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手術中の医療ミスを激減させるはずの「WHOチェックリスト」はなぜ現場でうまく機能しなかったのか?

by dolgachov

世界保健機関(WHO)は2008年に、手術での死亡率を半減させるという触れ込みで「手術安全チェックリスト」を公表し、世界中の病院にこれを導入するよう求めました。しかし、その後に行われた実態調査では、チェックリストを使用しても医療ミスや事故がほとんど減少していないケースが発覚しました。患者の命を救うはずのチェックリストが一部のケースでほとんど機能しなかった理由は一体何なのか、ジャーナリストのエミリー・アンセス氏が、医療現場の実態や医師へのアンケート結果からその原因を追いました。

Hospital checklists are meant to save lives — so why do they often fail? : Nature News & Comment
https://www.nature.com/news/hospital-checklists-are-meant-to-save-lives-so-why-do-they-often-fail-1.18057

WHOが作成した「手術安全チェックリスト」には、「患者に既知のアレルギーはありますか?」「500mlを超える失血リスクはありますか?」など19項目の設問が記載されていて、チェック項目は手術前の確認事項から術後の点検まで網羅しています。発表に先だって8つの病院がこのチェックリストを試験的に採用したところ、術後の感染症などの合併症リスクが3分の1に減少し、死亡率はほぼ半減していたことから、WHOは世界中の医療機関に対してチェックリストかそれに準ずるシステムを導入するよう推奨。2012年までに全世界で2000以上の医療機関がこれに倣いました。

以下の画像は実際にWHOが作成した手術安全チェックリストの改訂版です。


しかし、その後チェックリストの効果に疑問を投げかけるような研究結果が発表されるようになりました。例えば、カナダのオンタリオ州内にある101の医療機関で実施された20万件以上の事例を分析した研究では、合併症や死亡例の発生数に有意な減少が見られなかったとのこと。

◆そもそもチェックリストには効果がないとの指摘
この食い違いについて一部の研究者からは、「そもそも最初の実証試験に不備があったのではないか」との指摘がなされています。WHOの試験を主導した研究者で、ボストンのブリガム・アンド・ウイメンズ病院の医師でもあるアトゥール・ガワンデ氏の調査報告では、実証試験の無作為化や対照群との比較が行われておらず、単にチェックリスト導入前と導入後における合併症や死亡例の発生件数だけを比較していました。このことは医療技術の進歩や機器の更新といった、チェックリスト以外の要素が調査結果から排除されていないことを意味しています。

しかし、チェックリストにまつわるノンフィクション小説「The Checklist Manifesto」でベストセラー作家にもなったガワンデ氏は、自らの調査にはコスト的な制約があったことを認めつつも、その後の追試などによりチェックリストの有用性は十分に実証されていると反論。「チェックリストは適切に機能します。適切に運用されている場合に限りますが」と述べました。

◆運用に問題があった可能性
実際に、ガワンデ氏の反論を支持するような研究結果も報告されています。イギリスの医療機関では国営医療サービス事業によりWHOのチェックリスト導入が義務づけられたことから、インペリアル・カレッジ・ロンドンのNick Sevdalis氏らの研究チームは、医療現場におけるチェックリストの運用実態を確認すべく追跡調査を実施しました。

by felipecaparros

その結果は、6714件の外科手術のうち96.7%でチェックリストが活用されていたものの、リストを最後まで終わらせていたのは62.1%しかなかったというもの。また、40%以上のケースでは手術スタッフの一部がチェックに参加しておらず、10%では主任の執刀医が不在のままチェックが行われていました。しかも、この研究ではチェック済みの項目が多いほど、術後の合併症の発生率が低いことも判明しています。

Sevdalis氏らは、チェックリストが適切に運用されなかった原因を探るため、イギリスの医療機関に勤務する手術スタッフ100人以上にインタビューを行いました。その結果、回答者の半数が「上席の外科医や麻酔科医がチェックリストに著しく非協力的」だと答え、またスタッフらも全体の4分の1がチェックリスト導入の経緯に不満を持っていました。というのも、チェックリストの導入に際してトレーニングを行ったり、スタッフから意見を募ったりした医療機関はごく一部で、大半の医療機関では有無をいわせずチェックリストの使用が義務づけられていたためです。

また、レスター大学の医療社会学者メアリー・ディクソン=ウッズ氏がイギリスの医療関係者と、WHOの試験に参加したボストンの医療関係者の双方にインタビューを行ったところ、イギリスの医療スタッフらは既に政府主導のさまざまな取り組みに従事させられており、疲弊していたという実態が浮かび上がりました。そのせいでWHOのチェックリストは「トップダウンで決まった押し付けがましい施策の1つ」とみなされていましたが、これとは対照的に、ボストンの医療スタッフらはチェックリストを「新しくて画期的な取り組み」だと捉えており、実証試験への参加も希望により募っていたとのこと。

by FlamingoImages

◆医療環境の問題
チェックリストが導入されていても、医療環境の整備がおざなりだったケースもありました。ディクソン=ウッズ氏がWHOのチェックリストを採用しているアフリカの病院を調査したところ、リストに記載されているような手術用スキンマーカー・抗生物質・パルスオキシメーターなどが不足しがちだということが分かったとのこと。

このことから、ディクソン=ウッズ氏は「仮に万全の体制ではなくても手術をした方が患者のためだったとはいえ、抗生物質がないのに『抗生物質を投与しましたか』というチェック項目に印をつけさせても実効性はありません」と指摘しています。

アンセス氏は「医療機関の経営者にとっての明確な教訓は、ただ手術室にチェック票を投げ込むだけでは無意味だということです」と結論し、医療スタッフにチェックリストを押し付けるだけではなく、現場をよく見る必要があるとの見方を示しました。

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in メモ, Posted by log1l_ks

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