世界初「ブタの心臓」を人間に移植する手術が行われる
臓器移植におけるドナー不足問題を解決する手段として、近年は動物の臓器を人間に移植する試みが注目されており、2021年9月には「ブタの腎臓を人体に接続する実験」が成功しています。そんな中、アメリカのメリーランド大学医療センターが、世界で初めて「ブタの心臓を人間に移植する手術」を行ったことを発表しました。
2022 News - University of Maryland School of Medicine Faculty Scientists and Clinicians Perform Historic First Successful Transplant of Porcine Heart into Adult Human with End-Stage Heart Disease | University of Maryland School of Medicine
https://www.medschool.umaryland.edu/news/2022/University-of-Maryland-School-of-Medicine-Faculty-Scientists-and-Clinicians-Perform-Historic-First-Successful-Transplant-of-Porcine-Heart-into-Adult-Human-with-End-Stage-Heart-Disease.html
Maryland doctors transplant pig’s heart into human patient in medical first | Maryland | The Guardian
https://www.theguardian.com/us-news/2022/jan/10/maryland-pig-heart-transplant-human-medical-first
Surgeons Implant Pig Heart Into Human Patient in World-First Case
https://www.sciencealert.com/us-surgeons-successfully-implant-pig-heart-into-a-human-with-end-stage-heart-disease
メリーランド大学医療センターは2022年1月10日、「遺伝子組み換えしたブタの心臓」を人間の患者に移植したと発表しました。手術が行われたのは1月7日であり、少なくとも手術が行われてから3日後の時点で患者は生存しています。今回の結果は、遺伝子組み換えを行った動物の心臓がすぐに人体から拒絶されることなく、機能し続けることを示していると医療チームは述べていますが、手術が成功かどうかを判断するのは時期尚早とのこと。
今回、世界で初めてブタの心臓移植を受けたのは、メリーランド州に住む57歳のデビッド・ベネットさんです。ベネットさんは重度の心不全や不整脈といった問題で、人間の心臓を使った移植手術の対象外となっており、ここ数カ月は生命維持装置につながれて寝たきりの状態でした。アメリカ食品医薬品局(FDA)は2021年12月31日、ベネットさんにブタの心臓を移植する手術の緊急承認を与えました。
人間の心臓が移植される望みがない以上、豚の心臓を移植する手術が成功する保証がなくても、ベネットさんにとって今回の手術が生き延びる唯一の方法でした。手術が行われる前日、ベネットさんは「死ぬか、今回の移植を行うかのどちらかでした。私は生きたいです。私は今回の手術が賭けであると知っていましたが、これが私の最後の選択です」「回復後にベッドから出るのを楽しみにしています」と述べたとのこと。
世界初の「ブタの心臓を人間に移植する手術」の様子は、以下のムービーで見ることができます。なお、ムービーには移植されたブタの心臓が登場するほか、ベネットさんの血液や体内で移植したブタの心臓が動く様子なども収められているため、視聴する時には注意してください。
First Ever Pig to Human Heart Transplant (Official Video) - University of Maryland Medicine - YouTube
移植用の心臓を保存する容器に入れられて、人間への臓器移植用に遺伝子組み換えされたブタの心臓が手術室に運び込まれました。ブタの組織細胞にはα-galという糖分子を生成する遺伝子があり、人間の体はα-galを異物と認識して攻撃してしまうため、ブタの臓器を人間に移植すると急性拒絶反応が起きてしまいます。ところが、アメリカの再生医療企業であるRevivicorが開発した「GalSafeブタ」は、遺伝子組み換えによってα-galを含まないようになっており、人間の体に移植した際の急性拒絶反応を防ぐとのこと。2021年9月に行われた「ブタの腎臓を脳死患者の体に接続する手術」に使われた腎臓も、Revivicorが開発した「GalSafeブタ」から取り出したものです。
執刀医のバートリー・グリフィス博士は、移植に使うブタの心臓は「パーフェクトな見た目」をしていると太鼓判を押しています。なお、グリフィス博士は過去5年間で「ブタの心臓をヒヒに移植する手術」を約50回も行ってきた人物です。
以下の画像が、これからベネットさんに移植されるブタの心臓です。画像をクリックまたはタップするとモザイクが外れますが、見る際は注意してください。
医療チームはブタの心臓を移植した際の拒絶反応を防ぐため、従来の抗拒絶薬と共にKiniksa Pharmaceuticalsが開発した新薬も使ったとのこと。手術は7時間にも及びました。
ブタの心臓を移植したにもかかわらず、ベネットさんの体で急性拒絶反応が起きることはなく、1月10日の時点では自力で呼吸できていたと医療チームは述べています。手術から回復したベネットさんの体内で移植した心臓がどのように機能しているのかを監視するため、今後数週間が重要になります。グリフィス博士は、「私たちはベネットさんと共に、毎日多くのことを学んでいます。これまでのところ、前進するという私たちの決断に満足しています。大きな笑顔を浮かべていた彼も同じでしょう」と述べています。
アメリカ国内で臓器移植を待つ人の数は約11万人といわれていますが、臓器を提供してくれるドナーの数が足りておらず、年間6000人もの患者が臓器移植を受ける前に死亡しているとのこと。そのため、異種間の臓器移植はドナー不足を解消するための有望な手段ですが、動物の臓器に対する人体の拒絶反応が課題となっていました。メリーランド大学の異種間心臓移植プログラムのディレクターを務めるムハンマド・モヒウディン博士は、「これがうまくいけば、苦しんでいる患者に対して臓器を無限に提供することができるでしょう」と述べ、今回の結果が医療を大きく前進させるとの見方を示しました。
2021年9月にブタの腎臓を人体に移植する手術を行ったNYUランゴーンヘルスのロバート・モンゴメリー博士は、「これは本当に驚くべきブレークスルーです」「私自身、心臓の遺伝子疾患により心臓移植を受けた者として感激しています。このニュースは私の家族やこの画期的な技術によって救われるであろう他の患者らに希望を与えるものです」と述べました。
なお、ブタの組織から作った人工の心臓弁(生体弁)はすでに実用化されており、ベネットさんは約10年前に生体弁の移植手術を受けていたとのこと。ベネットさんの息子は、「父は行われたことの大きさや、その重要性を認識しています」と述べた上で、これからの経過については自分たちにもどうなるかはわからないと語りました。
・つづき
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