中国がEVで成功してもジェットエンジンで苦戦する理由とは?

中国はEVやバッテリー、再生可能エネルギー、自動車や家電などで使われる「レガシーチップ」の分野で急速に存在感を高める一方で、民間航空機や軍用機に使われるジェットエンジンではアメリカやヨーロッパのメーカーと同等の水準に達するまで苦戦が続いています。政治経済や国家の政策実行能力について論じるニュースレター「The Tanzimat Diaries」の筆者であるアーカシュ・ジャピ氏が、中国のジェットエンジン開発から見える産業政策の限界について論じています。
Why Jet Engines Aren’t “Made In China” - The Tanzimat Diaries
https://aakash.substack.com/p/why-jet-engines-arent-made-in-china

ジャピ氏は中国の製造力そのものを否定しているわけではありません。中国は商用化が進んだ技術を大規模に量産して価格を下げ、国内市場を足場に世界市場へ広げる分野で大きな成果を上げてきました。しかしその方法が通用しにくい産業もあり、ジェットエンジンはその代表例だとジャピ氏は述べています。
ジェットエンジンが難しい理由の1つが高圧タービンブレードです。高圧タービンブレードはエンジン内部の高温高圧のガスを受けて回転する部品で、極めて高い温度と強い遠心力に耐え続ける必要があります。ブレードが破損すればエンジン全体に深刻な損傷を与えるため、単に高性能な部品を作るだけでなく長時間にわたって安全に動作することを示さなければなりません。

初期のジェットエンジンに使われた高圧タービンブレードには、ニッケル・クロム合金にチタンや炭素を加えた「ナイモニック75」が使われていましたが、高温下で少しずつ変形する「クリープ」という現象が起き、寿命は数十時間にとどまっていました。その後、アルミニウムやチタンを加えて高温強度を高めた「ナイモニック80A」が登場し、さらにレニウムやルテニウムなどを加えた超合金へ発展していったとのこと。こうした材料の改良は、高温下で故障につながる要因を1つずつ減らす形で進んできました。
材料だけでなく鋳造も大きな壁になっています。通常の鋳造では溶けた金属が固まる過程で内部に複数の結晶ができ、結晶同士の境目である「粒界」が生じます。タービンブレードではこの粒界に沿って亀裂が入ることがあるため、高性能ブレードではブレード全体を1つの結晶として成長させる「単結晶鋳造法」が使われます。
以下の画像はタービンブレード内部の結晶構造の違いを示したものです。左の「Equiax(等軸晶)」は複数の結晶がさまざまな向きで固まった構造で、結晶同士の境目である粒界が多く残ります。中央の「Directionally Solidified(一方向凝固)」は結晶を縦方向にそろえて横方向の粒界を減らした構造、右の「Single Crystal(単結晶)」はブレード全体を1つの結晶として成長させ、粒界をなくした構造です。

単結晶鋳造では温度・冷却速度・不純物・溶け込んだガスなどの条件を非常に狭い範囲に保つ必要があり、わずかな乱れで別の微細な結晶が生じれば欠陥として不合格になる可能性があります。既存メーカーであっても単結晶鋳造で基準を満たすブレードの割合は50~70%程度で、新規参入企業は何年も不合格品の多さに苦しむことになるとジャピ氏は説明しています。
タービンブレードを大規模に生産できる企業は世界に7社しかなく、それらの企業も単独でブレードを作っているわけではありません。材料となる合金からセラミック・金型・鋳造炉・表面のコーティング・検査・認証装置に至る行程を、アメリカ・イギリス・日本・ドイツ・スイス・フランスなどの企業が支えています。ジャピ氏によるとタービンブレード1枚の製造には約100社、アメリカの25州、15カ国にまたがる製品や工程が関わっているとのことです。
さらに、ジェットエンジンは4万点以上の部品からなり、その中には極端な環境で動作し独自の材料構成と製造工程を持つ部品が多数含まれます。こうした分業網と長年の製造経験がジェットエンジン産業への参入を難しくしているそうです。
中国は1986年にジェットエンジンの国産化を戦略的課題に位置づけ、独自の産業を作るために巨額の投資を行ってきました。それでも、中国の国産旅客機「C919」は2026年5月時点でも中国製エンジンではなく、アメリカのGeneral Electric(GE)とフランスのSafranの合弁会社「CFM」が製造する「LEAP-1C」エンジンを搭載しています。
ジャピ氏は中国がEVやバッテリーで成功した理由として、「技術的な目標が比較的分かりやすいこと」「改良サイクルが速いこと」「国内市場を使って生産規模を一気に拡大できたこと」を挙げています。

しかし、ジェットエンジンではEVやバッテリーで有効だった方法がそのまま通用しにくいとのこと。ジェットエンジンの価値は燃費のわずかな差や長期信頼性、整備コストの低さに大きく左右されるため、長期試験と実運用を通じて信頼性や整備性を確認する必要があります。設備を建てたり人材を集めたりすることはできても、何世代にもわたって蓄積された工程知識や故障対応の経験を短期間で再現することはできません。
完成品を分解・分析して再現するリバースエンジニアリングも決定的な解決策にはならないとジャピ氏は指摘しています。中国は1975年にロールスロイスのターボファンエンジン「Spey MK.202」の生産権を購入しましたが、中国初の成功したターボファンとされる「WS9」が大規模生産に入ったのは2013年で、当初の見込みから大きく遅れました。
また、民間のジェットエンジンでは市場構造と認証も壁になります。エンジンメーカーは本体販売よりも保守や部品交換で利益を得る場合が多く、民間航空市場に入るにはアメリカの連邦航空局(FAA)やヨーロッパの欧州航空安全機関(EASA)による認証も重要です。大型ジェットエンジン「GE9X」の場合、約5000時間の試験が行われ、離陸・着陸・巡航を想定した8000サイクルの試験も実施されました。
中国が開発中の国産エンジン「CJ-1000A」の計画は2009年に始まり、当初は2015年の生産開始を見込んでいました。しかし試作機が登場したのは2017年で、貨物機に試験用エンジンとして搭載して行う飛行試験が始まったのは2023年。中国国内での認証は早くても2027年以降、国産旅客機である「C919」への搭載は早くても2030年とされており、FAAやEASAによる認証の見通しは立っていないとのことです。
軍用エンジンについては軍用機の推進装置を他国に依存すると安全保障上の大きな弱点になるため、中国が国産化を進める合理性があるとジャピ氏は述べています。

しかし、民間向けエンジンの国産化については軍用エンジンほど明確な見返りがあるわけではないとジャピ氏は見ています。「C919」はエンジン以外でも航空電子機器や飛行制御システム、補助動力装置などをアメリカやヨーロッパなどの企業に依存しており、機体全体で国産化を進めるには広範な部品を置き換える必要があります。また、「CJ-1000A」は「C919」向けのエンジンであり、別の機体にそのまま使えるわけではありません。
ジャピ氏によると、中国は過去30年間で民間ジェットエンジン開発に490億~720億ドル(約7兆8000億~約11兆5000億円)を投じており、そのかなりの部分が「CJ-1000A」計画に使われています。中国は「C919」を年100機ほど生産することを目指していますが、1基1500万ドル(約24億円)と仮定しても年間のエンジン購入額は30億ドル(約4800億円)程度で、過去の投資や研究開発費、生産ラインの維持費を回収するには不十分だとジャピ氏は説明しています。
それでも中国が民間ジェットエンジンの開発を続けるのは、国産化そのものが国家主権の象徴になっているためだとジャピ氏は見ています。背景には中国共産党が外国企業と互いに依存し合う状態を戦略的な弱点と捉えていることがあるとのことです。
ジャピ氏はこうした投資にはある分野に資源を投じることで別の分野に使えなくなる「機会費用」があると指摘しています。AIや半導体のように中国にとって見返りが大きい分野もある中で、民間ジェットエンジンに巨額の資源を投じ続ける判断にはコストが伴います。
アメリカやヨーロッパなどでは政府主導だけでなく投資家や企業の資金がリスクの高い挑戦に向かうことがあり、ジャピ氏はその例として超音速機スタートアップのBoom SupersonicやHermeus、自律型システムなどを手がける防衛技術企業のAndurilやShield AIを挙げています。
ジャピ氏は「中国が既知の技術を大規模に量産する力をさらに積み上げるのか、それともアメリカやヨーロッパなどが既存技術の単純な延長ではない新技術を生み出し続けるのかが、長期的なイノベーション競争を左右する」とまとめています。
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in サイエンス, 乗り物, Posted by log1b_ok
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