サイエンス

人格を脳からコンピューターに移す「マインドアップロード」に立ちはだかる3つの課題とは?


「脳をコンピューターにアップロードして、生物学的な肉体が消滅してもコンピューター上で生き続ける」というアイデアは、SF作品の中だけの話に思えるかもしれませんが、科学技術の進歩に伴って本気で人間の意識をコンピューターに移植できると考える人々も増えています。脳をコンピューターにアップロードするために解決するべき3つの課題について、西オーストラリア大学の哲学講師を務めるクラス・ウェーバー博士が解説しています。

Could you move from your biological body to a computer? An expert explains ‘mind uploading’
https://theconversation.com/could-you-move-from-your-biological-body-to-a-computer-an-expert-explains-mind-uploading-218035


近年は脳スキャン技術が大幅に進歩しており、今後数十年で個々のニューロンのつながりをより詳細に観察できるようになるとみられます。科学技術により人間を進化させるトランスヒューマニズムを支持する一部の科学者らは、いつの日か人間の脳をコンピューターにアップロードし、生物学的な肉体が消滅してもコンピューター上で生き続けられると考えています。

しかし、ウェーバー氏は人間の脳をコンピューターにアップロードするためには、以下の3つの課題を解決しなくてはならないと指摘しています。

◆1:テクノロジー上の課題
人間の脳は約860億個のニューロンと約850億個の非ニューロン細胞で構成されており、神経接続の数は推定1000兆個に達するため、ウェーバー氏は「脳は宇宙に存在する既知の構造物の中で最も複雑」と指摘しています。また、生物の脳をコンピューター上で再現するには、脳の3D神経回路図(コネクトーム)を作成する必要があります。しかし、記事作成時点で脳科学者が作成に成功しているのは、約3000個のニューロンと約50万個の神経接続を持つショウジョウバエの幼虫の脳が限界です。

今後10年以内にはマウスの脳のコネクトームを作成できるようになるとみられていますが、人間の脳はマウスの脳よりも約1000倍も複雑であり、人間の脳をマッピングするには膨大な時間がかかるとのこと。もちろん、人間のゲノムを解読するヒトゲノム計画において科学者らの想定以上の効率向上がみられたように、複雑なコネクトームを作成する速度やコストパフォーマンスも飛躍的に向上する可能性はありますが、それでも数十年以内に人間のコネクトームが作成できるかどうかは未知数といえます。

また、コネクトームはあくまで静的な脳の状態を再現するだけであり、コンピューター上で脳の機能を再現するには、それぞれのニューロンがどのように機能しているのかを理解する必要があります。近いうちにこの課題が解決されるのかどうかは不明だとウェーバー氏は述べています。


◆2:人工的な精神の課題
根本的な課題として、「コンピューター上で脳をシミュレートしたとして、それは生物学的な肉体を持つ人間と同じような意識を生み出すのか?」というものが挙げられます。かつては「精神と肉体は別物である」と主張する哲学者も多くいたものの、精神と肉体の密接な関係が明らかになった近年では、ほとんどの哲学者は「精神は究極的に突き詰めれば物理的なものだ」という考えを支持しています。

しかし、多くの認知科学者らは意識的な心を形作るのはあくまで脳の複雑な神経構造であり、水や脂肪といった生物学的物質ではないと考えています。これに基づくと、コンピューター上で脳の構造を模倣することができれば、ニューロンや神経接続に対応するものが有機物ではなくコンピューターハードウェアであったとしても、人間の精神を再現できるということになります。

実際に今日のAIシステムは、脳の構造原理の一部をコピーした人工ニューラルネットワーク上で、人間が持つような認知能力を必要とするタスクを実行することができるとウェーバー氏は指摘しました。


◆3:生きることの課題
仮にテクノロジー的な課題が解決され、コンピューター上で人間の意識を生み出すことが可能になったとしても、最後に「アップロードされた精神は本当に元の人間と同じなのか、それとも単なる精神的なクローンなのか?」という課題が提起されます。

ウェーバー氏はこの課題について、「朝にベッドで起きた自分が、昨晩ベッドで眠った自分と同一人物であるとする根拠は何なのか?」という古典的な哲学的パズルを想起させると指摘。哲学者は大きく「生物学的陣営」と「精神的陣営」の2つの分かれており、生物学的陣営は「朝の自分と夜の自分はひとつの同じ生物学的プロセスによってつながっているため、同じ人間である」と主張しており、精神的陣営は「朝の自分と夜の自分は精神的な人生を共有しており、同じ記憶・信念・希望・性格を持っているため、同じ人間である」と主張しているとのこと。

生物学的陣営と精神的陣営の違いは、コンピューターに脳をアップロードすることが「新しい精神を手に入れた」ことになるのか、それとも「新しい肉体を手に入れた」ことになるのかの違いを生み出します。もし生物学的陣営が正しければ、コンピューター上の精神は生物学的な脳に存在するものとは異なるため、脳のアップロードはうまくいかない可能性があります。一方、精神的陣営が正しければ、コンピューター上の精神は生物学的な脳にあるものと同じであるため、脳のアップロードはうまく機能する可能性があるとウェーバー氏は説明しました。


以上の課題すべてをクリアしたとしても、「脳をアップロードした生物学的肉体を持つ自分」と、「コンピューター上に存在する自分」の2人が存在するということは、さまざまな問題を引き起こします。直感的には、「肉体を持つ自分がオリジナルであり、コンピューター上の自分はコピーである」とするのが妥当に思えそうですが、肉体が消滅したからといってコピーがオリジナルに昇格できると考えるのは単純すぎるかもしれません。

ウェーバー氏は、「残念ながら、人工的な精神と生きることの仮定は、経験的に検証することができません。私たちは実際に自分自身をアップロードして調べる必要があります。従って、脳のアップロードには常に大きな飛躍が伴います。個人的には、自分の生物学的なハードウェア、つまり肉体がそれほど長続きしないと確信している場合にのみ、その飛躍ができるでしょう」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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