ミトコンドリアは単なる細胞小器官ではなく「生命」だと科学者が考える理由とは?
ミトコンドリアはほぼすべての真核生物の細胞内にある細胞小器官であり、体のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(ATP)を産生する働きを持っています。そんなミトコンドリアは細胞とは別に独自の遺伝子を有し、自立的に分裂・増殖するといった特徴があり、その起源は共生した細菌だったと考えられています。「ミトコンドリアは単なる細胞小器官ではなく、独自の『生命』だと考えられる」という説について、マサチューセッツ工科大学(MIT)の計算システム生物学プログラムの博士課程学生であるリアム・チタヤット氏が解説しました。
Mitochondria Are Alive - Asimov Press
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アメリカの進化生物学者であるリン・マーギュリス氏は1967年に発表した論文で、「約15億年前に原始的な真核生物が酸素を利用する細菌を取り込み、宿主が細菌に栄養と保護を提供し、細菌が宿主にエネルギーを供給する共生関係になり、それが現代のミトコンドリアや葉緑体につながった」とする細胞内共生説を唱えました。
当初、この説はばかげているとして非難されましたが、徐々にミトコンドリア内の膜構造や分子機構が現存する細菌とよく似ているなどの証拠が見つかったことで、「ミトコンドリアは共生細菌が細胞小器官に進化したもの」という説は広く受け入れられています。
チタヤット氏はさらに一歩進んで、「ミトコンドリアは単なる細胞小器官ではなく、それ自体が生命体である」と主張しています。ミトコンドリアが細胞小器官なのか、それとも生命なのかという違いは、一見するとささいな問題に思えるかもしれません。しかし、チタヤット氏は「ミトコンドリアを非生物と定義することは単なる分類上の誤りでも、言葉の選択の問題でもありません。むしろ、それはミトコンドリアの性質と役割についての根本的な誤解です」と述べています。
生命についての定義は生物学者らが長年議論しており、大きく分けて「代謝・成長・刺激に対する反応・生殖・情報の処理能力・進化する能力などの特性に焦点を当てた定義」と、「物質とエネルギーを周辺環境と絶えず交換し、高度に組織化された構造を維持し続ける存在とする熱力学的な定義」があります。ミトコンドリアはこれらいずれの定義に当てはめても、明らかに「生命」に分類されるとチタヤット氏は主張しています。
ミトコンドリアは独自のゲノムを持ち、細胞の核とは異なる生体分子を使用して独自の遺伝子を発現しています。また、バクテリアと同じように二元分裂を通じて複製・分裂しており、宿主とは異なるプロセスでDNAが変異(進化)していることから、バクテリアを生命体として捉える場合、ミトコンドリアを生命体と捉えないことは不自然です。
熱力学的観点から見ると、ミトコンドリアは宿主細胞からグルコースや脂肪酸といった低エントロピーな物質を取り込み、二酸化炭素や水といった高エントロピーな物質を排出しています。その過程で内部の熱力学的バランスを維持し続けて、副産物として産出されるATPを人間などの生物が利用しています。このような環境との相互作用は、その他の細胞が行っていることと同じであり、熱力学的観点から見ても生命体とミトコンドリアの区別を付けるのは難しいとのこと。
これらの証拠があるにもかかわらずミトコンドリアを生命体と認めない人々は、「ミトコンドリアは生物の細胞内でしか存在できず、代謝や分裂などを独立しておこなっているわけではないから」と主張しています。しかし、地球上に住むほとんどの生物もミトコンドリアと同様に、特定の環境から切り離されては生きていけません。
たとえば人間の胎児は子宮内で何カ月も過ごし、途中で子宮の外に出ると生命を維持することはできません。また、リケッチアという細胞はダニやシラミなどの細胞内でしか増殖できず、宿主の細胞から取り出されると急速に死滅してしまいます。
チタヤット氏は、「すべての生物は進化し、環境や生物学的システムの中に組み込まれて生きています。そして、異なる生物はさまざまな層に組み込まれているのです」と述べています。その上で、生物は特定のシステムに適応して生きられるように進化しているものの、別のシステムに組み込まれてもしばらく生きられることがあります。実際、ミトコンドリアは宿主の細胞間を移動することがわかっているほか、過去にはチンパンジーやゴリラのミトコンドリアを人間の細胞に移植するという実験にも成功しています。
チタヤット氏は、近年はDNAを操作する遺伝子編集技術が発達している一方で、ミトコンドリアが関与する生物学的エネルギーを操作するツールは開発されていないと指摘。ミトコンドリアに対する理解を深めることで、ミトコンドリアの機能不全が関与する脳の炎症やパーキンソン病などの治療が進展する可能性があるとのことです。
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