サイエンス

アルツハイマー病の原因に関連する重要論文に画像捏造の可能性


2006年に科学誌「Nature」に掲載された、アルツハイマー病の主要原因についての研究論文で、画像が捏造(ねつぞう)されたものであった可能性が指摘されています。Natureは当該論文に「一部の図表に関して注意喚起を受けており、調査中です」との注記を行っています。

Potential fabrication in research images threatens key theory of Alzheimer’s disease | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/potential-fabrication-research-images-threatens-key-theory-alzheimers-disease


Potential fabrication in research threatens the amyloid theory of Alzheimer’s | Hacker News
https://news.ycombinator.com/item?id=32183302

指摘があったのは、ミネソタ大学のシルヴァン・レスネ氏を筆頭著者として2006年に発表された論文。アミロイドβがアルツハイマー病の主要原因である決定的証拠となるような、そして治療法の可能性を示すようなサブタイプを発見し、ラットの認知症を引き起こす原因になったことを証明したという内容です。


以下がその論文ですが、冒頭部に「Nature編集部は、本論文の一部の図表に関する懸念について注意喚起を受けています。Natureはこれらの懸念について調査中であり、編集部からのさらなる回答はできるだけ早く行われる予定です。その間、読者はこの論文で報告された結果を使用するにあたっては注意することをおすすめします」との注意書きがつけられています。

A specific amyloid-β protein assembly in the brain impairs memory | Nature
https://doi.org/10.1038/nature04533

Nature、そして研究に資金提供を行うアメリカ国立衛生研究所に注意を行ったのは、ヴァンダービルト大学の神経科学者で医師のマシュー・シュラグ氏。

シュラグ氏がこの論文の調査に乗り出したのは、そもそもは同僚に紹介された弁護士との出会いがきっかけでした。弁護士は著名な神経科学者2名のクライアントで、Cassava Sciencesによるアルツハイマー病治療薬「シムフィラム」の調査を行っていました。「シムフィラム」は、アルツハイマー病の特徴であるアミロイドβの脳への沈着をブロックするタンパク質を修復することで認知能力を改善させるとうたわれていました。しかし、シュラグ氏は、アルツハイマー病の原因に関する論文に関する疑いを掘り起こすことになります。

シュラグ氏はレスネ氏およびCassava Sciencesに関連する研究を批判する中で「不正」という言葉は避けています。これは、不正行為証明のためにはオリジナルの完全な未発表画像や生の数値データを見る必要があるという考えからですが、公開された画像から考えられる範囲に焦点を当てた検証で、シュラグ氏は「赤旗(危険信号)」と表現しました。

以下は、科学誌・Scienceが問題の論文中のものとして示した画像の1つです。アルツハイマー病の原因だといわれる「アミロイドβ56」やその他のタンパク質を含むバンドに対して不適切な操作が行われたことを示すカットマークがあるというシュラグ氏の指摘を受けて、論文の共著者であるカレン・アッシュ氏がPubPeerに公開したものだとのこと。黒枠はアッシュ氏がつけたもの。赤の破線で囲われている部分は「アミロイドβ56」で、マウスが高齢になるほどアルツハイマー症の発症が多いことを示しています。


これは当該画像の一部分を拡大したもの。シュラグ氏は「いくつかのバンドは異常なまでに似ていて、場合によってはアミロイドβ56が実際より多く見えるように操作されている」と指摘。


シュラグ氏は、2つのバンドのコントラストを一致させて比較しました。


続いて、背景を黒くしてバンドを見やすくしたのち、それぞれ赤と緑の色をつけ、サイズと向きを正確に合わせました。


2つのバンドを重ねました。バンドごとに違いがある部分は赤や緑が見え、完全に重なっている部分は黄色くなります。2つのバンドの関係の強さを示す相関関数を算出すると「0.98」だったとのこと。同一画像の相関が「1」で、これは2つのバンドが偶然の産物とは思えないほどに似ていることを示します。


まったく無関係なバンドを重ねた場合、バンドごとに異なる緑と赤の部分がはっきりと確認でき、ある程度の相関はみられるものの、前例に比べれば相関度合いは低くなります。


シュラグ氏は2021年12月、Cassava Sciencesに関連する科学者に焦点を当てつつ、自分自身の調査に役立つような事例を求めて「PubPeer」というサイトにアクセスしました。PubPeerは、生命科学の研究者が集い、論文に関するフィードバックを行えるサイト。ウェスタンブロッティングというタンパク質の検出法で、タンパク質を示すバンドを取り除いたり、本来存在しない場所に挿入したりしたことを示す痕跡を探し出した事例が多数投稿されていました。

PubPeerで「アルツハイマー病」を調べたシュラグ氏は、「Journal of Neuroscience」掲載の論文において、マウスの脳組織でアミロイドβと類似のタンパク質を区別するために使われたマーカー、つまりブロットの信憑性に疑問が呈されているのを発見。指摘のあった論文のうち3本は、レスネ氏が筆頭著者または最終著者となっている、シュラグ氏がまったく知らない論文でした。

ただちに、シュラグ氏はレスネ氏の他の論文をPubPeerで探し、やがて、問題のNatureの論文にたどり着きました。シュラグ氏は画像分析に詳しいエリザベス・ビク氏とヤナ・クリストファー氏に、自身の発見を再検討するよう依頼。2人は、画像処理中に不注意で生じた影響の可能性を指摘しつつも、画像の重複やブロットをカット&ペーストしたような痕跡があることに同意。また、シュラグ氏が気づかなかった怪しいブロットも特定しました。

科学誌・Scienceもこの件を、独立した研究者や専門家に依頼して6カ月かけて調査を実施。その結果は、シュラグ氏の疑念を裏付けしつつ、レスネ氏の研究に疑いを抱くようなものだったとのこと。依頼を受けて調査を行った1人で、ケンタッキー大学のアルツハイマー病専門家のドナ・ウィルコック氏は、複数の画像について「衝撃的なほどにあからさま」という改竄(かいざん)がみられたと語りました。

レスネ氏とアッシュ氏はこの2006年の論文以降、時に共同で、時には単独で、多数の論文を執筆してきています。

シュラグ氏とビク氏は20以上の疑わしい論文を特定し、2022年初頭から一部の学術誌に対して連絡を取りました。その結果、The Journal of Neuroscienceに2012年に掲載された論文は画像の訂正が行われました。ただ、シュラグ氏によれば、差し替えられた画像にも、不適切な変化がみられるとのこと。

Erratum: Larson et al., “Soluble α-Synuclein Is a Novel Modulator of Alzheimer's Disease Pathophysiology” | Journal of Neuroscience
https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0896-22.2022

今回の件について、レスネ氏はコメントをしませんでした。また、ミネソタ大学はレスネ氏の研究に対して問い合わせがあり調査中だと回答しました。

当該論文は発表以降、2300回以上も引用されており、またアメリカ国立衛生研究所はアミロイドβ研究へ2億9000万ドル(約400億円)の支援を行っています。

ソーシャルニュースサイトのHacker Newsでは「これが本当なら詐欺を超えています。人道に対する罪です」「最大の損失は、間違った方向への16年間の研究です」といった強めのコメントがある一方で、なんらかのアミロイドが原因物質である可能性はあるものの、レスネ氏の主張したアミロイドβ56はすでにアルツハイマー病の原因物質候補からは外れているため、この論文に捏造があったとしても影響はそれほど大きくないという見方もあります。

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in サイエンス, Posted by logc_nt

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