サイエンス

致死率ほぼ100%の「脳食いアメーバ」に感染した少年の命を救った医師が治療の経緯を語る


サイエンス系ニュースサイトのLive Scienceが、ネグレリア・フォーレリ、いわゆる「脳食いアメーバ」に感染した少年の治療にあたった医師にインタビューを行い、有効な治療法が確立されていないこの致命的な感染症との苦闘やそこから得られた経験、脳食いアメーバに感染しないための注意点について聞き取りました。

This is what it's like to treat a 'brain-eating' amoeba infection | Live Science
https://www.livescience.com/health/this-is-what-its-like-to-treat-a-brain-eating-amoeba-infection

ネグレリア・フォーレリは温かい淡水の湖や川、温泉に生息しており、水と一緒に鼻から体内に入ると脳に侵入して原発性アメーバ性髄膜脳炎を引き起こします。この感染症の生還者はほとんどおらず、致死率は97%以上とのこと。また、近年の気候変動により生息域が拡大していることが問題視されています。

テキサス大学健康科学センターの小児科教授のデニス・コンラッド氏は、記事作成時点では医療現場から引退していますが、テキサス州サンアントニオの病院に勤務していた2013年8月に、ネグレリア・フォーレリに感染した8歳の少年が緊急搬送されてきました。以下は、Live Scienceがインタビューの際に行った質問とコンラッド氏の回答です。

Q:
男の子の身に何が起きたのでしょうか?

コンラッド氏:
彼は、夏の間はメキシコに住む母親と過ごしていました。親子は、「colonias」と呼ばれるアメリカとの国境付近の粗末な集落に住んでおり、入浴や洗濯に使う生活用水は自然の水源が頼りでした。

その子はリオグランデ川の支流で泳ぐのが好きだったので、川で泳いで感染したと考えられます。問題のアメーバは、大腸菌などの細菌を餌にすることが特徴のひとつです。つまり、下水で汚染された地域はアメーバの繁殖に好都合なのです。


Q:
病院に運び込まれてきた時、その子はどのような状態でしたか。

コンラッド氏:
彼の精神状態は著しく悪化しており、痛みなどの基本的な刺激には反応していましたが、人とのコミュニケーションのような周囲の環境との相互作用は見られませんでした。彼はメキシコのいくつかの診療所で診察を受けていましたが、当初は発熱、頭痛、全身の倦怠(けんたい)感、食欲不振といったウイルス性疾患ともほかの疾患とも区別できない症状を呈していたため、何も治療されず、または抗菌薬の注射だけ打たれて家に帰されました。

しかし、病状が悪化するにつれて頭蓋(ずがい)内圧の上昇、嘔吐(おうと)、傾眠などの症状が見られ始め、最終的には従来の外来治療では効果がない進行性の重篤な病気であることが判明しました。


そして、彼は国境の医療機関で診察を受けた後、重症ということでサンアントニオの病院を紹介され、髄膜炎の兆候と症状があることが判明しました。細胞診をしているうちに、脳脊髄液にアメーバ状のものが見えるという人もいました。

Q:
なぜ細菌がそのような髄膜炎を起こすのですか?

コンラッド氏:
この病原菌は単細胞ながら複雑な生物で、人体はそれを自分たちの細胞ではないと認識するので、免疫による炎症反応が起きます。おそらく、患者がこれほど明白な症状を呈する主な理由は、病原体に対する宿主の深刻な炎症反応です。この反応の過程で、ニューロンやその他の中枢神経系の細胞が偶発的、あるいは副次的な損傷を受けます。

理解を深めるための余談ですが、髄膜炎による損傷の多くはアメーバ特有のものではありません。インフルエンザ菌による細菌性髄膜炎などでも重篤な症状や永続的な後遺症が引き起こされ、場合によっては死に至ることもありますが、これは細菌が起こす直接的な影響ではなく、宿主の炎症反応によるものだと考えられてきました。


Q:
その子はどのような治療を受けましたか?

コンラッド氏:
イディッシュ語で「gemish(混合)」と呼ばれる薬剤の組み合わせで治療しました。私は以前、アメーバ性髄膜炎で亡くなった2人の少年をみとったことがあるので、それなりの経験はありました。まるで最後の戦争を戦った将軍のようなものですね。その際に何が失敗したのかを思い出して、なんとかしようと考えました。

ミルテホシンという薬剤が使える初めてのケースの可能性がありましたので、早朝にアトランタに電話をかけて、疾病予防管理センター(CDC)から使用許可を取り付けました。というのも、その薬は試験的な場合でしか使用が認められないからです。そして、その日の午前11時頃だったと思いますが、その薬を受け取って治療を開始しました。

とはいえ、最終的に彼が生き延びることができたのは、脳の膨張や脳浮腫による頭蓋内圧亢進(こうしん)を緩和したことでしょう。朝早く脳外科医を呼んで、脳内の脳室という空間から液体を機械的に排出する第三脳室ドレナージを頭の両側に挿入し、圧力を軽減する仕組みを作りました。


過去に私が治療にあたって亡くなった2人の子どもは、最終的に脳浮腫の合併症で命を落としました。脳浮腫はやがて脳ヘルニアへと発展し、脳幹を圧迫し、脳幹の障害による心肺停止が直接の死因となったのです。そこで、圧迫を回避することでそのような致命的な事態の発生を防ぎ、抗感染症薬のカクテルを作用させることができたのです。

治療開始から約36時間後には、定期的にドレーンから採取していた脳室液からアメーバが見られなくなりました。実際に体外に排出された液体を採取してそれを検査できたので、アメーバを死滅させたという証拠が得られたわけです。

しかし、脳内にはまだ死んだ細胞のタンパク質が漂っていますので、炎症反応との戦いは続きました。これにはコルチコステロイドが役に立ったと思います。コルチコステロイドは浮腫をある程度軽減し、抗炎症効果も発揮します。

Q:
非常にまれな感染症なので、気づくのは難しいと思われますが、実際にそうなのでしょうか?

コンラッド氏:
疑うべき指標があり、適切な環境があれば、かなり早い段階で診断できると思います。私のように経験がある場合は特にそうです。

Q:
男の子の回復にはどのくらい時間がかかりましたか?入院期間はどのくらいだったのでしょうか?

コンラッド氏:
私はコンサルタントの医師ですので、彼がクリティカルケアから離れた後は連絡がつかなくなりましたが、入院期間は3週間ほどだったようです。その後、彼は熟練の看護師によるケアと、リハビリを受けなければなりませんでした。というのも、彼は一命を取り留めたものの、治療開始前に起きた炎症のダメージで完全には回復しなかったからです。


Q:
このような感染症を心配する親たちに対して、一般的にどのようなアドバイスをしますか?

コンラッド氏:
感染を避けるのが最善でしょう。重要な事に、水を塩素消毒すれば十分アメーバは殺せます。遊離塩素が最低10ppm(1リットル中10mg)もあれば十分だと思いますので、塩素処理された水で泳ぐのであれば心配する必要はありません。

また、このような生き物は高い濃度の塩分に耐えられませんので、海水浴もいいでしょう。アメリカでの報告を見ると、南部の温暖な州での感染例が多いです。もしアメーバがいるような水域で泳ぐ際は、水に潜るのを避け、できれば頭を水の中に入れるのも控えた方が賢明です。というのも、鼻腔(びくう)に水が入ると物理的に篩板(しばん:鼻腔の天井にある骨)に水がかかり、アメーバが脳へと移動してしまうからです。

特に気をつけて欲しいのは、大腸菌が多いから泳がないようにという警告がある場合です。そのような水の中は、アメーバ用のフードコートのような場所ですから。


最後に注意すべき点は、水の流れの速さです。アメーバは木の葉のような植物質がたっぷりと含まれた、よどんだ水を好みます。ですので、流れの速い川で泳ぐ分にはアメーバに感染する心配は要りません。

このような感染症は予防が重要で、理想的なのはリスクを完全に回避することですが、もし危険にさらされる可能性があるのなら、リスクが大きい場所を認識するといいでしょう。もっとも、この病気はアメリカでは1年に平均10人も発症していない珍しいものですので、子を持つ親はもっと別の危険を心配すべきです。

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in サイエンス, Posted by log1l_ks

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