「頭の中でひとりごとを話す声」は誰もが持っているものなのか、他の人が聞こえない声を研究するための分析とは?
考え事をしている時や読書中など、思考中の内容を頭の中で読み上げている人は多いはず。読書中に「文を読み上げる自分の声や登場人物のセリフが聞こえる」と8割以上が答えたという調査結果がありますが、いわゆる「モノローグ」は誰にでも備わっているものなのかどうかも含め、モノローグについて3つのポイントで分類することで明確化する研究をフランス国立科学研究センター(CNRS)のエレーヌ・レーベンブリュック氏が解説しています。
Does everyone have an inner monologue? | Live Science
https://www.livescience.com/does-everyone-have-inner-monologue.html
Frontiers | The ConDialInt Model: Condensation, Dialogality, and Intentionality Dimensions of Inner Speech Within a Hierarchical Predictive Control Framework
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpsyg.2019.02019/full
神経言語学の上級研究者であり、CNRSで心理学・神経認知研究所言語チームの責任者を務めるレーベンブリュック氏は、日常的に発するモノローグについて「内なるひとりごと、すなわちモノローグとは、私たちが自分自身に向けて、調音や音声なしで自分だけのために発話ができることを意味します」と説明しています。レーベンブリュック氏らが心理学の査読済みオープンアクセス学術雑誌であるFrontiers in Psychologyに発表した2019年の研究では、モノローグを3つの側面で分析しています。
まず1点目に、モノローグは「凝縮度」によって性質が変化するとのこと。過去の研究では、明確な声として聞こえるモノローグは、意味と目的を計画する「概念化」、概念を音声言語に翻訳する「定式化」、音声に現れる「明瞭化」という段階を踏むとされています。この時、概念状態で思考はかなり「凝縮」された状態であり、言語や音声にするために情報が「拡散」していくと考えられます。また、旧ソ連の心理学者であるレフ・ヴィゴツキーは、「内なる音声として明瞭化された段階のモノローグでも、実際に会話として発話する言葉よりも単語が省略され、意味が単純化された状態である可能性があります」と主張しており、その意味では「モノローグは言語発話に先立つ凝縮された形式」と考えられます。
一方で別の研究では、モノローグは発話に向かう段階のすべてを含む顕在的な音声生成のシミュレーションであり、「実際に声を出す」という運動のみが実行されない状態であると見ています。結論として、モノローグは「凝縮度」という側面において、「発話するより凝縮された情報」の場合と、「発話するものとほぼ同じ情報」の場合とで分かれる可能性をレーベンブリュック氏は指摘しています。
2点目に、人間のモノローグは非常に複雑な「対話性」を持っている可能性があり、内なる声がすべてモノローグと呼ぶことが正確かどうか議論の余地があるとのとこ。レーベンブリュック氏は、対話性を考慮した場合にモノローグは3種類のモデルに分けられると述べており、「対話性のない、完全な自己としてのモノローグ」「他者との対話を想定して自己を修正したモノローグ」「自己と他者との対話としてのモノローグ」に分類しています。
3点目に、意図性もしくは志向性の側面によってモノローグを分析できます。モノローグには、意図的に行う場合と意図せず声が聞こえてくるような場合とがあります。そのうち、意図せず聞こえてくる声は音がしていないのに精神的イメージで言語や音楽を頭に浮かべる「聴覚イメージ」の一種だと考えられるため、思考を音声にする意図的なモノローグとは性質が大きく異なります。
レーベンブリュック氏の研究では、モノローグが持つ3つの側面に沿って多様性を分析する神経認知モデルとして「ConDialInt(凝縮-対話性-志向性)モデル」を提案しています。このモデルに基づき、思考をして言葉を発する際の口や喉の動きなどを観察することで、モノローグの種類を正確に分類してより包括的な神経認知モデルが検討されています。この神経認知モデルが構築された際には、実際にモノローグを頭の中で発しているかどうか判断することができます。
全ての人がモノローグに思考や発生を依存しているという思い込みを疑問視する考えは1990年代後半から主張されるようになり、ネバダ大学ラスベガス校の心理学者であるラッセル・ハールバート氏は、ブザーを持った参加者に「ブザーが鳴る度に頭の中の思考や経験を書き留める」というタスクを課す研究を行いました。研究では、「パンを買わなければいけない」という頭の中の命令について、「パンを買う理由はなんですか?」「空腹を感じましたか?」「パンを選択した理由はなんですか?」と繰り返し質問することで、参加者の思考を明確にしました。結果、参加者は「観察を開始するビープ音が鳴る度に、まるで頭の中にラジオがあるかのように、モノローグを発していました」と答えていたほか、モノローグを他の人より比較的少なく聞いていた人や、全くモノローグを感じていないと回答した参加者もいたそうです。
レーベンブリュック氏は、「モノローグに関する研究で長年困難の種となっているのは、研究に参加した人々は、たとえ正確に言葉でモノローグを聞いていなかったとしても、書き留めるように言われたら自分の考えを言葉にして表現できてしまう事実です。そこに本当にモノローグがあったかどうかはわかりません」と語っています。
また、レーベンブリュック氏は頭の中で人物や風景を思い描くことができない「Aphantasia(アファンタジア)」と呼ばれる状態と、モノローグを全く聞かない人は同じであると指摘しています。レーベンブリュック氏は「アファンタジアやモノローグの欠如は、必ずしも悪いことではありません」と述べた上で、「私たちはモノローグを重視していますが、モノローグや人間の思考プロセスをより深く理解することで、学習方法や教育全般にとって重要な可能性があると考えているのです」と研究の意義について示しています。
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