「ブタの肝臓」を脳死者に移植する世界初の実験が成功、移植を待つ肝不全患者にとっての希望に

世界的学術誌のNatureに掲載された新たな論文で、中国の第四軍医大学(空軍軍医大学)の研究チームが、「遺伝子組み換えを行ったブタの肝臓を脳死者に移植する実験」に成功したと報告しました。移植された肝臓は10日間にわたり基本的な代謝機能を果たしたとのことで、ドナーを待つ肝不全患者に希望を与える結果となっています。

Gene-modified pig-to-human liver xenotransplantation | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-025-08799-1

Pig Liver Successfully Transplanted Into Human Patient in World First : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/pig-liver-successfully-transplanted-into-human-patient-in-world-first

臓器移植は重度の内臓疾患を治療する唯一の方法ですが、臓器を提供してくれるドナーの数には限りがあるため、移植を待っている間に死亡してしまう患者も少なくありません。そこで近年は、拒絶反応が起きないように遺伝子組み換えを行ったブタの臓器を人間に移植する研究が進んでおり、すでに心臓や腎臓の移植では成功例が報告されています。

肝臓は腎臓と比較すると複雑な機能を持つ臓器であり、特にブタの肝臓で生成される脂肪やタンパク質、ブドウ糖が抑制困難な人体の免疫反応を引き起こす可能性があるため、ブタの肝臓移植はより困難だと考えられています。2023年には脳死患者の体外に、遺伝子組み換えを行ったブタの肝臓を3日間接続するという実験が成功していますが、患者の体内にブタの肝臓を移植する実験の成功例は報告されていませんでした。

今回研究チームは、「超急性の拒絶反応を引き起こす遺伝子の除去」「ヒト遺伝子の挿入」といった6個の遺伝子組み換えを行ったブタの肝臓を、脳死と診断された患者に移植しました。移植は患者の肝臓を完全に置き換えるのではなく、元の肝臓を残したままブタの肝臓を腹腔(ふくくう)内の別の場所に配置して、血管に接続する手法で行われたとのこと。

以下の写真が、ドナーとして用いられた遺伝子組み換えブタです。

10日間にわたる観察期間中、脳死患者に移植されたブタの肝臓は最後まで機能していました。肝臓を通る血流の速度は良好なまま維持され、脂肪の消化吸収や老廃物の排出に重要な胆汁や、血液中のタンパク質の多くを占めるアルブミンなどの産生も行われました。

また、移植後には免疫細胞であるT細胞やB細胞の活性化も見られましたが、免疫抑制剤を適切に使用することで拒絶反応を回避できたと報告されています。

以下の写真は、脳死患者に移植されたブタの肝臓が分泌した胆汁を、左から「移植から2時間後」「移植から2日後」「移植から3日後」の順で並べたもの。分泌量が増加していることがわかります。

今回の実験では、脳死患者がもともと持っていた肝臓が正常に機能していたため、肝不全患者の体でもブタの肝臓が適切に機能するかどうかは不明です。それでも、遺伝子組み換えブタの肝臓を移植しても急性の拒絶反応を防げることなどが示されたため、肝疾患を持つ患者らに希望を与える結果となっています。

研究には関与していないスペイン国立移植機関のラファエル・マテサンツ氏は、「これは遺伝子組み換えブタの肝臓を脳死者に移植した世界初のケースです。これは重要な実験であり、これまでに心臓と腎臓の両方で試みられてきたこととは異なる道を開きます。たとえば、最終的な移植のために人間の肝臓が得られるまで、病気の肝臓を一時的に交換するといった方法があります」と述べました。