムコゲームスがあのまま福岡でも上映やってれば、今も物販をやってなかったかもしれないです。福岡での予定がなかったのでじゃあ自分たちで上映やるよって許可をいただいて、上映だけじゃなくて物販もやろうという。作るんだったら適当な商品を作るんじゃなくて、サイバーコネクトツーらしい、さっきも言いましたけど、俺が欲しいような設定資料集とか、そういうものをって考えた結果です。今となっては従業員が200人を越えて、宣伝広報やデザインチームも10人いるわけですから。お前ら全体の5%なんだから、年間5%の売り上げを目標としなさいって。今うちの年間売り上げが20億ちょっとなので、その5%で1億円。それくらいは自分たちで稼げる目標を3年以内に作る、っていうのが今の彼らの課題なんですよ。去年が4000万で今年が6000万で……、来年が、1億かな!(笑)


G:
(笑)

松山:
今いる人数で、今ある球だけでやれって言ってるわけじゃないんです。その時に人が必要だったら雇えばいい。仲間を増やしなさいと。その戦略も自分たちで考えて提案してきなさいと。できませんは聞きません。どうすればできますっていうことを言いなさいと。

G:
こういった独自の体制だとかの考えって、いつどうやって思いついてるんですかね?すごく根本的な、抽象的な質問なんですけど。

松山:
それはやっぱり、業界の先輩方から失敗事例や成功事例をお話して頂ける現場にとにかく顔を出す、首を突っ込む。

G:
人メインで色々話を聞いて。

松山:
そうです、情報を一番持っているのは人です。インターネットとか雑誌に載ってる情報は全部、知ろうと思えば中学生だって知れる情報……死んだ情報なんで。そして私の性格を作ったのはマンガです。沢山のマンガが私を育てたんです。

G:
ちなみにすでに答えが分かるような気がするんですけど、一番好きなマンガはなんですか?

松山:
上から100個くらい並べたいですね。けど1番って……「NARUTO-ナルト-」は別格なんですけども。

Amazon.co.jp: NARUTO―ナルト― 60 (ジャンプコミックス): 岸本 斉史: 本
http://www.amazon.co.jp/dp/4088704177


G:
トップ10くらいでいうとどんな感じなんですかね。

松山:
1位は間違いなく荒木飛呂彦という作家先生ですね。「ジョジョの奇妙な冒険」に代表されるように、荒木先生……全部なんです。面接でジョジョが好きとかって言ってる人間で、何部が好きって聞いて全部見てない人間は、弊社では難しいかもしれないですね。それで好きと言っちゃいけないから。ジョジョが好きっていってるのに「ゴージャス☆アイリン」読んでないとか、「バオー来訪者」読んでないとか、「魔少年ビーティー」って読んでないとか言ってる時点で、好きっていうものを勘違いしてる。その作家先生の作品が好きだったら、その人が前に何を描いたかって気になるし。

G:
普通はそうですね。

松山:
人によりけりかもしれませんけど、例えば好きな女性ができて、前にどんな人と付き合ってたかとかを気にするのと一緒だと思うんですよ!気にしないドライな方もいらっしゃるかもしれないですけど、私は結構クヨクヨ気にするタイプなんで……男女じゃないですよマンガの件ですよ(笑)その先生が前に描いたっていうことは、この人はだからこんな素晴らしい作品を生み出せるんだと、この人の原点はこれかー!って。この人が前に撮った映画ってどんなのかって気になるじゃないですか。それを気にならずして、まあずいぶん平気でいられるなと。

G:
なるほど。では、次の質問なんですけど、もし会社設立時にもう一回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のように戻ったとして、今持ってる知識経験があったらあの時もっとうまくやれたのに!っていうことはありますか?要するに、ここの所でもうちょっと時間短縮ができただとか、もうちょっとこうやっとけばよかったとか。過去の自分に教えたいことです。

松山:
多分何もないと思います。SFと一緒で、今の知識を持った当時26歳の私がそこに存在することってありえないじゃなわけじゃないですか。あれから17年経って、17年分の血や肉がすべて私の物になってるわけですから。もし仮に当時26歳だった青年ひろしにタイムトラベルで今会って、事細かに説明したところで、多分その青年ひろしは理解できないんですよ。経験してないんだから。知識として得られる情報は多少あるかもしれないですけど、本当の意味を知るのは自分の経験だけだと思いますんで。私自身、過去に戻りたいとか、あの時ああしておけばよかったって思ったことが1回もないんですよ。そういう生き方をしてないからだと思いますけど。多分こうした方がいいなと思ったら今すぐやってるし、今すぐできないのは理由があるし、1つ1つにじゃあ後悔してるかというと全くしてないですし。反省はしますよ。上手くいったことも、いかなかったことも、当然ありますから、反省はしますけども、その反省は自分のものですから。私の失敗は私の物なんで、誰にもあげたくないです。その経験は私だけが持ってるものですから。ただ周りの人間には、俺はこうだと思うから、こうならないほうがいいと思うよ、っていうことは経験した人間としてなるたけ言ってあげようとは思います。けど理解はできないはずです。だって彼ら・彼女らは、私と同じ経験をしてないんで。それを含めて成長してもらわなきゃいけないんで。そういうおせっかいは、年寄りの義務だと思うんです。かつて我々の父親や母親、おじいちゃんおばあちゃんがそうだったように、先人から学ぶっていうのが基本とじゃないですか、動物だってやってることですから。私はそう思いますね。◆少年時代とゲームとの出会い

G:
松山さんがゲームに出会ったのは小学校6年生の時ということなんですが、ゲームと出会うまでどういう子でしたか?

松山:
マンガばっかり描いてました。絵を描いたり。あとは小学校の時は友だちと遊んだり。あの頃ってパソコンやファミコンがなかったんです。私が中学生の時にファミリーコンピュータがリリースされているはずなので。本当に田舎の普通の子どもでした。のどかな場所でいい環境だったので、当たり前の遊びをしていました。

G:
外での遊びですか?

松山:
外で遊んでいましたよ。中で遊ぶ時には紙とペンで遊んでいましたし、家が決して裕福なわけではなかったので、子供が欲しがるようなロボットのおもちゃとかを買ってもらえなかった。与えてもらったのはレゴブロックだったんですよ。例えば「ヤッターマン」に登場する「ヤッターブル」が欲しかったら作りなさいと。そう言われて自分で青いブロックと白いブロックと黒いブロックを組み合わせて「ヤッターブル」を作ったり「ヤッタードジラ」を作ったりとかを当時していたんですね。その時から確かに物作りをやっていたし、結構真似するのが好きで。「リングにかけろ」が当時週刊少年ジャンプでやってて、すごい好きで、自分たちでカイザーナックルを紙とホッチキスとセロテープで作って車田さんはどうやってここを1回転させてたんだと、指一個入れて回すことなんて無理ですからね。じゃあどうやってはめたんだ?物理的に無理だし……っていう。そういうおもちゃを実際に自分たちで作っていました。「風魔の小次郎」の風林火山(伝説の剛刀)とか、木を削って作ったりしていましたし。自分たちで作って、おもちゃを手に入れるっていう。紙でなんでも作っていましたね。今でもよく作りますけど。工作が得意だったですし、小学校中学校の時までずーっと図画工作美術はオール5でしたので。


G:
すごいですね。

松山:
手先が器用だったのと、発想力があったからだと思いますけども。色んな遊びを自分たちでも作っていました。あと、スポーツ。体を動かすことが当たり前の子どもでした。クラスでなぜかラグビーが流行っていたので、ラグビーをやるとか。でもサッカーボールしかないからラグビーボールの代わりにサッカーボールでやったら、滑るし。(笑)それはそれで面白かったですけども。本当に色々な遊びをしていました。コンピュータにハマるまではそういう工作、絵を描く。あとは子どもながらに自分の考えたウイングマンとか。ウイングマンの新しいガーダー(負傷箇所などを保護するためのプロテクター)をリングノートに描いてみたりとか。そういうことをやってましたね。

G:
そんな中で「マリオブラザーズ」との出会いというのはどういうものでしたか?やっぱり衝撃的でしたか?。

松山:
小学校6年生のとき、私、福岡の対馬という所に引っ越したんですよ。福岡の博多湾と朝鮮半島の間にある島なんですけども、そこってなんにもないんですよ。今でも鮮明に覚えてて、スーパーマーケットが街に2軒しかないんですよね。そこで皆、食材を買うんです。すべての食材は福岡から船でやってくるんですよ。なので山崎パンとかリョーユーパンってあるでしょ。そういう食パンってビニールに入って、上で閉じてるじゃないですか。当時の食パンって、そこに、ビニールに印字される形で小売希望価格が書かれているんですね、140円とか、170円とか。一斤いくらって。その上にシールがべたっと貼られて、190円とか230円とか、全国の小売希望価格よりも高い値段で売られてる。小さい島で、米がとれるだけの土地が無いんで、全部値段が高くて、安いのは魚だけだったんですよ。だからすごく不思議な町に生活していました。娯楽が釣り竿しかなかったんですよ。島なので、釣れる魚はゴマンとある訳なんです。そんな中、唯一の娯楽が、町にある1件のおもちゃ屋さん。そこで順番待ちになっている夢のゲーム機がファミリーコンピュータ。皆それが欲しいんで、予約待ちだったんですよ。それで、2年近く待ってようやく私の家の番が回ってきて。親の都合で娯楽がないところに来てかわいそうだということで、ファミリーコンピュータが初めて我が家に来たんです。でもソフトの選択肢はないんです。あの頃、お店にあったのはマリオブラザーズだけだったんです。なのでマリオブラザーズしか選択肢がなかったんです。

G:
色々ある中でマリオを選んだんじゃなくて、マリオしかなかったんですね。

松山:
それが初めて触れたゲームソフトですね。結局、2年くらいは家にそのゲームソフトしかなくて、兄弟と対戦ばっかりやってましたけど。マリオブラザーズもスーパーじゃないんで、横スクロールじゃなくて1画面なんです。結局1Pと2Pで戦う事が最後の娯楽なんで、お互いに邪魔し合うとか。対戦することの面白さとかは、その時に学びました。友達にゲームソフトを借りないと、買ってもらえなかったんで、借りて遊んでましたね。

G:
ゲームとの出会いっていうと、皆マリオが欲しくてやっと買えたよーみたいなことをおっしゃるんですけど。選択の余地が無かったんですね。

松山:
その後に買ったのが任天堂の「サッカー」です。それからだいぶ時間が開いてからなんですけども。本当はそっちが欲しかったんですよ。当時は「キャプテン翼」が流行っていたんですけど、「キャプテン翼」のゲームはなかったんで。

G:
ちょっと話がそれるんですけど……福岡のお勧めのグルメとかって何かありますか。よく食べてるとか、これがパワーになってるとかは。

松山:
ぶっちゃけた話をするとラーメンを食いますね。多分、東京の人から見るとラーメンてごちそうなんですよ。だって1000円とかするでしょ。全部載せで1200円とか1500円とか。考えられない。1500円てディナーですよ、博多だと!

G:
大阪でもディナー級ですね。

松山:
ですよね。東京全国区で有名な一風堂とか、一杯650円もするラーメンが博多でも当然有名になりましたけど、博多の人間にしてみるとあれはラーメンなのかと。ご飯やと。ラーメンのポジションって、飯食って飲み行って、今日もお疲れさん、じゃあラーメンで〆ようか!ってパッと最後に食って帰るのがラーメンなんです。だから太麺とかね、ちゃんぽん?ウェーブのかかった麺とか、重いんですよ!博多のラーメンって細麺のラーメンで、それがおいしいって私は思いますし。それにネギと薄―い肉。チャーシューですらないんで。お好みによってゴマと紅ショウガと、お店によって高菜があるんですよ。それで男は替え玉してっていう。軽くペロッと食べれるものじゃないとだめなわけですよ。それをたまごが半熟だとかおんたまだとか。角煮みたいなチャーシューとか、東京の秋葉原で、元祖福岡云々って書いてあるラーメンに連れて行かれて食べたんですけど、こんな店、博多にないって(笑)ディッパーっていうんですか、アイスすくうやつ。あれで明太子載せてるんですよ。そんなラーメン見たことないし、博多の人間そんなことして食わないし!博多のラーメンにはしなちくとかもないし、他の野菜も入ってないし。注文すればもやしがオプションであるとかってとこもありますけど、基本何も載ってないんで。私が学生の時に湾岸戦争があって、小麦の値段が上がってラーメンが高くなったんですよ。それからずっと400円。20年前になっちゃうんですけども、私が学生時代の時って200円とか250円だったんですよ。学校の食堂で食べると170円とか。それが普通のラーメン。最後に軽くばっと食って帰るっていう。だから東京にあるごちそうのラーメン屋さんが理解できなくて。所詮ラーメンですから、ごちそうじゃないんですよ。ごはんかっつーね。それがね、ちょっとなあって思います。

G:
普段400円くらいのラーメンを?

松山:
普通に。

G:
この辺で結構食べられてるというか。

松山:
この辺でも食べますよ、会社の裏にもラーメン屋ありますし。よくランチに食べに行きますよ。ちょっと最近の流れでちょっと高いんですけども。500円とかになってますね。ラーメンがどうしても有名なんですけど、それより、博多は何食べてもうまいですよ。安くてうまいのが博多の飯なんですよ。あと他でも有名なのはもつ鍋とか、それこそ明太子とか。あと水炊きとかも福岡では有名なんです。すごい長い歴史がありますから。白濁スープでね。鶏肉で食べる水炊きがあるんですけど、それも確かにおいしいです。

G:
ぜひ食べてみます。

◆これからのサイバーコネクトツー

G:
ところでまた話がだいぶ飛ぶんですが、先ほどの説明の中でも、「Solatorobo それからCODAへ」が好評頂いたので次のプロジェクトも、みたいな話があったのですが、第3作目というか、次のプロジェクトをやる予定はあるんですか?

松山:
ありますあります。ありますけど、予定が決定しているわけではない、ということです。はたしてゲームなのかというところも含めて、いつ・どういった形でお客様の目に入るかは決まっていません。「ストレルカ」も含めて、「Solatorobo」も「テイルコンチェルト」も、私自身が作った世界地図、リトルテイルブロンクスっていう構想を元にできてますんで。

G:
ゲームに限らないということですか?

松山:
そうですね。ゲームとは限らないです。

G:
ファンが多いというか、ケモノ系といえばサイバーコネクトツーっていうイメージがあるらしいですね。

松山:
いつの頃からかね、サイバーコネクトツーがケモナーを広げたことになっていて(笑)「.hack//G.U.」がきっかけらしいんですけど……。

G:
イメージとしては結構結びつくんですけど、やっぱりケモノは好きですか。

松山:
大好きです。ここ(鼻から口にかけてを示しながら)が出てれば出てるほど好きですよ。私、猫耳が大嫌いなんですよ。あれはなぜか可愛い女の子のここ(頭の上の方)に耳が生えてるだけでしょ。違うんですよ。毛はどこいったんだと。毛が無いと獣人じゃないんですよ。獣人はここ(鼻)が出てるんで。耳がここ(顔の側面)にないんですよ、ここ!だから動物の場所に耳が無いと。猫耳キャラが人間みたいにヘッドフォンするとしたら、耳はこっち(頭上)にあるんですよ!じゃあこの耳は何なの!っていう。あれがね、許せないんですよ。なんで考えて作んないのって思うし。

G:
確かにそうですね。こだわりがないと、適当っていうか、人との延長線上でやってしまいますよね。

松山:
ケモノだからこそ、人と違うからこそ面白いんですよ。特に「ソラトロボ」で一番こだわったのは、イヌヒトでありネコヒトであると。イヌヒトだからこういう性格だし、こういう癖があるし、こういう文明文化が生まれるんだと。「これ、別に犬猫じゃなくて人でもいいじゃん」って話になると、ケモノ世界を描く理由も意味もないんですよ。そうやって考えずに物を作って何楽しいんだろうって私は思っちゃうんです。そういう多くの作品を見てきて、なんでこんな考えも無しに作るんだろうって消費者ながらに満足できなかったんです。自分が作る時は絶対考えて作るって子どもの時から思ってました。

G:
子どもの時からケモノって好きだったんですか?

松山:
好きでしたよ。

G:
今年は比較的、今の定義によると擬人化に近いものがあるかもしれないんですが、「あらしのよるに」とか、「しろくまカフェ」とかケモノのアニメが多いので、どうなのかなと思ったんですが、そう言われると擬人化になってしまうってことですかね。

松山:
まあそうですね。でもまんべんなく、好きなことは好きなんですよ。こだわりがある、ないとかはともかくとして。要は、あの動物たちにドラマがあったらっていう、フィクションの世界で物語を描いてるわけじゃないですか。少年少女の夢につながるんで、それはそれで好きなんですよ。獣人であることの意味とか、そのドラマ性っていうのが何らかの形でちゃんと描かれてたらいいんですけども、人間の女の子のここに耳を付けるのは、それデザインだけでしょ、て。

G:
こだわりが強いんですね。

松山:
なんで細田さんの「おおかみこどもの雨と雪」とかすごく楽しみですよ。初週に見るつもりです。

G:
マチ★アソビの時にちょろっと話にあったので、ぜひお聞きしたいんですが。開発を無条件で断わってるものの1つがパチスロであると。夢につながらないということで。あと、モバイルアプリもそうだっていうのがあったのですが……。

松山:
モバイルアプリが、嫌いというかダメだっていうことではなく、今運営されているソーシャルゲームっていうのが好きではないです。


G:
やっぱりゲームは子どもがやって夢が広がるような、あるいは楽しめるような。

松山:
そうですね、少年少女の夢であることがうちでは大前提ですし。ただ、今そこに楽しみたいと思ってるお客様がたくさんいるんであれば、我々はクリエイターですから、どこにお客様がいようと、そこに娯楽を提供するのは間違いじゃないので。ちゃんとゲームクリエイターとしての娯楽で勝負したいなと思ってます。

G:
「.hack//G.U. TRILOGY」の時に映像制作チーム「sai-サイ-」を作られたと思うんですけど、映画完成後、プロジェクトは一旦解散なさるということですが、今後、映像もそうやってどんどん作っていく予定ですか?

松山:
はい。ただ何でもいいわけでは当然ないので、今は解散して、映像制作チーム「sai-サイ-」には現在一人しかいないんですね。

G:
一人に。

松山:
そのスタッフが前作「ドットハック セカイの向こうに」チームリーダーったんで。こういう映像作品作ろうぜ、こういう人間と仕事しようぜっていうのが固まったら、じゃあチームメンバーどうしようかっていう話になりますね。

G:
「.hack」に限らず、これを作るぞってあれば作っていくと。

松山:
そうですよ。

G:
「.hack//G.U. TRILOGY」の時は大阪上映に行ったんですけど……。

松山:
あっ、本当ですか?ありがとうございます。

G:
当時まだゲームを友人に見せてもらっただけだったので、あれがこうなるのか……と思いまして。確か、第2章に入ったところで、知らない碑文使いがいっぱい出たぞみたいな(笑)ゲームもここまで来てるんだなと感じたんで、次の映像作品ができるのが楽しみだなと。

松山:
次は全然違うことをやると思いますよ。

◆一つでも多くの作品を作るために生まれてきている


G:
では最後の質問です。マチ★アソビなどの中でおっしゃっていたことですが、クリエイターにとって一番残酷なのは関心を持たれないこと、無関心だと。

松山:
それが一番怖いですね。

G:
関心を持たれるために心がけていることなどはありますか?

松山:
人と同じことをやらない。その上で、人と違ってればいいってだけじゃなくて、なおかつそんな発想なかったとか、それは確かにおもしろそうだと思ってもらえる物じゃないと意味が無い。それって数も選択肢も少ないんですよ。皆同じこと考えているんで。けど、じゃあ答えはないか?というと、あるんです。足りないのは考えの方なんです。考えれば考えるだけで出てきます。それを考えるのも、一人でうーんって考えるんじゃなくて、考えられる脳味噌が多ければ多いほどいい。色んな人間に相談する。意見を出し合う、ぶつけあう。自分たちのアイデアがカラッカラになったんだったら、外から注入する。他の人の作品を見る。色んな人と会う。それに尽きると思うんですけども。私はバカンスに行きたいとか、休みたいとか、全く思ったことが無いんですよ。南の島に行きたいとも思わないし。イベントがあってお客様がいるんだったら行きますけども。海に行ってのんびりしてどうすると。のんびりしたいと思ってないですし、もっと生き急ぎたいと思います。まだまだ効率が悪いんです。もっと沢山のプロジェクトを手がけたいし、いずれ死ぬなら一つでも多くの作品を残して死にたいですし。工夫すれば死ななくできるかもしれないですけど、それはバイオテクノロジーに委ねるしかないので。

そっちの技術はないんで我々は。生きてるうちにとにかく目いっぱい仕事したいですね。それが自分の生まれてきた意味だと思いこんでますんで。皆それぞれ、何か役目があって生きてきてると思うんです。そう思って仕事をやらないと、面白くないでしょう。やらなきゃいけないからやってる、だと作業と一緒になっちゃうんで。自分の仕事じゃないですか。

G:
どこかに名を残して、ということですか。

松山:
そうですね。自分の名前というよりも……自分たちが作った、「作品を」、ですね。私は「リングにかけろ」と「車田正美先生」だったら作品である「リングにかけろ」が好きですし、「荒木飛呂彦先生」と「ジョジョの奇妙な冒険」だったらやはり作品である「ジョジョの奇妙な冒険」が好きです。もちろん作品を生み出してくれた人なので、荒木先生も好きですよ。尊敬していますけども。でも作品が好きなんです。だからゲームを遊んでくれる人が私のことが嫌いでも、作品が好きだったらそれでいいです。「ぴろしむかつく~」って言ってくれて全然構わないです。傷つきますけど(笑)作品を楽しんでくれたらそれでいいし。ゲームもアニメも生きてくために必ず必要な物じゃないでしょう。見なくても死にはしないんだから。でも一方では人のイヤな暗い気持ちを吹き飛ばす力、そういう病気を治す力があって。人の生み出した物にそんな力があるなんて、すごく素敵なことだと思うんですよ。結局人は人に助けられて生きて行くんだなと。作品って未来永劫に残るじゃないですか。なので、そういう作品を一個でも多く産み落としていきたい。少なくとも俺は、あとうちのスタッフと言うか、決め込んでますけど、サイバーコネクトツーという我々は、そのために生まれてきたんだと思ってます。そのために生まれてきたんですから。これは仕事しないと。

G:
なるほど、本日は貴重なお話をありがとうございました。

というわけで、次はこれらの考えや経験によって作られたサイバーコネクトツー福岡本社の中をくまなく探検させてもらうことにしました。膨大な量の社長インタビューを読めば分かるように、徹底的にこだわり抜く気質があちこちに反映されており、並大抵の会社とは完全に一線を画しています。

・つづき
会社をうまく動かすために積み上げた知られざる工夫の数々が光るサイバーコネクトツー福岡本社見学ツアー - GIGAZINE

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in インタビュー, Posted by logq_fa