「ドーピングやり放題のオリンピック」に専門家が反対するのはなぜか?
7月26日に開会式が行われる2024年パリオリンピックでは選手のドーピングが厳しく監視されますが、中には「どうせならドーピングOKのオリンピックみたいな大会があってもいいのに」と思ったことがある人もいるはず。事実、薬物を使い放題の大会を催す計画が現実のものとなりつつありますが、それは非常に危険なアイデアであると専門家たちが警鐘を鳴らしています。
Olympics on Steroids? Experts Slam Enhanced Games as 'Extremely Dangerous'. : ScienceAlert
https://www.sciencealert.com/olympics-on-steroids-experts-slam-enhanced-games-as-extremely-dangerous
スポーツでのドーピングは悪だと考えている人がほとんどかもしれませんが、すでに「ドーピングありのオリンピック」の実現に向けた動きは進められています。オーストラリアの実業家であるアーロン・ドソウザ氏はアスリートの薬物検査を行わない「Enhanced Games」を2025年に開催する計画を打ち出しており、2024年1月にはPayPalの共同創業者であるピーター・ティール氏もEnhanced Gamesに投資したことが明らかになりました。
Enhanced Gamesは、オリンピック委員会やアンチ・ドーピング機構による薬物検査は抑圧的な一方で効果が薄く、トップアスリートの間ではドーピングがまん延しているようだと指摘。また、アスリートが検出を避けるためにリスクの高い薬物に手を出す危険性もあり、薬物検査は結果的にアスリートの健康を危険にさらすと主張しています。
ドソウザ氏は、「はっきりさせておきましょう。薬物検査は公平性のためのものであり、安全性のためのものではありません」「Enhanced Gamesでは適切な医学的予防措置の下でパフォーマンス強化薬物の使用を奨励しています。これは人間の体が真に可能なことを示し、人類を進化させる機会なのです」とコメントしました。
また、Enhanced Gamesは参加するすべてのアスリートに報酬を支払うことを約束しており、陸上の100m走と水泳の50m自由形で世界新記録を樹立した最初の選手に対し、100万ドル(約1億5000万円)を支払うと発表しています。こうした発表を受けて、オーストラリアの元オリンピック代表であり世界水泳選手権の男子100mで2011年・2013年に連覇したジェームズ・マグヌッセン氏は、Enhanced Gamesに出場する意向を示しています。
大きな注目を集めつつあるEnhanced Gamesですが、専門家からは懸念する声が上がっています。ノルウェー・オスロ大学病院の医学研究者であるアストリッド・クリスティーン・ビョルネベック氏は、Enhanced Gamesが実現する可能性があると知ってショックを受けたとのこと。
筋肉増強剤のアナボリックステロイドが重量挙げ選手の脳に与えるダメージを研究するビョルネベック氏は、ドーピングありの大会が薬物の際限ない使用を引き起こす可能性があると指摘。また、ステロイドと総合格闘技などの格闘技が組み合わさると、競技中にアスリートが死亡するリスクが大幅に高まるだろうとビョルネベック氏は警告しました。
これに対しEnhanced Gamesは、参加するすべてのアスリートの健康状態を継続的に監視することで、通常のオリンピックよりも安全なスポーツイベントになると主張しています。Enhanced Gamesの公式サイトでは、心エコー図や血液検査、遺伝子シーケンシングといった検査を組み合わせて安全を確保すると説明されています。
しかし、ノルウェーのベルゲン大学でステロイド中毒の研究をしているドミニク・サゴエ氏は、Enhanced Gamesが危険を及ぼすのは参加するアスリートだけではなく、社会全体に悪影響が広まる可能性を懸念しています。サゴエ氏は、Enhanced Gamesに触発された子どもたちがステロイドの服用を始めたり、ステロイドの副作用で怒りの制御が難しくなって事件を起こしたりするリスクがあると指摘。「私たちはその結果を想像することさえできません。これは笑い事ではないのです」と述べました。
また、薬物検査のないスポーツイベントの開催は参加するアスリートの自由度を高めるのではなく、「勝つためにドーピングを使わなきゃいけない」とプレッシャーを与えるリスクもあるとのこと。イギリスのスウォンジー大学でスポーツ倫理を研究するジョン・ウィリアム・ディバイン氏は、「もしドーピングの使用制限を撤廃したら、アスリートはコーチやチームメイト、政府、あるいはスポンサーから圧力をかけられ、本来は取らなかったようなリスクを取るようになるのでしょうか?」と疑問を提起しています。
オーストラリアのディーキン大学でステロイドを研究するマシュー・ダン氏は、最善の努力にもかかわらずオリンピックのような大会は必ずしもクリーンではないと認め、人体が「強化(Enhanced)」された際に何が起きるのかを見るのも興味深いとしています。その上で、「一般の人々は注射器によるドーピングではなく、能力・勤勉さ・献身による成果を依然として好んでいると思います」と述べ、すぐにEnhanced Gamesの人気がオリンピックを上回ることはないだろうという見解を示しました。
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