面白くて考えさせられる研究に贈られるイグノーベル賞2022年度受賞者まとめ、連続16人目の日本人受賞も
アメリカの科学誌「Improbable Research(風変わりな研究の年報)」が毎年主催している「笑い、そして考えさせられる研究」に対して贈られるイグノーベル賞の2022年度授賞式が、2022年9月16日7時に開催されました。第32回目となる今回は10部門の賞が用意され、日本人の研究者も受賞しました。
2022 Ceremony
https://improbable.com/ig/2022-ceremony/
イグノーベル賞は毎年ハーバード大学のサンダースホールで開催されるのですが、2020年度から新型コロナウイルスパンデミックの影響で、オンライン開催となっています。2022年度のテーマは「Knowledge(知識)」でした。
受賞者に贈られるのは紙製のトロフィーを印刷できるPDFファイルと、本家ノーベル賞受賞者による署名入りの「イグノーベル賞受賞の知らせ」、そして賞金10兆ジンバブエドル札1枚。以下のシーンでテーブルの上に雑に転がっているのが、2022年度のイグノーベル賞のトロフィーです。
◆応用心臓学賞
応用心臓学賞は「ロマンチックな出会いがあり、互いに惹かれていると感じてるとき、心拍数はシンクロするという証拠の発見について」で、エリシカ・プロカシコヴァ氏、エリオ・シャクシ氏、フレデリカ・ベレンス氏、ダニエル・リンド氏、マリシカ・クレット氏に贈られました。
Physiological synchrony is associated with attraction in a blind date setting | Nature Human Behaviour
https://doi.org/10.1038/s41562-021-01197-3
この研究はデート中の男女の生理学的現象を計測したもので、研究チームは男女の参加者に心拍数や皮膚電気活動などの生理学的信号を測定するアイトラッキンググラスを着用させ、実験用の小部屋でお見合いをさせました。
その結果、互いに魅力を感じているペアの場合、心拍数と皮膚電気活動に同期が見られたとのこと。研究チームは、意識的に調整できない心拍数や皮膚電気活動が一致するかどうかで相手に対する魅力が変化すると主張しました。
異性に魅力を感じると「心拍数や発汗がシンクロする」との研究結果 - GIGAZINE
◆文学賞
文学賞は、エリック・マルティネス氏、フランシス・モリカ氏、エドワード・ギブソン氏の3名による「法律文書の理解を不必要に困難にしている原因の分析」に対して贈られました。
Poor writing, not specialized concepts, drives processing difficulty in legal language - ScienceDirect
https://doi.org/10.1016/j.cognition.2022.105070
この研究では、たとえ文章を読むのに長けた経験豊富な読者であっても、法律に関連する文章では理解度が大きく下がることが示されました。これは、単に読者に専門的な法律知識が欠如しているだけではなく、法律文書では長く入り組んだ構造の文章が使われているからだとのこと。研究者3人は「法律文書の文章には長文依存性、つまり下手な書き方が認められ、ワーキングメモリーの制限を引き起こしている」と述べ、法律文書をわかりやすく編集することは社会全体にとって有益であると示唆しました。
◆生物学賞
ソリマリー・ガルシア=ヘルナンデス氏とグラウコ・マチャド氏の「便秘がサソリの交配に影響を与えるかどうか、またはどのように影響するか」という研究に、イグノーベル生物学賞が贈られました。
Short‐ and long‐term effects of an extreme case of autotomy: does “tail” loss and subsequent constipation decrease the locomotor performance of male and female scorpions? - GARCÍA‐HERNÁNDEZ - Integrative Zoology - Wiley Online Library
https://doi.org/10.1111/1749-4877.12604
サソリは捕食者に襲われると尻尾を切って逃げます。しかし、サソリの消化器官は尻尾に含まれており、尻尾を切ってしまうとそのサソリは二度と排せつできなくなってしまうとのこと。つまり、尻尾を失ったサソリは死ぬまで便秘になってしまうというわけです。
ガルシア=ヘルナンデス氏とマチャド氏は、尻尾を失ったサソリが受ける影響について研究しました。実験の結果、いずれの個体も重度の便秘を起こしていたものの、短期的に見ればサソリの最大走行速度には変化がなかったとのこと。ただし、長期的に見るとオスは少しずつ最大走行速度が下がり、運動能力が低下することが判明。これにより、尻尾を失ったオスは配偶相手を見つける可能性が下がるそうです。ただし、サソリは全身を使って求愛行動を取るため、生殖能力自体には影響がないとのこと。なお、サソリが便秘で死んでしまうのには数カ月かかるそうです。
◆医学賞
医学賞を受賞したのはポーランドの研究チームによる「化学療法を行う際アイスクリームを使用すると副作用が減少することの証明について」でした。受賞者はマルシン・ヤシンスキ氏、マティーナ・マシエスカ氏、アナ・ブロジアック氏、マイケル・グルカ氏、カミラ・スキロスカ氏、イエスラ・イエスレタク氏、アニエスァ・トマシウェブカ氏、グレゴーズ・バサク氏、エミリアン・スナスキ氏です。
Ice-cream used as cryotherapy during high-dose melphalan conditioning reduces oral mucositis after autologous hematopoietic stem cell transplantation | Scientific Reports
https://doi.org/10.1038/s41598-021-02002-x
自家造血幹細胞移植を受ける患者は、事前に薬物投与による化学療法を受けます。この化学療法の副作用として口腔(こうくう)粘膜炎が報告されているのですが、この対策として氷をなめることがよく効くとされていました。
そこで、研究チームは病院のカフェ協力のもと、自家造血幹細胞移植前の化学療法を受ける患者に対し、アイスクリームを食べさせました。すると、アイスクリームを食べた患者では口腔粘膜炎の発症率が低下したことがわかりました。研究チームは、アイスクリームによる療法はコストパフォーマンスが高く実装が容易な方法として実用可能であると主張しました。
授賞式で研究チームは協力してくれた患者と病院のカフェへの謝意を、アイスクリームを食べながら述べました。
◆工学賞
工学賞を受賞したのは千葉工業大学の松崎元教授、大内一雄教授、上原勝教授、井村五郎教授で、受賞理由は「円柱形つまみの回転操作における指の使用状況について」です。日本人がイグノーベル賞を受賞するのは、2007年から数えて連続で16人目。受賞は2022年ですが、論文の発表自体は1998年です。
円柱形つまみの回転操作における指の使用状況について
(PDFファイル)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssdj/45/5/45_KJ00001647367/_pdf
ドアノブやつまみを回す時、その大きさによって持ち方を変えます。例えばドアの鍵のような小さなつまみの場合は指2本で、ドアノブのような大きな円柱は5本の指で握りこみます。
松崎教授らは7mmから130mmの間で異なる木製の円柱を用意し、32名に対して右手で回転させました。その結果、円柱の直径によって指の本数と位置が変化することが判明しました。
松崎教授によると、つまみを持つ指の本数はつまみの直径が10~11mmで2本から3本に、23~26mmで3本から4本に、45~50mmで4本から5本に切り替わるとのこと。また、持つときの親指の位置をそろえると、他の4本の指の位置は二次曲線を描くこともわかったそうです。
◆美術史賞
32回目で初の部門となる美術史賞の受賞者はピーター・デ・スマット氏とニコラス・ヘルマス氏で、受賞理由は「古代マヤの土器に描かれた浣腸(かんちょう)儀式への学際的アプローチについて」でした。
A multidisciplinary approach to ritual enema scenes on ancient Maya pottery - ScienceDirect
https://doi.org/10.1016/0378-8741(86)90091-7
古代マヤの陶器にはさまざまな絵が描かれていますが、その中には古代マヤが儀式においてアルコール浣腸を行っていたことを示したものがあるというのがこの研究。直腸から直接アルコールを吸収すると、口から摂取するよりもずっと速く酔いが回るため、儀式に必要な酩酊状態を誘発するためだった可能性があります。また、デ・スマット氏とヘルマス氏は、タバコやスイレンなどの植物も浣腸に使われていた可能性があると指摘しています。
授賞式のインタビューでは、ヘルマス氏が世界中から収集したさまざまな浣腸器具のコレクションが披露されました。
◆物理学賞
フランク・フィッシュ氏、ジーミン・ユアン氏、ミングル・チェン氏、ライビング・ジア氏、チャンイャン・ジ氏、アティラ・インセチィック氏に、「子ガモが編隊を組んで泳ぐ方法を理解しようとしたことについて」で物理学賞が贈られました。
Energy conservation by formation swimming: metabolic evidence from ducklings (Chapter 13) - The Mechanics and Physiology of Animal Swimming
https://doi.org/10.1017/CBO9780511983641.014
子ガモは親ガモの後ろを、列を成して泳ぎます。一見「生物学賞では?」と思うかもしれませんが、この研究では親ガモが泳ぐことによって生じる波に子ガモが乗って進むことで、子ガモは少ないエネルギーで泳ぐことができていると指摘されています。
この研究は単にカモの生態にとどまらず、例えば巨大な貨物船を1隻動かすよりも、大きな船が小さな船をけん引する形の方がより少ない燃料で荷物を運べる可能性も示唆しています。
なお、物理学賞受賞者のうち、フランク・フィッシュ氏は別の論文の発表者なのですが、ほとんど同じ内容を数十年前にすでに指摘していたという理由から、ユアン氏らの研究チームと同時受賞となりました。
◆平和賞
平和賞は、ジュンヘイ・フ氏、シャボッチ・サマド氏、パット・バークレー氏、ビアンカ・ベルスマ氏、テレンス・ドレス・クルーズ氏、セルジオ・ラ・ヤカノ氏、アニカ・ニッパー氏、キム・ピータース氏、ボイテック・シュピオカ氏、レオ・ティオキン氏、ポール・ヴァン・ランガ氏に贈られました。受賞理由は「ゴシップ好きがいつ本当のことを言い、いつウソをつくべきかを判断するためのアルゴリズムの開発に対して」でした。
Honesty and dishonesty in gossip strategies: a fitness interdependence analysis | Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences
https://doi.org/10.1098/rstb.2020.0300
不在の他者に関する情報、すなわちゴシップの発信者は、「個人的な利益」という目的で、正しくない情報を流す可能性があります。そのため、ゴシップによって伝達される情報には偏りが生じる可能性があります。研究チームは、ゴシップの話し手と聞き手の身体的相互依存性を元に「人がどういう時に本当の情報あるいはウソの情報を話すのか」を数学的モデル化。このモデルを応用することで、ウワサ話が好きな人は最適なタイミングで、例え騒音下でも本当とウソを使い分けることができる可能性が示唆されました。
プレゼンターで2018年度ノーベル化学賞受賞者でもあるフランシス・アーノルド氏は「この賞を皆さんに贈ることができ、本当に光栄です。なぜなら、世界や平和を維持するためのゴシップの重要な役割に光を当てるものだからです。結局のところ、ゴシップは協力を促進し維持するための基盤であり、この研究はその与え方と受け止め方、そして生きるためのルールを教えてくれます。たとえそれが真実であろうとなかろうと、これを賞してイグノーベル平和賞を授与します」とコメントしました。
◆経済学賞
「なぜ最も才能のある人ではなく最も幸運な人が成功することが多いのかを数学的に説明したことについて」で、アレサンドラ・プルキーノ氏、アレッシオ・エマヌエレ・ビオンド氏、アンドレア・ラピサルダ氏に2022年度イグノーベル経済学賞が贈られました。
TALENT VERSUS LUCK: THE ROLE OF RANDOMNESS IN SUCCESS AND FAILURE | Advances in Complex Systems
https://doi.org/10.1142/S0219525918500145
実はアレサンドラ・プルキーノ氏とアンドレア・ラピサルダ氏は、「昇進させる人物をランダムに選んだ方が、組織はより効率的になることを数学的に証明したことに対して」という理由で2010年にイグノーベル経営学賞を受賞しており、今回が2度目の受賞です。
研究チームは「成功に至るために必要なのは才能なのか、それとも運なのか」という疑問から研究をスタート。1000人以上の人々のキャリアをシミュレートした結果、「そこそこの才能を持った非常に幸運な人」は「非常に才能を持った不運な人」よりも常に成功することが示されたとのこと。さらに研究チームは、最も才能のある人の成功を支援し、新しいアイデアを生み出すための効率的な再分配戦略も有効であると示しました。
◆安全工学賞
安全工学賞はスウェーデンのビジネス開発者であるマグナス・ゲンス氏で、受賞理由は「衝突試験用にダミーのヘラジカを開発したことについて」でした。
Moose crash test dummy : master's thesis
https://www.diva-portal.org/smash/record.jsf?pid=diva2%3A673368&dswid=-8407
ヘラジカが生息するスウェーデンでは、車とヘラジカの衝突事故が毎年報告されます。そのため、道路を横切るヘラジカと衝突しそうになった場合の検証を行うため、ゲンス氏はヘラジカの模型を開発し、実験を行いました。ゲンス氏は、ヘラジカにぶつかりそうになった時は「ハンドルを切ってヘラジカの軽い方、つまり後部に車を誘導すればよいのです」と解説しています。
授賞式の映像では、ゲンス氏が話している途中にヘラジカがちょくちょく通り過ぎる演出が見られました。
なお、授賞式の様子は以下から見ることができます。
The 32nd First Annual Ig Nobel Prize Ceremony - YouTube
日本語版はニコニコ生放送で公開されており、タイムシフトで見ることができます。
イグノーベル賞2022 授賞式 日本語版公式ライブストリーミング - 2022/9/16(金) 7:00開始 - ニコニコ生放送
https://live.nicovideo.jp/watch/lv338197879
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