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病院は「患者の命を救うAI」をどのように使用しているのか?


膨大なデータを処理してパターンを見つけ出せるAIは大量の患者データを収集する医療現場でも有用であり、実際に多くの病院で「退院しようとしている患者の再入院リスク」や「患者が敗血症を発症するリスク」などを判断するAIが活用されています。そんな病院におけるAIの使用について、大手日刊紙のウォール・ストリート・ジャーナルが報じています。

How Hospitals Are Using AI to Save Lives - WSJ
https://www.wsj.com/articles/how-hospitals-are-using-ai-to-save-lives-11649610000

アメリカの医療保険システムである健康維持機構の組織であり多くの医療機関を運営するカイザーパーマネンテは、患者の容体悪化を予測する「Advance Alert Monitor(アドバンス・アラート・モニター)」という予測モデルを開発し、医療現場で運用しています。アドバンス・アラート・モニターは患者のデータを継続的にスキャンし、緊急治療室へ運ばれたり死亡したりするリスクを予測するスコアを割り当て、医師が事前に容体悪化を予防することを可能にするとのこと。

カイザーパーマネンテの集中治療専門家であるVincent X. Liu医師は、「(アドバンス・アラート・モニターが行っていることは)干し草の中から針を探すようなもので、すべての患者の中から最もリスクの高い人を選別しなくてはなりません」と述べ、AIは人力より効率的に患者が手遅れになってしまうのを防ぐことができると主張しています。


アドバンス・アラート・モニターでは、病院スタッフが「アラート疲労」に陥ってしまうのを防ぐため、スコアは直接病院スタッフに表示されるのではなく、訓練された看護師がリモートで監視するシステムになっています。患者のスコアが特定の値に達すると初めてリモートの看護師が病棟の看護師に連絡し、そこで患者の正式な評価が行われ、緊急治療室への移送を含む救助プログラムについて医師が判断するそうです。

2021年11月に医学誌のニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに掲載された論文では、約3年間にわたり19の病院でアドバンス・アラート・モニターを運用した結果、システムを運用しない場合と比較して死亡率や緊急治療室への移送率の低下、入院期間の短縮といった改善が報告されています。記事作成時点では、カイザーパーマネンテは21の病院でアドバンス・アラート・モニターを運用しており、看護師は年間1万6000件以上のアラートを処理しているとのことです。


病人やけが人にとって最も危険な状態の1つとされる敗血症は、細菌感染による連鎖的な生体反応によって組織や臓器に障害が発生する状態であり、迅速に治療できなければ死に至ることも珍しくありません、しかし、その診断はしばしば困難であり、2020年の研究では多くの敗血症患者がガイドラインに沿ったケアを受けられないことが示されています。

デューク大学病院のCara O’Brien助教が率いる研究チームは、一般的に使用されるモデルが自分たちの病院ではうまく機能しないことを発見したため、デューク大学病院で収集された患者データを用いて、敗血症のリスクを予測する独自の機械学習モデルを作成することにしたとのこと。研究チームは4万2000人以上の入院患者から収集したバイタルサイン測定・検査結果・投薬といったデータを基にアルゴリズムをトレーニングし、5分ごとに患者の敗血症リスクを診断する「Sepsis Watch(敗血症ウォッチ)」という機械学習モデルを開発しました。

敗血症ウォッチの予測結果は、タブレットなどでアクセスできる「敗血症監視ダッシュボード」上で、リスク別で4つに色分けされた患者リストとして表示されます。12時間のシフトで1人の看護師がiPadのダッシュボードを監視し、状況に応じて救急医に連絡し、敗血症のリスクにさらされているすべての患者について話し合うとのこと。そして医師が独立して医療記録をレビューし、敗血症の治療が必要かどうかを判断する仕組みとなっています。

敗血症ウォッチの導入前、デューク大学病院では敗血症患者が適切に処置された割合は31%ほどでしたが、導入後は64%まで処置割合が上昇したとのこと。デューク大学病院の臨床データ科学者であるMark Sendak氏は、最終的な分析は進行中であるとしながらも、死亡率は低下しているようだと述べています。


敗血症の予測にAIを役立てているのはデューク大学病院だけではなく、アメリカ最大の病院チェーンであるHCAヘルスケアも「Spot」と呼ばれる独自の敗血症予測アルゴリズムを開発・運用しています。HCAヘルスケアによると、Spotは臨床医よりも患者の敗血症を6時間早く、より正確に検出することができるそうで、160の病院で敗血症の死亡率が30%も減少したとのこと。

さらに、HCAヘルスケアのデータサイエンティストであるEdmund Jackson氏らの研究チームはSpotプラットフォームを応用し、外傷性ショックや手術後の合併症、患者の容体悪化など、患者を脅かす状態の早期兆候を迅速に検出する「Nate」というより広範なプログラムを開発しました。NateはCOVID-19にも応用することが可能であり、パンデミックの最中にも人工呼吸器の着用を医療従事者に推奨するアルゴリズムを開発できたそうです。

HCAヘルスケアのAI開発チームは臨床スタッフと協力し、どの予測モデルが有用なのか、どうすれば患者のケアに適合するのかを判断しているとのこと。HCAのケアトランスフォーメーションおよびイノベーションの上級ヴァイス・プレジデントであるMichael Schlosser氏は、「HCAヘルスケアには病院へ出向き、ベッドの横で医療従事者と共に働く専門のイノベーションチームがあります。医療従事者の前にいきなり現れて、『あなたのために○○をするように訓練されたAIがあります』と言い出すのではありません」と述べています。

ウォール・ストリート・ジャーナルは他にも、「退院した患者が再入院するリスクを診断するAI」や「大腸がん健診の期限が過ぎた患者の中から、機械学習アルゴリズムでリスクの高い患者を特定し、健診を受けるように推奨するシステム」などにも触れました。


AIが多くの病院で導入されるにつれて課題となるのが、「どのような場合にAIがうまく機能しないのか、そしてどうすればAIを改善できるのか」という点です。アルゴリズムの構築に利用されるデータと実際のデータには多くの不一致があり、適切に欠陥が検出されなければ、重症患者の診断に失敗したり有害な治療法を推奨したりするリスクがあります。たとえばミシガン大学では、COVID-19のパンデミックが発生した際、それまで使用していたAI敗血症診断アルゴリズムが適切に敗血症とCOVID-19を判別できなかったため、一時的にアルゴリズムを無効にしたとのこと。

ミシガン大学医学部の医療AI委員会の委員長を務めるKarandeep Singh助教は、「現在、病院は利用可能なAIモデルの数に圧倒されています」と述べ、AIを安全に扱うためにはAIが意図した通りに機能しない場合を理解し、単なる利用可能性だけでなく問題解決性を重視する必要があると主張しました。

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in ソフトウェア,   サイエンス, Posted by log1h_ik

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