死体から抽出した成長ホルモンを投与する治療のせいでアルツハイマー病が「伝染」してしまった可能性
記憶力や認知能力が低下するアルツハイマー病は遺伝子や環境、生活習慣といったものが原因で発症することがわかっています。新たに、2024年1月29日に学術誌のNature Medicineに掲載された論文では、「医学的処置によってアルツハイマー病が伝染した可能性がある症例」が報告されました。
Iatrogenic Alzheimer’s disease in recipients of cadaveric pituitary-derived growth hormone | Nature Medicine
https://www.nature.com/articles/s41591-023-02729-2
First-ever transmitted Alzheimer’s cases reported in new study
https://www.statnews.com/2024/01/29/first-transmitted-alzheimers-disease-cases-growth-hormone-cadavers/
Alzheimer’s can pass between humans in rare medical accidents, suggests study | Alzheimer's | The Guardian
https://www.theguardian.com/society/2024/jan/29/alzheimers-can-pass-between-humans-in-rare-medical-accidents-suggests-study
20世紀後半、小児期に低身長症を治療するための成長ホルモン投与を受けた人々が、クロイツフェルト・ヤコブ病というまれな神経変性疾患を発症して死亡する事例が報告されました。クロイツフェルト・ヤコブ病は全身の不随意運動や認知症が生じる病気であり、遺伝子変異によって散発的に発症することがあるほか、異常なプリオンタンパク質を摂取することでも発症します。
調査の結果、これらの患者がクロイツフェルト・ヤコブ病を発症した原因は、成長ホルモン製剤を作るために使用された「亡くなった人から採取した脳下垂体」にあることが判明。使用された脳下垂体が異常プリオンタンパク質で汚染されていたため、成長ホルモン製剤にも異常プリオンタンパク質が混入し、クロイツフェルト・ヤコブ病が伝染してしまったというわけです。この発見により、1985年からは遺体を用いた成長ホルモン製剤の投与が禁止されていますが、全世界で200人以上の患者がこの治療によってクロイツフェルト・ヤコブ病を発症したと報告されています。
2015年には、医療処置が原因で発症したクロイツフェルト・ヤコブ病で亡くなった人の脳内に、アルツハイマー病の患者にみられるアミロイドβの蓄積がみられるという調査結果が報告されました。この報告は、死体由来の成長ホルモン製剤がクロイツフェルト・ヤコブ病だけでなく、アルツハイマー病も伝染させていた可能性を示唆するものです。しかし、これらの患者は比較的若い頃にクロイツフェルト・ヤコブ病で死亡したため、将来的にアルツハイマー病を発症していたかどうかは不明でした。
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今回、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の研究チームは、2017~2022年にかけてイギリスの国立プリオンクリニックで診察を受けた8人の患者について報告しています。8人はいずれも、小児期に死体由来の成長ホルモン製剤を投与されていましたが、クロイツフェルト・ヤコブ病は発症していませんでした。
患者のうち5人は38~55歳で若年性アルツハイマーを発症し、3人は脳スキャンデータからもアルツハイマー病であることが裏付けられたほか、2人はアルツハイマー病の診断基準を満たすバイオマーカーを持っていました。また、若年性アルツハイマーを発症しなかった3人のうち2人は何らかの認知障害があり、残る1人もアルツハイマー病の診断基準を満たすバイオマーカーを持っていたと報告されています。
さらに、5人の患者についてはDNAデータも記録されていましたが、遅発性アルツハイマー病の遺伝的危険因子があったのは1人だけで、若年性アルツハイマーを引き起こす遺伝子変異は誰も持っていませんでした。
これらの結果から、研究チームは死体由来の成長ホルモン製剤がアミロイドβタンパク質を被験者の脳に伝染させ、数十年後に若年性アルツハイマーを発症する原因になった可能性があると結論付けました。
論文の共著者であるUCLのジョン・コリンジ教授は、アルツハイマー病で起きていることはクロイツフェルト・ヤコブ病のような病気と多くの点で似ていると指摘。その上で、「私たちはあなたがアルツハイマー病にかかるかもしれないと示唆しているのではありません。これはウイルスや細菌のようには伝染せず、基本的にこれらの因子を含むヒト組織またはヒト組織の抽出物を誤って接種した場合にのみ発生します。幸いなことに、これは非常にまれで異常な状況です」と述べ、記事作成時点でアルツハイマー病が伝染するリスクはないと説明しました。
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