貧しい人々の「痛み」が過小評価されて治療に格差が生じている可能性
経済的な格差は単純に購入できる物品の差に表れるだけでなく、「貧困層は富裕層よりも早死にする」「地域の経済状態により子どものIQに差が生じる」「貧富の差によって3000万語もの『言葉の格差』が子どもに発生する」といったことが指摘されています。新たに行われた研究では、「社会経済的な地位が低い人は『痛み』が過小評価されやすく、貧富の差によって受けられる治療の質も変わる」ことが判明しました。
Poverty and pain: Low-SES people are believed to be insensitive to pain - ScienceDirect
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0022103121000160
New psychology research finds that poor people are perceived as being less susceptible to pain
https://www.psypost.org/2021/09/new-psychology-research-finds-that-poor-people-are-perceived-as-being-less-susceptible-to-pain-61883
There's a Horrible Bias That Makes Us Underestimate The Pain of Poorer People
https://www.sciencealert.com/there-s-a-horrible-bias-that-makes-us-dismiss-the-pain-of-poorer-people
アメリカ・デンバー大学の大学院生であるケヴィン・サマーズ氏が指摘しているのが、統計データから裕福な人々の方が貧しい人々よりも多く痛みの治療を受けていることが示されているという問題です。この原因について調べた過去の研究では、質の高い医療施設や保険の有無、患者自身の健康状態、アルコールの摂取量などに焦点が当てられていたとのこと。
その一方で、以前からアフリカ系アメリカ人は痛みが過小評価されやすいとの研究結果や、男性より女性の方が痛みが過小評価されているとの研究結果が報告されており、さまざまな主観的バイアスも痛みの評価に影響していることが示されています。しかし、貧富の差と痛みに関する医療の差について、医療従事者が持っているバイアスと関連付けた研究はほとんどなかったとサマーズ氏は指摘しています。
そこでサマーズ氏らの研究チームは、医療従事者が持っている貧富の差に関するバイアスが痛みの治療に及ぼす影響について調査するため、総被験者数1584人を対象にした複数の実験を行いました。
まず、最初の実験では126人の被験者に対し、20人の白人男性の職業や学歴、ニュートラルな表情の顔写真、そして18の「痛みのシナリオ」を提示して、それぞれの白人男性がどれほどの痛みを感じているかを評価させました。その結果、所得が低い仕事(ウエイターや皿洗いなど)に就いたり学歴が低かったりする白人男性は、たとえ同じ痛みのシナリオであったとしても、社会経済的状態が恵まれている白人男性(弁護士や医者など)よりも「あまり痛みを感じていない」と評価される傾向が確認されたとのこと。
248人の被験者が参加した別の実験では、顔写真を見せずに「社会経済的地位の低い人」といった説明を含む文章で痛みの評価を行わせたところ、やはり社会経済的地位の低い人は「痛みに対する感受性が低い」と認識されていることが判明しました。性別や人種などを含めたフォローアップ実験では、黒人や女性の患者の痛みが過小評価される傾向も確認されましたが、やはり社会経済的地位も痛みの評価に影響することがわかりました。
そして研究チームは111人が参加した実験で、患者となる人物の顔写真やプロフィールを見せて痛みの感受性を判断してもらうだけでなく、「彼ら/彼女ら(痛みを評価される対象となる画像の人物)の人生はどれほど大変だったと思いますか?」という質問にも回答させました。回答を分析したところ、人々は「社会経済的地位の低い人はこれまでにさまざまな困難を経験したため、痛みに対してタフになる」と考えていることがわかりました。つまり、「貧しい人々は裕福な人々よりもタフなので、同じ状況でも感じる痛みが少ないだろう」というバイアスが存在したというわけです。
さらに研究チームが、「被験者に患者の痛みを和らげるための鎮痛剤を処方させる」という実験を行ったところ、非医療従事者と医療従事者の両方で「裕福な人々により多くの鎮痛剤を与え、貧しい人にはより少ない鎮痛剤を処方する」という傾向が見られました。研究チームは、「被験者は社会経済的地位が低い人物の痛みは、社会経済的地位が高い人物より少ないと評価し、痛みを和らげるために必要な治療が少なくて済むと判断しました」と述べています。
サマーズ氏は、医療現場における社会経済的地位と痛みの感受性についてのバイアスにより、貧富に伴う痛みの治療の格差を生み出す可能性があると指摘。また、この影響は医療現場だけに限定されるものではなく、「歩道で痛みを訴える社会経済的地位が低い人を無視する」「社会経済的地位が低い友人が痛みを訴えても病院に行くように勧めない」「従業員の社会経済的地位によってけがに対する補償や傷病休暇が変動する」といった影響が出る可能性があるとのこと。
なお、今回の研究結果はあくまで画像を用いて行われたものであり、診察室で実際に本人を見て痛みや鎮痛剤の量を判断する場合とは環境が違います。そのため、今後の研究では実験室ではなく、診察室での決定に影響が及ぶのかどうかを調べる必要があるとサマーズ氏は指摘。また、研究チームは社会経済的地位が痛みの判断に与えるバイアスが子どもにも及ぶのかについて、さらなる研究を行っているとのことです。
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