サイエンス

「民間人の遺灰を月に埋葬するビジネス」が抱える問題とは?


2024年1月に打ち上げられたアメリカの民間無人月着陸船「ペレグリン」は、NASAが開発した科学機器の他に民間のペイロードも積載しており、その中には「スター・トレック:宇宙大作戦」の生みの親として知られるジーン・ロッテンベリーなどの遺灰も含まれていました。商業的な宇宙開発が活発化する中で、「遺灰を月に埋葬するビジネス」が引き起こす問題についてオーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ大学で宇宙生物学教授を務めるキャロル・オリバー氏が解説しています。

You can pay to have your ashes buried on the moon. Just because you can doesn’t mean you should
https://theconversation.com/you-can-pay-to-have-your-ashes-buried-on-the-moon-just-because-you-can-doesnt-mean-you-should-220664


ペレグリンはアメリカの宇宙開発企業であるAstrobotic Technologyが開発した民間無人月着陸船であり、2024年1月8日にフロリダ州のケープカナベラル宇宙軍基地から打ち上げられました。ペレグリンにはNASAが開発したさまざまな測定装置やカーネギーメロン大学の小型月面ローバー、メキシコやドイツの科学ミッションが開発した機器のほか、宇宙開発とは直接関係ない民間のペイロードも積載されていました。

ペイロードの中でも特に注目を集めたのが、宇宙葬サービス企業のElysium SpaceCelestisが顧客から預かった遺灰です。その中には「スタートレック:宇宙大作戦」の出演者や、原案および製作総指揮を務めたロッテンベリーの遺灰が入ったカプセルも含まれていました。

実は、「遺灰の入ったカプセルを宇宙に送り出す」というビジネスは以前から行われており、Elysium SpaceやCelestisは遺灰を宇宙空間や地球周回軌道に打ち上げるビジネスを数千ドル(数十万円)から請け負っています。ペレグリンに遺灰を積載して月に送り込む「月面葬」は、約1万3000ドル(約195万円)からと比較的高額でした。

しかし、「月に遺灰の入ったカプセルを打ち上げる」という試みは、月を神聖なものとみなすアメリカの先住民・ナバホ族の反発を引き起こしました。ナバホ族の準自治領であるナバホ・ネイションブウ・ナイグレン氏は、「月面に遺骨を置くことは、私たちが崇拝するこの天体に対する強い冒とくです。この行為は特に1998年の月探査機『ルナ・プロスペクター』ミッションの後、NASAとナバホ・ネイションの間で交わされた尊敬と協議に関する過去の合意や約束を無視するものです」と公式に抗議しています。


1998年に打ち上げられた月探査機のルナ・プロスペクターには、アメリカの天文学者であるユージン・シューメーカー氏の遺灰が積載されていました。シューメーカー氏は「いつか宇宙飛行士となって月面を歩きたい」と願いつつ交通事故で不慮の死を遂げた人物で、残された人々がシューメーカー氏の望みをかなえるため、遺灰を月探査機に積載して「月面葬」を試みたというわけです。実際にシューメーカー氏は、記事作成時点で唯一の「月面に埋葬された人物」となっています。

人類史上でただ一人だけ月面に埋葬された人物とは? - GIGAZINE


当時、ナバホ族はシューメーカー氏の遺灰を月に送ったことに抗議したため、NASAは遺灰を月に送り込む今後のプロジェクトについて協議することを約束しました。しかし、NASAはナバホ・ネイションからの抗議を受けた後の記者会見で、ペレグリンのミッションはアメリカ政府ではなく民間主導のものであり、NASAはペレグリンが積載したペイロードを監督していないと説明しています

アメリカ本土から打ち上げられる商業ペイロードには承認が必要ですが、その承認プロセスは安全・国家安全保障・外交政策のみを対象としており、これらに抵触しない遺灰の打ち上げは差し止められないとオリバー氏は指摘しています。


なお、ペレグリンは打ち上げ後に推進システムの問題に見舞われ、燃料漏れが起きていることが判明。月までたどり着くことは不可能だと判断されたペレグリンは、現地時間の1月18日に大気圏へ再突入して燃え尽きました。

アポロ以来の月着陸目指した「ペレグリン」失敗、大気圏に落下 - CNN.co.jp
https://www.cnn.co.jp/fringe/35214122.html


結果的に、ペレグリンに積載された遺灰が月に埋葬されることはありませんでした。しかし、宇宙開発がますます商業化される中で、遺灰などの個人的な物品を月などの天体に送り込むことの倫理的・法的な問題が浮上しつつあるとオリバー氏は指摘しています。

1967年に発効した「月その他の天体を含む宇宙空間の探査及び利用における国家活動を律する原則に関する条約(宇宙条約)」では、宇宙は全人類の領域であると宣言され、特定の国家が私的に扱うことを禁止しています。しかし、これはあくまで国家を対象にした条約であり、民間企業や個人の動きを規制するものではありません。また、記事作成時点で32カ国が署名しているアルテミス合意では歴史的に重要な月面の保護を拡大していますが、これも商業ミッションには適用されません。

インドネシアやニュージーランドなど一部の国々では、国益に反するペイロードの積載を拒否する宇宙法がありますが、アメリカやオーストラリアなどの国々ではそのような規制がないとのこと。すでに人類は宇宙空間や月、火星などに大量の人工物を送り込んでおり、その中には「アポロ計画の宇宙飛行士が持ち込んだもの」などの文化的な価値があるものも含まれます。しかし、ビジネスで送り込まれた民間人の遺灰や髪の毛といった物品は、文化的・歴史的な価値がないかもしれないとオリバー氏は考えています。

オリバー氏は、「私たちは民間宇宙事業の時間を戻すことはできませんし、戻すべきでもありません。しかし、灰と虚栄のペイロードを載せて失敗したこのミッションは、商業活動を支える法的・倫理的インフラに未解決の問題があることを示しています。小惑星の採掘や最終的な宇宙の植民地化といった将来的な宇宙の商業化について、一度立ち止まって考えてみる価値があるでしょう」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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