「実験に使われるマウスやラットの飼育環境」が研究結果を変えてしまう可能性がある
医療分野の研究においては人間の患者だけでなくマウスなどを使った動物実験も数多く行われており、世界中では年間1億2000万匹ものラットやマウスが実験に使われています。ところが、カナダ・ゲルフ大学の生物学教授であるGeorgia Mason氏らが、「実験動物が飼育されている環境から受ける慢性的なストレスが生物学的変化をもたらし、実験結果に影響を及ぼしている可能性がある」と主張しました。
Conventional laboratory housing increases morbidity and mortality in research rodents: results of a meta-analysis | BMC Biology | Full Text
https://bmcbiol.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12915-021-01184-0
Laboratory mice are usually distressed and overweight, calling into question research findings
https://theconversation.com/laboratory-mice-are-usually-distressed-and-overweight-calling-into-question-research-findings-175812
研究者らはがんや関節炎、慢性疼痛といったさまざまな病気の研究にラットやマウスを用いており、その結果を基にして人間の研究や治療に役立てています。しかし、実験動物の飼育環境そのものが健康状態に影響を及ぼすとすれば、それは実験結果にも変化を与え、正確な研究を妨げることとなります。
そこでMason氏らの研究チームは、心血管疾患やがん、脳卒中などの病気とマウスまたはラットのストレスについて調べた200件以上の研究からデータを抽出し、「飼育されていた環境」が動物の健康状態に及ぼす影響を分析しました。
研究チームが「従来の小さなケージ」と「回し車、巣箱、余裕のあるスペース、遊び場などがあるケージ」で飼育された実験動物を比較したところ、全体的に小さなケージで育てられた実験動物の方が病気になりやすく、病気の程度も重いことが判明。また、小さなケージで飼育されていた実験動物の方が死亡リスクが高く、平均寿命も9%短かったと報告しました。
今回の研究結果は、狭くて刺激の少ないケージに住んでいるラットやマウスは実験動物として適切なモデルにならない可能性を示唆しています。過去の研究でも、実験動物はオスに偏っており、太りすぎの個体が多く、適正温度より寒い環境で飼育されていて、認知能力が低いなどの問題点が指摘されています。
研究チームは、実験動物に関するこれらの問題が、「生物医学研究における再現性が低い」という課題の原因になっている可能性を疑っています。すでに過去の研究では、実験動物の飼育環境によってまったく異なる実験結果が出ることも示されており、Mason氏らはこの問題がどれほどの頻度で起きるのかを評価しようと試みているとのこと。
2015年の研究では「前臨床研究結果の50%は他の研究チームが再現できない」と指摘されていますが、この中に実験動物由来の失敗が数十%含まれているとした場合、毎年巨額の資金が「実験動物の飼育環境が悪いため再現できない不毛な研究」に費やされている可能性があります。ただでさえ前臨床研究の有望な結果を人間に応用できる割合は数%にとどまっているため、実験動物の飼育環境を改善することは倫理的にも学術的にも大きな意義があるといえます。
Mason氏は、ラットやマウスが住んでいるケージを実験に関係ないものとして無視するのではなく、健康の重要な決定要因として認識し、修正・改善していくべきだと主張。「そうすることで人間の健康の多様な社会的決定要因をよりよくモデル化することができ、同時に動物の幸福も向上させることができるでしょう」と述べました。
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