人類が月面の環境を変える時代が来たことで月の新たな地質学的時代「月人新世」に突入したと研究者が主張
by NASA's Marshall Space Flight Center
1959年、ソビエト連邦が打ち上げた宇宙船であるルナ2号が、人類の作った物体として初めて月面に到達しました。それ以降、人類は100機を超える月面探査機や有人宇宙船を月に送り込み、アポロ計画では宇宙飛行士が実際に月面へ降り立つなど、人類は月面の環境を大きく変えてきました。こうした状況を受けてアメリカ・カンザス大学の地質学者であるジャスティン・ホルコム氏らは、月が新たな地質学的時代「Lunar Anthropocene(月人新世)」に突入したと、査読付き学術誌のNature Geoscienceに掲載された論文で主張しています。
The case for a lunar anthropocene | Nature Geoscience
https://www.nature.com/articles/s41561-023-01347-4
Scholars say it’s time to declare a new epoch on the moon, the ‘Lunar Anthropocene’ | The University of Kansas
https://news.ku.edu/2023/12/08/scholars-say-its-time-declare-new-epoch-moon-lunar-anthropocene
Humans are changing the moon's surface so much it's entered a new geological era, scientists say | Live Science
https://www.livescience.com/space/the-moon/humans-are-changing-the-moons-surface-so-much-its-entered-a-new-geological-era-scientists-say
地質学的な年代でいえば、現代は約1万年前から続く完新世に当たります。ところが近年、人類によって引き起こされた地球温暖化や生物の絶滅、核実験による堆積物の変化といった影響に注目し、より現代に近く狭い範囲を「人新世」と呼ぶ動きがあります。
これに対しホルコム氏らは、「月面の地質学的過程における自然的背景を、人類の文化的プロセスが上回り始めています」「人類による月面への影響について、手遅れになる前に議論を始めることを私たちは目指しています」と主張し、月の新時代を「月人新世」と名付けました。
人新世の始まりについてはさまざまな説があり、「産業革命の開始時点」をスタートとする派閥もあれば、「最初の原子爆弾が爆発した時点」を起点に置く派閥もあります。しかし、月人新世の始まりについてはより明確であり、1959年に「ルナ2号」が人工物として初めて月面に衝突し、最初の人工クレーターが形成された時点を起点としています。
by NASA's Marshall Space Flight Center
初めて月面に人工物が到達して以降、月探査機やその車輪の跡、人類の足跡、宇宙飛行士が打ったゴルフボール、旗、排泄物の入った袋など、人類はさまざまなものを月面に残してきました。
一見すると大した物量ではないように思えますが、研究チームはこうした人類の活動は見かけ以上に重要な意味を持っていると指摘。そもそも月面には大気や活発な地殻変動がないため、月面の岩石や地表は風や雨による浸食を受けません。そのため、一度隕石(いんせき)などが衝突してクレーターができると、地球とは異なり数百万年~数十億年もその痕跡がクレーターとして残り続けます。つまり、人類が月面に及ぼす影響も、基本的には半永久的なものになるわけです。
日本時間の2024年1月20日にはJAXAの月探査機「SLIM」が月面着陸を果たしたばかりであり、今後もNASAの有人月探査ミッションであるアルテミス計画が2026年に計画されているほか、中国やインドも有人月探査を計画しています。そのため、「人類が月に影響を及ぼしている」という認識を持つことには価値があると、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンのジャン・ピーター・ミュラー教授は指摘しています。
また、研究チームが月人新世を提唱することの目的は、人類が月面に影響を及ぼしている自覚を促すだけでなく、人類の重要な「宇宙遺産」の保護に目を向けさせるという点にもあるとのこと。すでに地球上で人類の祖先が残した遺物や芸術を保存する機運が高まっているのと同様に、太陽系に進出したことを示す人類の遺物も保存されるべきだと研究チームは主張しています。
ホルコム氏は、「私たちの研究で繰り返されているテーマは、『月の資源と人類が残した痕跡はいずれも貴重なものであり、私たちが保存に尽力している考古学的記録のようなものだ』というものです。月人新世というコンセプトは、私たちが月面に与える影響や歴史的遺物の保存について、認識と熟考を促すことを目的としています」とコメントしました。
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