サイエンス

ALSで全身の筋肉が動かない男性が「脳に埋め込んだ機械」で意思疎通できるようになったという研究結果


厚生省指定難病としても知られる「筋萎縮性側索硬化症(ALS))」を患い全身の筋肉が動かなくなってしまった男性に「脳の信号を読み取るデバイス」を埋め込むことで、意思疎通が行えるようになったと報じられました。

Spelling interface using intracortical signals in a completely locked-in patient enabled via auditory neurofeedback training | Nature Communications
https://www.nature.com/articles/s41467-022-28859-8

In a first, brain implant lets man with complete paralysis spell out thoughts: ‘I love my cool son.’ | Science | AAAS
https://www.science.org/content/article/first-brain-implant-lets-man-complete-paralysis-spell-out-thoughts-i-love-my-cool-son

Brain-computer interface helps patient with locked-in syndrome communicate | Live Science
https://www.livescience.com/brain-computer-interface-als-communicate

ALS患者の脳に信号を読み取るデバイスを埋め込む実験を行ったのは、ドイツのエバーハルト・カール大学テュービンゲンに所属するウジュワル・ショーハリー氏ら。ショーハリー氏らは2018年にALSを患っていた32歳の男性の同意を取り付け、侵襲的なインプラント手術を実施しました。

ALSは筋肉の制御を司る一次運動ニューロンと二次運動ニューロンが変性・消失していく原因不明の疾患で、人工呼吸などを用いなければ通常は2~5年で死亡するという進行の速さも特徴とされます。進行中期の患者においては聞くことはできても声を発することができなくなるため、意思疎通は「視線追跡カメラで画面上の文字にカーソルを合わせる」という手法が主に用いられており、今回実験に参加した男性もこの手法でインプラント手術を希望しているという意思表示を行い、実際に書面に記入を行ったのは妻と妹だったとのこと。


研究チームは脳の運動を制御する部位に縦横3.2ミリメートルの電極アレイ2つを挿入。男性が手・足・頭・目などを動かそうとした際に電極アレイに流れる信号にイエス/ノーを対応させるという実験を敢行しましたが、電極アレイに流れる信号に一貫性がなかったために3カ月近くも失敗が続きました。しかし、「電極アレイに流れる信号のペースは意図的に変えられる」という点に気がついた研究チームが、「電極アレイに流れる信号のペースを読み取り、ペースに応じたピッチの音を流す」という機器を接続することで、「イエスならば高いピッチの音を流し、ノーならば低いピッチの音を流す」という形で意思表示が可能となりました。

このシステムを使い続けた男性は、約3週間後には「単語や文字に対してイエス/ノーの意思表示を繰り返す」という手法で介護者に対して「位置を移動させて欲しい」という意図をつたえることができたとのこと。そして約1年後には1分に1文字というペースで文字を選択して、「グヤーシュのスープと甘いエンドウ豆のスープ」「TOOL(アメリカのロックバンド)のアルバムを大音量で聴きたい」「カッコいい私の息子を愛しています」という文章を作り上げることに成功しました。

TOOL - Schism - YouTube


ただし精度については難があり、イエス/ノーの判別に必要なピッチの制御に成功したのは135日中107日(約80%)。意味のある文章を作成できたのは44日(32%)のみでした。なぜピッチの制御や意味のある文章の作成に成功する日と失敗する日があるのかについては、当人との意思疎通が困難であるため推測するしかできませんが、研究チームいわく「眠っていたか、単に気乗りしなかったか。はたまた毎日行わなくてはならない信号読み取り機器のキャリブレーションに失敗した、という理由も考えられる」とのこと。

この研究に関する解説を報じた学術誌大手のScienceによると、開頭手術を行う必要のない非侵襲性のデバイスを使って脳の信号を読み取るという研究も存在するものの、「被験者が文章を形成できるようになった」というところまで至った研究は存在しないとのこと。今回研究に参加した男性は文章を形成する能力が低下してきているそうで、直近ではもっぱら「質問に対してイエス/ノーで答える」という形式の意思表示しか行っていないそうです。ショーハリー氏らの研究チームは、今後の研究を他のALS患者で続けるための資金を求めている最中だと語っています。

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in サイエンス,   動画, Posted by darkhorse_log

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