イスラエル軍が顔認証システムや街中の監視カメラを展開してパレスチナ人の監視を加速している
近年は「地下鉄の運賃を顔認証で決済するシステム」や「学校の食堂での支払い処理を顔認証で行うシステム」など、さまざまな場面で顔認証システムの導入が進められている一方、プライバシーに関する問題も提起されています。そんな中、イスラエルとヨルダンの間に位置するヨルダン川西岸地区では、イスラエル軍がパレスチナ人を監視するために大規模な顔認証システムを展開していると、アメリカの日刊紙であるワシントン・ポストが報じています。
Israel escalates surveillance of Palestinians with facial recognition program in West Bank - The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/world/middle_east/israel-palestinians-surveillance-facial-recognition/2021/11/05/3787bf42-26b2-11ec-8739-5cb6aba30a30_story.html
The Israeli army is using facial recognition to track Palestinians, former soldiers reveal - The Verge
https://www.theverge.com/2021/11/8/22769933/israeli-army-facial-recognition-palestinians-track
ヨルダン川西岸地区は長年にわたってユダヤ人とパレスチナ人による激しい紛争が繰り広げられてきた場所であり、1967年の第三次中東戦争でイスラエルに占領されたものの、依然として約270万人のパレスチナ人が居住しています。イスラエル軍はヨルダン川西岸地区において、顔認証システムや公共の場における監視カメラの設置を推し進め、パレスチナ人に対する監視を強化しているとワシントン・ポストは述べています。
最近軍を除隊した元兵士らが、イスラエル軍の退役軍人で構成されるNGOのBreaking the Silenceに語ったところによると、イスラエル軍は「Blue Wolf(ブルーウルフ)」という顔認証システムを導入しているそうです。ブルーウルフはスマートフォンアプリを個人情報データベースと組み合わせたものであり、モバイルデバイスでパレスチナ人の顔を撮影するとアプリがデータベースとの照合を行い、対象の人物を逮捕するべきか、拘束するべきか、それとも通過を許可していいのかを通知するとのこと。ある元兵士はブルーウルフを「パレスチナ人のFacebook」と表現しています。
匿名を条件にワシントン・ポストと話した元兵士は、2020年にヨルダン川西岸地区で最大の都市・ヘブロンをパトロールした際、「できるだけ多くのパレスチナ人の写真を撮影する」という任務を与えられたと述べています。兵士らはスマートフォンにインストールされたブルーウルフのアプリを通じて写真をアップロードし、子どもも高齢者も関係なく写真を撮ることを求められました。各部隊が撮影した写真は1週間で数百枚に上り、最も多くの写真を撮影した部隊には「夜間の休暇」などの報酬が与えられるコンテスト形式だったそうです。
また、別の元兵士はBreaking the Silenceに対し、ヨルダン川西岸地区に入植する非軍人のイスラエル人には、「White Wolf(ホワイトウルフ)」という別のスマートフォンアプリが提供されていると述べています。非軍人はパレスチナ人を拘束することはできないものの、ユダヤ人の入植地に建設作業などで入るパレスチナ人の身分証明書をホワイトウルフでスキャンすることができるとのこと。
by Tali C.
ブルーウルフの展開に加えて、イスラエル軍は「ヘブロンスマートシティ」と呼ばれる広範な監視カメラネットワークを使ってパレスチナ人の監視を強化しています。ヘブロンの至る所に設置された監視カメラは、公共の場所だけでなくパレスチナ人の民家にも向けられています。
ヘブロンに住む4児の父・Yaser Abu Markhyah氏は、以前からイスラエル軍による検問所や移動制限、頻繁な尋問に対処してきたものの、監視カメラによって「プライバシーの最後の名残」が剥ぎ取られていると主張しています。「カメラが常に私たちを監視しているので、もはや快適に社交することはできません」とMarkhyah氏は述べており、子どもを家の前で遊ばせることをやめさせたほか、監視の行き届いていない地域に住む親戚は自分の家を訪ねてこなくなったとしています。
イスラム教徒とユダヤ教徒の両方にとって神聖な地であるマクペラの洞穴に近いMarkhyah氏の住む地域には、監視カメラが約90m間隔で取りつけられており、家の屋根までイスラエル軍によって監視されているとのこと。ある日、Markhyah氏の6歳になる娘が屋上デッキから1個の小さじを落としたところ、家の前の通りには誰もいなかったにもかかわらず、すぐにイスラエル兵がやってきて「屋根から石を投げたのではないか」と指摘してきたそうです。
Markhyah氏の自宅屋上で撮影した以下の写真を見ると、家のすぐそばに監視カメラが設置されていることがわかります。
ヘブロンの人権活動家であるIssa Amro氏は、「イスラエル軍は私たちの生活を困難なものにして、自主的に去って行き、より多くの入植者が来られるようにしたいと思っています」と指摘。実際に、Amro氏の近所に住むいくつかのパレスチナ人家庭は監視の強化に耐えかねて引っ越していったそうです。「カメラにはパレスチナ人を見る目しかありません。家を出た瞬間から帰る瞬間まで、あなたはカメラに見られています」とAmro氏は述べました。
イスラエル国防軍はワシントン・ポストの問い合わせに対し、監視カメラの設置などは「日常の治安活動」であり、ヨルダン川西岸地区に住むパレスチナ人の生活の質を改善する努力の一環だと述べました。しかし、元諜報部だという人物はワシントン・ポストに対し、「彼ら(イスラエル軍)が地元のショッピングモールでそれを使用したならば、私は快適だとは感じないでしょう」と述べ、指紋の採取などより数倍も深刻なプライバシー侵害が行われていると主張しています。
近年ではアメリカの大都市が相次いで「当局による顔認証システムの使用禁止」を進めているほか、ヨーロッパでは法執行機関によるAIの使用が禁止されるといったテクノロジー規制の動きが進んでいますが、イスラエル軍はその真逆を行っています。さらに、イスラエル国内ですら公共の場所に顔認識カメラを導入する提案に大きな反対が起きているにもかかわらず、占領地であるヨルダン川西岸地区では国内と別の基準が適用されているとワシントン・ポストは指摘しました。
Breaking the Silenceのエグゼクティブ・ディレクターを務めるAvner Gvaryahu氏は、ヨルダン川西岸地区では顔認識システムが「パレスチナ人を抑圧・征服するもう1つの手段」として利用されていると主張。「監視とプライバシーが最前線の世界的な話題になっている中、イスラエル政府と軍による『パレスチナ人に関しては基本的な人権は関係ない』とする恥ずべき仮定が見られます」と述べて非難しました。
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