約2万年前の氷河期の洞窟壁画に描かれている謎の図形が一種の「暦」を表すものだったとアマチュア学者が発見
ヨーロッパで後期旧石器時代の約2万年前頃に描かれた洞窟壁画には、動物の近くに線やドット、「Y」のように見える図形が多く描かれています。これらの図形がどんな意味を持つのかは明らかになっていませんでしたが、アマチュアの考古学者が「これらの図形は動物の繁殖周期を示す一種の暦ではないか」と発見し、イギリスのダラム大学やユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドンの研究チームと共同で論文を発表しました。
An Upper Palaeolithic Proto-writing System and Phenological Calendar | Cambridge Archaeological Journal | Cambridge Core
https://doi.org/10.1017/S0959774322000415
20,000-year-old cave painting 'dots' are the earliest written language, study claims. But not everyone agrees. | Live Science
https://www.livescience.com/ice-age-cave-art-proto-writing-claim
Amateur archaeologist uncovers ice age ‘writing’ system | Archaeology | The Guardian
https://www.theguardian.com/science/2023/jan/05/amateur-archaeologist-uncovers-ice-age-writing-system
地球がまだ氷河期だった時代にヨーロッパに住んでいた人類は、トナカイや魚、ウシの祖先であるオーロックスなどの動物を洞窟壁画として描きました。約2万年前頃にヨーロッパで描かれた数百もの洞窟壁画には、動物のそばに「|」(線)や「・」(ドット)、「Y」などの図形が頻繁に描かれており、考古学者らは「この図形には何らかの意味がある」と考えていたものの、それが何を意味するのかは明らかになっていませんでした。
イギリスのアマチュア考古学者であるベネット・ベーコン氏は、過去の研究論文や大英図書館に所蔵されている洞窟壁画の画像を調査し、繰り返しみられるパターンについて分析しました。以下は、実際の洞窟壁画にみられる線やドットの例です。
また、以下がベーコン氏が描き起こした「Y」のマークの例。
分析の結果、ベーコン氏は動物のそばに描かれている「Y」のマークが「出産」を表しており、その他の線やドットが太陰暦に基づいた月を意味しているのではないかという仮説を立てました。そしてベーコン氏はダラム大学の考古学者であるポール・ペティット教授に連絡し、その他の研究者も交えてさらに研究を進めたとのこと。
狩猟採集民族であった当時の人類にとって、動物の出産時期は狩りに役立つ重要な情報であり、「Y」は1本の線が2本に分かれることで「出産」を意味している可能性があると論文には記されています。また、合計800点以上の洞窟壁画やその他の図像にみられる線やドットの数はいずれも13個以下であり、これは約29.5日で1月となる太陰暦の月数と一致します。
研究チームが各動物の繁殖期と線やドットの数の関連を、春を起点とした太陰暦に基づいて分析したところ、線やドットの数が動物の繁殖期と強く相関していることが確認されました。さらに、一連の線やドットのうち「Y」のマークがある月は、各動物の「出産」に対応していることも示唆されたとのことです。
今回解読された図形は音声や言語ではなく数値的な情報を記録したものであるため、古代エジプトのヒエログリフやメソポタミア文明の楔形文字といった文字体系と同列に考えることはできませんが、研究チームは一連の図形が文字体系の特徴を強く想起させる一種の「Proto-writing(原文字)」であると考えています。
ペティット氏は「研究の結果、氷河期の狩猟採集民が初めて体系的な暦や、その暦の中に主要な生態学的イベントの情報を記録するマークを使用したことがわかりました」とコメント。ベーコン氏は、「古代の祖先の世界をより深く探求していくと、彼らはこれまで考えられていたよりずっと私たちに近い存在であることがわかってきたのです」と述べています。
by Walwyn
しかし、ベーコン氏らの研究結果について慎重な見方をする研究者もいます。ポートランド州立大学の古人類学者であるメラニー・チャン氏は科学系メディアのLive Scienceへの電子メールで、後期旧石器時代の人々が文字を書いたり時間を記録したりできる認知能力を持っていたことには同意するものの、論文で提唱されている仮説には十分な裏付けがなく、考えられるその他の解釈にも触れていないと指摘しています。
ビクトリア大学の考古学者であるエイプリル・ノーウェル氏は、「非図形的なサインをより詳細に研究することは歓迎されますが、今回の研究ではまだ証明されていない前提がいくつもあるように思います」とコメント。ノーウェル氏は「Y」のサインが出産を意味しているものという前提に疑念を投げかけており、チャン氏は「Y」が出産ではなく動物の解剖学的特徴を示すものである可能性を挙げています。
かつて、旧石器時代の洞窟壁画にみられるパターンのデータベースを作成したことがあるノーウェル氏は、「線やドットが何らかの数を意味している」という点には同意するものの、洞窟壁画によくみられるパターンは線やドット、Yを含めて32パターンもあると指摘。仮に今回の研究結果が正しかったとしても、依然として旧石器時代の図形にはまだわからない点が多く残されていると述べました。
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