サイエンス

プロの自転車競技者がドーピングの使用を疑われた結果どうなったかの戦いの記録


プロサイクリストのリジー・バンクス氏は、女性の自転車レース大会「Giro d'Italia Women」を2019年と2020年に連覇するなど、華々しい成績を飾ってきました。しかし2023年7月に、ドーピング検査で複数のドーピングの陽性反応が現れたことで、バンクス氏の選手生命は一転しました。

Lizzy Banks. This story must be heard. – Lizzy Banks
https://lizzybanks.co.uk/2024/05/15/hello-world/


2023年7月、バンクス氏の元にイギリスアンチ・ドーピング(UKAD)から「親愛なるバンクス氏、UKADは、プライベートで機密のメッセージをあなたに送信する必要があります。このメールアドレスでメールを受信できることを確認してください」とのメールが届きます。

確認のメールを送信したバンクス氏にはその後、「アンチ・ドーピング規則違反(ADRV)の可能性があるため、一時的に大会への出場停止処分を下しました」との内容を含む通知が届きました。また、「検査の結果、ホルモテロールクロルタリドンの陽性反応が示されました」との詳細も記載されていました。


長年ぜんそくを患っていたバンクス氏は、4年間に渡りぜんそく治療薬として「ホルモテロール」を服用していました。しかしバンクス氏によると、服用していたホルモテロールの量はADRVのしきい値を上回る値ではないとのこと。また、高血圧などの治療に使われる利尿薬のクロルタリドンを含む医薬品を服用した覚えはなかったそうです。

突然の出場停止処分に、強い混乱や無力感を覚えたバンクス氏ですが、アンチ・ドーピング専門家のマイク・モーガン氏らの協力を得て、「なぜ禁止薬物の陽性反応が現れたのか」について調査を始めました。

バンクス氏はまず、「摂取したはずのないクロルタリドンが検出された」要因について調査を進めます。その結果、「汚染された水を飲んだ結果」という可能性が浮上します。実際に、バンクス氏が住む家の付近には、レマン湖という巨大な湖が存在しています。レマン湖は「世界で最も美しい湖」とたたえられることもありますが、これまでに、少なくとも50トン分の薬剤と12トン分の農薬が溶け込んでいるとの研究結果が発表されています。


レマン湖は水道水の水源として使われているため、飲料水として利用するにあたっての処理が不完全で残ったクロルタリドンが体内に蓄積され、検査で反応してしまったのではないかとバンクス氏らは分析しました。これまでにも、プロサイクリストのジャック・バーク氏が、薬物汚染された水を摂取した結果、利尿剤の一種であるヒドロクロロチアジドの陽性反応が現れる事例などが発生しています。

世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が掲げる「アンチ・ドーピング・プログラムは、アスリートの健康を保護し、禁止物質などを使用することなく、アスリートが人間の卓越性を追求する機会を提供することを目的としています」という(PDFファイル)世界アンチ・ドーピング規定に対し、バンクス氏は「WADAは、汚染された水を服用したために出場停止処分を受けることを防ぐための適切な保護やメカニズムを提供していません」と批判しています。

また、バンクス氏は「汚染された水に禁止薬物であるクロルタリドンが含まれていることをご存じですか?」とWADAに質問したところ、「クロルタリドンは水の汚染物質としては知られていません。そのため、WADAの汚染物質作業部会はクロルタリドンを例外物質として検討するつもりはありません」と回答。また、「WADAは、クロルタリドンを含むその他の禁止物質で汚染されていると主張または発見された全ての製品のログを保持しているわけではありません」と述べています。


これに対しバンクス氏は、「私は激怒し、打ちのめされ、強い無力感やショックを受けました。WADAが選手の人生を引き裂くようなテーマについて考えが浅いことに非常に失望しました」と語りました。

その後、バンクス氏はクロルタリドンの汚染源となる物質の調査を行い、膨大な量の科学的証拠や文書、研究、判例などをUKADに提出。自身のクロルタリドン汚染は責任に問われないことを主張しました。


一方のUKADは「バンクス氏の主張は誤りである」との回答を提示。バンクス氏は「UKADからの回答には事実誤認が多数散見されました」「本当に時間の無駄でした」と述べています。

しかし、アンチ・ドーピング検査でクロルタリドンの陽性反応が出る選手が相次いだことでバンクス氏に対する風向きは一転します。クロルタリドンの陽性反応が出た選手の毛髪を分析すると、該当のアスリートが意図的にクロルタリドンを使用していないことを証明する結果が現れました。そして、バンクス氏の毛髪からも同等の結果が確認され、UKADはこれまでの態度を一変します。

最終的にUKADはバンクス氏に対し「バンクス氏に過失がないと判断したため、制裁や資格停止には当たりません」と通告。2024年4月、バンクス氏の元には「UKADは2023年7月28日にバンクス氏に下した一時的な出場停止処分を解除しました。このメールを受け取った時点で、あなたが競技に戻るのは自由です」とのメールが届いています。


なお、バンクス氏は「今回の一件によって、私たち夫婦は貯金を全て使い果たし、精神的に深い傷を負いました。また、制裁が解除されたからといって『何の役にも立たない』数カ月を送ったのは確かです」と述べ、自転車競技からの引退を表明しています。

この記事のタイトルとURLをコピーする

・関連記事
アスリートはバレにくい不正行為として「遺伝子ドーピング」を行うようになるかもしれない - GIGAZINE

市販のダイエットサプリからドーピング禁止薬物が検出される、「覚せい剤のカクテル」となっているサプリも - GIGAZINE

ロシアが支援するハッカーグループが世界中の反ドーピング組織を攻撃していたことが判明 - GIGAZINE

オリンピックの正式種目化も検討される「eスポーツ」の先進国を目指して日本ではどんな取り組みが行われているのか? - GIGAZINE

in サイエンス, Posted by log1r_ut

You can read the machine translated English article here.