サイエンス

国ぐるみでの「貧困撲滅プログラム」が成人の認知能力を高める可能性


貧困は単に収入が少なくて必要な物資が購入できないだけでなく、メンタルヘルスや認知能力にも悪影響を与えるということがわかっています。新たな研究では、国ぐるみの貧困撲滅政策が貧困状態にあった人々の認知能力を高める可能性があると示されました。

Does targeted poverty alleviation improve cognitive ability? Evidence from a quasi-experiment in China: Journal of the Asia Pacific Economy: Vol 0, No 0 - Get Access
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/13547860.2026.2659687

Adults lifted out of poverty by China's national program scored higher on cognitive tests afterward — and which kind of thinking improved depended on where a person started
https://www.psypost.org/escaping-absolute-poverty-boosts-adult-cognitive-abilities/

経済学者の間では「貧困は単に所得が低いというだけではなく、人間としての潜在能力が『剥奪』されている状況」であるとする見方が強まっています。この考えに基づけば、貧困は人々が本来持っている資源を生産的な活動に生かすことを阻害するものということになります。実際に、慢性的な経済的ストレスが注意力やワーキングメモリを圧迫し、認知機能を低下させることを裏付ける研究結果が報告されています。

そこで中国の浙江大学や中央財経大学の研究チームは、社会的な貧困政策が人々の精神的能力を回復させられるのかどうかを検証するため、中国で実施された「精准扶贫(ターゲットをしぼった貧困支援)」に目を向けました。ターゲットをしぼった貧困支援は2015年に政府主導で開始された全国的取り組みであり、低所得世帯に的を絞った融資・医療・雇用支援を提供することで、1日の所得が1.1ドル(約170円)以下の貧困を撲滅することを目指すものでした。

研究チームは貧困支援プログラムによって人々の収入が増えたかどうかだけでなく、対象となった成人の認知能力を向上させたのかどうかを調べました。研究では中国全土の人々の社会経済的状況を追跡する中国家族パネルのデータを利用し、2014年時点で貧困ラインを下回る世帯、あるいは貧困支援プログラムに登録された世帯の成人を分析しました。このデータを利用することで、年齢・婚姻状況・世帯規模・地域の経済発展状況といった幅広い要因を制御することができたとのこと。

認知能力の測定には、2010~2018年に実施された標準化テストの結果が用いられました。このテストでは、蓄積された知識や経験に基づく「結晶性知能」と、過去の学習とは無関係に新しい問題を解決したりパターンを識別したりする「流動性知能」の2種類が調査されました。結晶性知能は単語認識と数学的計算課題によって測定され、流動性知能は記憶力テストと数列推論を用いて測定されました。


研究チームが、貧困支援プログラムを受けた成人とそうでない成人のテスト結果をプログラムの前後で比較したところ、プログラムの恩恵を受けた成人は結晶性知能と流動性知能の両方において、顕著な改善がみられました。具体的には、結晶性知能では平均5ポイント、流動性知能では平均0.5ポイントのスコア上昇が確認されたと報告されています。

認知能力の向上は歴史的に貧困が深刻であり、貧困支援プログラムで集中的に資源が投下された中国西部で最も顕著でした。また、高齢者や学歴が低い人ほど結晶性知能の上昇が大きいことも確認されており、これは貧困対策による生活環境の改善によって、人生の早い段階で習得できなかった基礎的な知識スキルを取り戻せたことを示唆しています。


一方、より学歴の高い人々は貧困支援プログラムによって、流動性知能において大きな向上を示しました。これらの人々は、より良い経済的安定を高度な問題解決能力や抽象的推論能力へと転換するために必要な、基礎的な学習スキルをすでに備えていた可能性があるとのこと。

また、貧困支援プログラムを受けた女性は、男性よりもはるかに大きな結晶性知能の向上を示しました。研究チームはこの理由について、「伝統的な家庭規範では女性がより多くの家事や介護を担っており、貧困支援プログラムによって女性の家事・介護負担が男性よりも大きく軽減された結果、知識に基づく認知機能が向上したのではないか」と推測しています。

さらに非就労者と就労者を比較すると、非就労者の方が認知能力の向上がわずかに大きいことも確認されています。これは、貧困状態にある非就労者は強い健康面および経済面での障壁にさらされていたため、プログラムによる恩恵が大きかったのではないかとみられています。


研究チームは貧困支援プログラムが認知スコアを向上させた経路について、3つの可能性があるとしています。1つ目は健康状態に関するもので、貧困支援プログラムによって自己申告による身体的健康と精神的健康の両方が向上し、これらの改善が認知スコアの向上と相関関係にあることがわかりました。これは病気に関する負担や不安が軽減されたことで、情報処理に使えるエネルギーが増大したためと考えられます。

2つ目が支出の変化に関するもので、貧困支援プログラムに参加している世帯は教育や技能訓練により多くの資金を費やし、これが認知スコアの向上と関連していました。貧困支援プログラムは教育にかかる直接的なコストを減らすとともに、技能訓練による報酬を増やすことで、人々がより多くの学習活動に取り組むのを助けたとみられます。

3つ目が雇用率の向上に関するものです。貧困支援プログラムに参加したことで、より多くの成人が日々の問題解決や時間管理、そして社会的な交流を必要とする職場環境で働く機会を得ました。このような労働環境に身を置くことで、認知スコアが向上した可能性があるとのことです。

今回の研究は、大規模な国ぐるみの貧困支援プログラムが認知能力を向上させたことを示唆していますが、プログラムは医療・教育・雇用などにまたがる包括的なものであったため、具体的にどの分野が強く影響していたのかは不明です。

心理学系メディアのPsyPostは、「今後の研究では、これらの認知能力の向上が生涯にわたって持続し、将来の経済的困難を防ぐのに役立つかどうかを確認するために、参加者をより長期間追跡調査する必要があるでしょう」と述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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