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電子網膜インプラントを使用している盲目の患者は技術が時代遅れになりサポートされなくなるため人工視力を失う危険あり


技術の進歩によって、目が見えなくなった人の視力を回復させる技術が登場しています。そのうちの1つである電子網膜インプラント技術を提供していた企業が経営の危機で別企業に吸収合併され、それまでの技術も捨ててしまったことから、すでに電子網膜インプラントを埋め込んで使っている人たちのサポートが事実上終了してしまっていると、IEEE Spectrumが報じています。

Their Bionic Eyes Are Now Obsolete and Unsupported - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/bionic-eye-obsolete

Go read this dystopian story about patients whose bionic eyes went obsolete - The Verge
https://www.theverge.com/2022/2/16/22937198/bionic-eye-company-defunct-ieee-spectrum-go-read-this

問題となっているのは、電子網膜インプラント技術を開発する企業のSecond Sight Medical Productsです。Second Sight Medical Productsは、電気技師から医師に転向したロバート・グリーンバーグ氏が1998年に立ち上げた企業で、「網膜に電流の刺激を与えると、盲目の患者が光を認識できた」という実験結果から、電子網膜インプラント「Argus II」を開発しました。

失明や視力が極端に落ちた人の視覚をサポートする人工網膜デバイス「アーガスII(Argus II)」をアメリカ食品医薬品局が認可 - GIGAZINE


Argus IIはカメラ付きのメガネと、ベルトに取り付ける映像処理ユニット(VPU)で構成されています。メガネについたカメラで捉えた映像をVPUで処理し、60ピクセルのモノクロパターンに変換してから、メガネについているトランスミッターに送信し、網膜に取り付けた60個の電極に送信することで、網膜に刺激を与えて見えるようにするという仕組み。


Argus IIの価格は1ユニット15万ドル(約170万円)で、他の神経デバイスのおよそ5倍もの値段がするとのこと。さらに手術やリハビリなども含めると片目だけで49万7000ドル(約5700万円)かかることになります。

Argus IIで見ることのできる映像はカラフルで解像度の高いものではなく、わずか60ピクセルの白黒映像なので物の形や様子を把握することすら困難ですが、片目の視力を失い手術を受けたロス・ドーアさんは「通常の視力とはいえませんが、それでも現在の視力よりは100%マシです」とコメントしています。


しかし、Second Sight Medical Productsは2019年に電子網膜インプラントの製造を中止し、2020年に倒産の危機となりました。その後、人工的に視覚を得るための脳内インプラント「Orion」の臨床試験を行うと発表し、公募増資で5750万ドル(約66億4000万円)を調達しましたが、5ドル(約580円)だった株価が1.5ドル(約170円)まで下落し、Second Sight Medical Productsはバイオ医薬品企業のNano Precision Medicalに吸収合併されることとなりました。

IEEE Spectrumによれば、Argus IIの手術を受けた人は世界中におよそ350人以上おり、Second Sight Medical Productsは手術を受けた人に対して、Argus IIの映像解像度を増やすための改良やソフトウェアのアップデートなどといった技術的な将来性を約束していたとのこと。しかし、2020年の倒産危機時にグリーンバーグ氏がCEOを辞任し、ほとんどの従業員が解雇されてしまったことから、Argus IIがアップデートされる可能性はほぼなくなったといえます。


Argus IIの臨床試験でインプラントを埋め込んだバーバラ・キャンベルさんは、手術から4年間使い続けてきましたが、2013年に地下鉄の駅を歩いていると突然システムがシャットダウンしてしまったとのこと。本体を修理に出しても治る気配はなく、キャンベルさんのArgus IIは二度と機能しなくなりました。その後、インプラントを網膜から取り除く手術について主治医と相談したそうですが、リスクを考えるとインプラントを除去する価値はないという結論に至ったとのこと。結果、機能を失った電極はキャンベルさんの左目に残ったままとなっています。

キャンベルさんと同様のケースが他にも報告されているほか、アメリカ食品医薬品局(FDA)の承認後調査によれば、36件の重大な有害事象と152件の有害事象が観察されたとIEEE Spectrumは報告しています。また、Argus IIのインプラント手術を受けた人の中には網膜剝離を起こしたケースも見られたとのこと。


さらに、Second Sight Medical Productsは2020年に「Orion」という脳インプラントを使った視力回復技術を開発していますが、Second Sight Medical Productsを吸収合併したNano Precision Medicalは「我々はOrionについていかなる計画も予定していません」と断言したため、結果としてOrionのサポートも行われなくなってしまうと予想されます。

IEEE Spectrumは「イノベーションに失敗はつきものです。Argus IIは革新的な技術であり、Second Sight Medical Productsは人工視力システムを開発する他企業の先を行く存在だったかもしれません。しかし、将来的に電子網膜インプラントを検討する人にとって、Argus IIの患者がほったらかしにされたという教訓は、その決断を鈍くさせるかもしれません。斬新な技術に挑戦すべきなのでしょうか?移植を受けて、それが世界を見せてくれるとしても、それに依存することを許していいのでしょうか?」と述べました。

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in ソフトウェア,   ハードウェア,   動画, Posted by log1i_yk

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