キューブリックの傑作映画「時計じかけのオレンジ」の原作者アンソニー・バージェスが小説執筆を後悔したのはなぜか?
by K嘛
アンソニー・バージェスのSF小説「時計じかけのオレンジ」は、仲間と共に暴力犯罪を繰り返して刑務所に入った15歳の少年アレックスが、ルドヴィコ療法という人格矯正治療を受ける話です。映画監督のスタンリー・キューブリックが同名の映画を制作したことで世界的に有名な文学作品になりましたが、原作者のバージェスは後に執筆を後悔していたとのことで、その経緯についてスペインの大手新聞であるエル・パイスがまとめています。
‘I should not have written ‘A Clockwork Orange’’: How Anthony Burgess came to disown his own novel | Culture | EL PAÍS English
https://english.elpais.com/culture/2024-01-29/i-should-not-have-written-a-clockwork-orange-how-anthony-burgess-came-to-disown-his-own-novel.html
映画「時計じかけのオレンジ」では、クラシック音楽をバックに陰惨な暴力描写が繰り広げられ、世界中の観客に大きな衝撃を与えました。また、ルドヴィコ療法を受けて一時は暴力や性行為を想像すると生理的嫌悪感を覚えるようになったアレックスが、最終的には元の残虐な心を取り戻すという展開も、自由と管理社会の衝突に対する風刺的な側面が強いものでした。「時計じかけのオレンジ」というタイトルは、アレックスがルドヴィコ療法で強制的に道徳的人間に変えられたように、果汁や甘味がある生物に機械的な道徳を適用する行為を暗示しているとのこと。
キューブリックの映画が世界中で話題となった後、新聞には「『時計じかけのオレンジ』強姦魔の一味を警察が追う」「『時計じかけのオレンジ』戦争で子どもが死ぬ」など、若者による苛烈な暴力や性犯罪を「時計じかけのオレンジ」と結びつける言説が増加したそうです。
原作者のバージェスは、イギリスの小説家であるD・H・ローレンスの伝記「Flame into Being(存在の炎)」の中で、「(『時計じかけのオレンジ』の)誤解は死ぬまで私を追いかけます。誤読される危険性があったので、この本を書くべきではありませんでした」と、ローレンスの問題作「チャタレイ夫人の恋人」になぞらえて書いています。バージェスは、「バチカンで修道女がレイプされたら、新聞社から私に電話がかかってきます」と述べ、「時計じかけのオレンジ」のせいで自分が暴力の専門家扱いされてしまったと愚痴をこぼしています。しかし、バージェス氏は問題の根本は小説ではなく、キューブリックの映画の方にあると主張していました。
1986年にアメリカで「時計じかけのオレンジ」が再刊された時の序文では、「私が初めて『時計じかけのオレンジ』という小説を発表したのは1962年で、世界の文学的な記憶から抹消されるには十分な過去であるはずです」と述べ、作品が大衆の注目を喚起し続けたのはキューブリックの映画の影響だと指摘。また、「私自身はさまざまな理由から、この作品と縁が切れたらうれしいと思っています」「不幸なことに、私の風刺的な本は原罪の毒気をまとった悪い卵のように臭かったため、多くの人にとって魅力的に映ったのです」と述べ、小説自体に芸術的価値はないと否定的な見解を示しています。
映画の「時計じかけのオレンジ」が話題になる中で、バージェスは自然と映画の広報担当者的な役割も果たすようになり、いくつかの式典にも出席したとのこと。しかし、こうした活動はバージェスを疲弊させ、映画の主演を務めたマルコム・マクダウェルと2人でメディアの前に出て映画に関する論争について話させられた出来事もきっかけとなり、バージェスとキューブリックの関係は悪化したそうです。
また、「時計じかけのオレンジ」はバージェスの原作小説もキューブリックの映画も大筋は同じですが、原作小説にある「第21章」ではアレックスが改心するパートとなっているのに対し、映画版にはそれがない点が大きな違いです。同じ小説版でも、アメリカで刊行されたバージョンには第21章が含まれていません。この理由についてエル・パイスは、「最後の部分がないのはアメリカ人編集者が介入した結果であり、その前のページで示された結果の方が示唆に富んでいると考えてその章を削除しました。キューブリックも同じように考えていたのです」と説明しています。
映画版やアメリカ版では、アレックスはルドヴィコ療法により抑圧された暴力衝動を取り戻し、再び犯罪を犯すことができるようになったことが示唆されます。しかし、その後に続く第21章では、アレックスはすでに家庭を築いたかつての仲間と再会し、自らの人生を振り返った上で暴力から離れる決意をします。そのため、映画版と原作小説では、鑑賞者が受け取るメッセージも異なるものになっているというわけです。
2023年に公開されたドキュメンタリー映画「Orange mécanique, les rouages de la violence(時計じかけのオレンジ:予言)」によると、バージェスが生前に書いた自伝的原稿には、小説のテーマは犯罪を賛美するものではないと記されていたとのこと。バージェスは原稿の中で、「すべての芸術作品は危険です。私の小さな息子は、ディズニーの『ピーターパン』を見た後に空を飛ぼうとしました。彼が4階の窓から飛び立とうとした瞬間、私は彼の足をつかみました」と述べたそうです。
マドリード・コンプルテンセ大学の英文学研究者であるエドゥアルド・オヤルスン氏は、「この映画を取り巻く評判が彼には気に入らなかったのです。それは主観的な反応だったと思います。この小説は間違いなく、作者を超越した大衆的で文化的な現象となりました。アンソニー・バージェスの他の本の名前を言える人が何人いるのか、周囲に聞いてみてください」とコメントしました。
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