これからの日本のためにも知っておきたい中米における格差社会の現実

「年収100万円も仕方ない」というユニクロ柳井会長の言葉が話題になりました。これは「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく」という話ですが、その貧富の差が中米には姿を見せていました。ベリーズ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスの殺人件数は尋常ではありません。一撃必殺のショットガンを抱えて店の前を警備するお仕事。そんな緊張感の中で、ニカラグアに入って驚きました。地域では一番貧しい国のはずなのに、わりと穏やかなのです。
こんにちは、自転車世界一周の周藤卓也@チャリダーマンです。「メキシコは「修羅の国」という噂の通り危険な国でした」で貧富の差について触れましたが、メキシコ以南の中米の国々は更に衝撃です。銃と檻に囲まれた生活は馴染めませんでした。
Wikipediaの「国の国内総生産順リスト」で、国際通貨基金(IMF)統計の一人当たりのGDP(USドル表記)を見てみると、中南米の国々の数字はこのようになっています。
メキシコ(1万247ドル)
ベリーズ(4536ドル)
グアテマラ(3302ドル)
エルサルバドル(3823ドル)
ホンジュラス(2243ドル)
ニカラグア(1757ドル)
コスタリカ(9673ドル)
パナマ(9919ドル)
一番貧しい国がニカラグアです。参考として挙げると、日本は4万6736ドルとなります。
◆南下するにつれて
カナダでは「アメリカでは気をつけて」、アメリカでは「メキシコでは気をつけて」、メキシコでは「グアテマラでは気をつけて」とだいたいこのような感じで、そして実際に雰囲気が悪くなっていきました。メキシコはまだ安全な場所と危険な場所の区別が付いていたのですが、ベリーズ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラスは銃と鉄格子が普通でいつも心配でした。ベリーズの食堂は、カウンターと客席間に鉄格子があります。グアテマラの商店は鉄格子で隔離されていて、売物にすら手を触れられないことがありました。銀行や質屋だけでなく、スーパーマーケット、ガソリンスタンド、薬局、工具店にまでショットガンを持った男性が立っていて緊張しました。
ベリーズのテイクアウェイのお店のカウンターには鉄格子。

エルサルバドルのバーでも鉄格子からビールが出てきました。

エルサルバドルでは大きな店の前で若者二人が壁に手をつけて、銃を手にした軍人に取り調べを受けていました。そんな緊張したやり取りが背後で行われているのに、素知らぬ顔でバスを待つ人たち。ニカラグアで偶然会った日本人旅行者にこの話をすると「自分も何回か見たよ」と予想もしなかった答え。エルサルバドルで取り調べの光景は、何の変哲もない日常なのかもしれません。
首都サンサルバドルのカテドラル(大聖堂)。

サンサルバドル郊外は激しい交通量でした。

ホンジュラスでは穴ぼこだらけの幹線道路で、穴を土で埋めている2、3人くらいの男性がいました。仕事が無いので、勝手に働いて通行車両からお金をせびっている訳です。「自転車は穴があっても避けられますから」と無視して進んでも、血走った眼で「金をよこせ」と腕を伸ばしてくるから怖い。数グループが同じようなことをしていました。
補修が行き届かない道路。

田舎の家。

そういう場所ばかりでしたから、緊張してニカラグアに入りました。日本人チャリダーも襲われている情報もあります。ただ最初の街に着いたら、のんびりしていて驚きました。銃を持った警備員の姿なんてありません。この緩やかさはChinadega(チナンデガ)、Leon(レオン)で確信に変わります。市場の道端でおっちゃんが「チャイナ、両替は大丈夫か」と札束をポンポン叩いて座っているのですから。信じられない光景に「危なくないの?」と訊くと「ちょこっとね」と笑った後「いちおう、拳銃は持っている」と話してくれました。
銀行やスーパーの警備員も拳銃を携帯はしているようですが、これまでの国のようにショットガンを常に抱えている訳ではありません。おばあちゃんが会計をして、机の引き出しがレジ代わりとなっている食堂も印象的でした。これまでと比較すると、簡単に襲われそうでしたし。ニカラグアに住んでいる人のブログに「グアテマラやエルサルは怖いね」という記事もあるので、参考として読んでみてください。
ニカラグアで最初に入った街。

チナンデガの市場。

レオンのスーパーマーケット。

900mくらいの峠を上って。

中米で一番馬車が活躍していたのがニカラグアでした。

鉄格子の無い商店。

南部のニカラグア湖沿いには風力発電がたくさん。

ニカラグアでは野球が盛んなのでベースボールスタジアムもありました。

Rivas(リバス)のカテドラル。

外務省の海外安全ホームページを見てみると、ニカラグアも決して安全とはいえません。
・グアテマラ
(1)グアテマラにおいては,政治的混乱はないものの,治安状況の改善を求めたり,生活必需品の価格高騰に反対するデモ等が全国で散発的に発生しています。また,首都グアテマラ市を中心に一般犯罪が多発しており,2012年の殺人事件は5,155件と,治安は依然として深刻な状況にあります。
(2)2012年の殺人被害者数は,2011年の4,371人から2,576人と40%以上減少しています。しかし,都市部を中心に殺人,強盗,誘拐,恐喝,暴行,性犯罪,ひったくり,麻薬売買等の犯罪が多発しています。また,警察官の数や装備の整備が遅れている地域では治安が十分に維持されていないことがありますので,渡航・滞在を予定している方は,目立たないよう,また,行動を予測されないよう注意するとともに,最新の治安情報の入手に努める等,犯罪に巻き込まれないよう対策を講じてください。一般的に,歩行者が犯罪の被害に遭う傾向にあるため,移動に当たっては,例え近距離でも車両の利用をお勧めします。
(2)ホンジュラスにおいては,殺人,強盗,誘拐等の凶悪犯罪が多数発生しており,治安の悪化に歯止めが掛からない状況にあります。国家警察の統計では,2011年の殺人による死者は7,104人で,前年比で868人増加し,2011年10月に国連が発表した10万人あたり殺人発生率は82.1人(日本は1人未満)となっており,世界最悪を記録しています。
(2)国家警察が公表した2011年の犯罪認知件数は、15万1,274件で、前年比6.5%減と減少傾向にありますが、依然として高い水準で推移しています。特に銃器等による凶悪な殺人、強盗、強姦等の凶悪犯罪が後を絶たず、治安の悪化が懸念されています。また、これまでは首都マナグアに犯罪が集中していましたが、近年、首都近郊のマサヤ、グラナダ、レオン市等にも拡散しています。
ただし、Wikipediaの「人口10万人あたりの殺人発生率」のデータを引用すると、人口10万人あたりの殺人発生率と総数は
メキシコ(22.7、25,757)
ベリーズ(41.4、129)
グアテマラ(38.5、5,681)
エルサルバドル(69.2、4,308)
ホンジュラス(91.6、7,104)
ニカラグア(13.6、785)
コスタリカ(10.0、474)
パナマ(21.6、759)
日本(0.4、506)
で、ニカラグアの値は随分と低くなっています。
人口10万人あたりの殺人発生率を都市別で見ていっても、メキシコやブラジルといった中南米の都市が名前を連ねる中、ニカラグアの都市は一つも出ていません。

これには革命という理由がありそうでした。
◆ニカラグアの革命
ニカラグアではソモサ一族が独裁を続けていましたが、サンディニスタ革命が起きて政権が交代します。キューバ革命の影響を受けた社会主義の革命でした。しかし、革命後に反政府勢力はゲリラ化し、長い内戦へと突入します。このニカラグア内戦も冷戦の影響を受けた米ソの代理戦争でした。冷戦中にはグアテマラ、エルサルバドルでも右派と左派による内戦が起きています。この革命と内戦によって、ニカラグア経済は破綻しました。
冷戦終結と同時にニカラグアの内戦も終結。1990年からは民主的な選挙が行われて、2006年には革命政府を率いたダニエル・オルテガが大統領に返り咲き、2011年にも再選しました。このオルテガ政権は、キューバ、ベネズエラ、エクアドル、ボリビアといったラテンアメリカ内の左派政権と緊密な関係を築いています。
革命から30年を祝う2009年の看板。

オルテガ大統領の看板は意外にもピンクが基調。

Wikipediaの「国の所得格差順リスト」のデータを引用すると、全世帯を所得の大きさで5階級に分類したときの最富裕層と最貧困層の所得比はこうなっています。国名の後ろの数字はそれぞれ、富裕層上位10%の貧困層下位10%に対する所得比、富裕層上位20%の貧困層下位20%に対する所得比、調査年度。この数字が大きいほど貧富の差が激しいというわけです。
メキシコ(21.6、12.8、2008)
グアテマラ(33.9、20.3、2006)
エルサルバドル(38.6、20.9、2009)
ホンジュラス(59.4、17.2、2009)
ニカラグア(31.0、8.8 2005)
コスタリカ(23.4、15.6、2009)
パナマ(49.9、23.9、2010)
日本(4.5、3.4 2002)
一連の混乱によってニカラグア国内の所得格差は小さくなっています。革命や内戦が起きなければニカラグアも今以上に発展していたはずですが、その場合、他の中米諸国と同様に貧富の差を抱えて、殺人率の高い危険な国になっていたかもしれません。
◆発展はしているのですが……
中米は決して貧しいわけではありません。地域で一番貧しいニカラグアでさえ、東アフリカの優等生ケニアよりは発展していました。停電、断水もなく、都市にはスーパーマーケットがあります。ただし、貧富の差は激しく、バラック小屋で生活する人もいました。この貧富の差を背景にエルサルバドルではマウリシオ・フネスの左派が政権を運営しており、ホンジュラスでは軍のクーデターにより失脚しましたが、同じく左派のマヌエル・セラヤが政権に就いてました。ちなみにコスタリカ、パナマまで来ると雰囲気はだいぶ落ち着いてきます。
グアテマラ北部の辺鄙な場所にまでショッピングモール。

いいホテルのレストランはこんな感じ。

こちらもモールと思いきや、巨大なセカンドハンド(中古)ショップの建物でした。

エルサルバドルにはミスタードーナツがあります。

ローカルファーストフード。

首都のサンサルバドル郊外にはウォルマートも営業していました。

発展の恩恵が全ての国民に行き渡ればいいのですがそうは見えません。こうして取り残された人たちが実力行使に出て、幹線道路の封鎖デモをしていました。メキシコに続いてグアテマラでの出来事です。前回は通り抜けできたのですが今回は立ち往生。「一時間で終わるから」といってくれた誰かの声は空しく、日が暮れるまで延々とやってました。
タイヤを燃やして通行車両の妨害中。

たくさんの男たちの声。

動けない車両。

ベリーズからパナマまでの中米を旅して「格差が広がるほど危険が増える」という風に感じました。ワールドカップとオリンピックを控えるブラジルなんかも似たような感じでしょう。ブラジルでも左派が政権を担っています。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加に向けた協議に入った日本ですが、アメリカが近くなることは少し不安です。「アメリカの裏庭」とも呼ばれるラテンアメリカではこうした現実があるのですから。
(文・写真:周藤卓也@チャリダーマン
自転車世界一周取材中 http://shuutak.com)
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