高成績の生徒が多い学校が必ずしも優れた教育を行っているわけではない理由としての「選択バイアス」
by Peter Hershey
「この学校は優秀な卒業生をたくさん生み出しているから、自分の子どもも入学させれば将来的に成功するはず」というような発想で、子どもの学校を選択したり、子どもに勧めたりする親もいるはずです。しかし、ニューヨークで働く教師であり、ニューヨーク市立大学の教員や教員組合のスタッフを務めるFreddie deBoer氏は、教育システムのいたるところに選択バイアスが隠れており、「高成績の生徒が多い学校が必ずしも優れた教育を行っているわけではない」という仕組みについて語っています。
why selection bias is the most powerful force in education – the ANOVA
https://fredrikdeboer.com/2017/03/29/why-selection-bias-is-the-most-powerful-force-in-education/
アメリカでは大学入試にあたるSATの点数が大学に入った後の生徒の成績に大きく影響していると言われており、SATの点数が高い学生ほど大学での成績もよく、1年生でドロップアウトする確率が低くなり、4年あるいは6年の学校生活を無事終える傾向があるとされています。さらに、SATで高得点だった生徒は卒業後もフルタイムの職を得やすいとのこと。
また、大規模な調査でも「若い頃のSATや空間認識能力のスコアが高い人ほど将来、科学者、学者、フォーチュン500企業のCEO、連邦裁判官、上院議員、そして億万長者になりやすい」ということが確認されており、特許取得数や論文執筆本数と、SATの点数や空間認識能力の高さが相関関係があることも判明しています。SMPYという「早熟の天才」に焦点を当てた調査では当初「大学入試の上位1%」を天才として見なしていましたが、この中にはGoogle創設者のセルゲイ・ブリンやFacebook創設者のマーク・ザッカーバーグ、アーティストのレディ・ガガなど著名な人物が含まれたそうです。
45年にわたる5000人の天才の追跡調査で「早熟の天才」ほど社会的・経済的に成功を収めやすいことが判明 - GIGAZINE
このSATのスコアについて、コネチカット州とミシシッピ州の2州の平均点を比較すると以下のようになります。
コネチカット州のSATスコアの平均は、数学が450点、英語が480点で合計が930点。一方でミシシッピ州の平均点は数学が530点で英語が550点の合計1080点。点数だけを見ると、ミシシッピ州の学生はコネチカット州の学生よりも高成績で、優秀であるように見えます。
SATスコアが人の人生に大きな影響を与えていると考えた時に、自分の州を経済的に活性化させたい州知事が、これらのデータを分析して教育制度の改革を行うとどうなるでしょうか。コネチカット州は、州の教師のほとんどが参加する強力な教育組合があり、一方のミシシッピ州の公立校で働く教師の多くは公的な組合に属していません。ミシシッピ州の方がSATの平均点が高いという事実だけをみると、教育組合がない方が子どもたちの学力は向上するとして、州知事は組合に反対する政策をとる可能性もあります。
しかし、実際には、コネチカットは教育政策に成功した州であり、全米学力調査(NAEP)によると高校4年次・8年次における生徒の成績はアメリカ全国のランキングでも2位となっています。一方で、ミシシッピ州における高校4年次・8年次の生徒の成績は、全国ランキングにおいて下から2番目です。
なぜ実際とは真逆の結果に見えるのかというと、これはそれぞれの州におけるSAT受験率と平均点の関係によるもの。ミシシッピ州のSAT受験率は3%であり、受験を行う人は大学に入る準備ができている、いわば州の中でもトップレベルの学生です。一方で、コネチカット州でのSAT受験率は88%。全員に近い学生がSAT受験にふさわしい学力を備えています。受験する人の数が多いため、全体としての平均点は下がりますが、一方でコネチカット州のSAT受験生上位20%は、ミシシッピ州のSAT受験生上位20%よりも成績がよいとのこと。
by Mari Helin-Tuominen
このことが示すのはつまり、私たちの語る「教育の質」の善し悪しが、選択バイアスの影響を受けている可能性があるということです。
例えば、ある街に1つの公立高校と、学力試験において生徒が高成績であることを売りにしている私立高校があったとします。生徒たちの成績を単純に比較すれば、私立高校の教育内容の方が公立高校の教育内容よりも優れて見えるかもしれません。しかし、もちろん私立なので非常にコストがかかり、通える子どもは限られています。つまり、私立高校に通う生徒の成績は家庭の収入によって影響されたものであり、私立高校で行われている教育内容が優れているから子どもたちの成績がいいとは、必ずしもいえないわけです。それぞれの学校に通う生徒がふるいにかけられていることを考慮することなしに、「教育の質が優れているかいなか」は語れません。
以下のグラフは横軸が大学入学時のSATの平均点、縦軸が大学ごとに実施されたCLA(Collegiate Learning Assessment)という標準試験のの平均点を示しています。青いドットが各大学における1年生の生徒の平均点で、赤いドットが4年生の成績の平均点を表しており、青いラインと赤いラインの差が、大学4年間においての学習の程度となっています。このグラフからわかるのは、大学1年次と4年次の双方においてSATとCLAの点数が強い相関関係にあり、大学入学時にすでに選択バイアスが存在することです。
ハーバード大学を卒業した人々は、学業的にも職業的にも優れた結果を残すでしょう。しかし、そのことによってただちにハーバード大学の教育内容が素晴らしいと言えるわけではないのです。ハーバード大学は何百万ドルという資金をかけて注意深く「入学させる生徒たちを選んでいる」のであり、ハーバード大学の入学プロセスをクリアした子どもたちの多くは、どこに行っても優れた結果を出せます。優秀な卒業生が多いことは、ハーバード大学の教育が優れているのか?という疑問を解決しません。
また、選択バイアスの存在は、教育における我々の因果関係の見方を変化させます。教育を改革すべきと主張する人々の多くは「貧困家庭にあったりマイノリティに属している学生は、地価が高い区域や白人が多い地域に住むことができず、よい学校に入ることができないシステムになっている」と主張します。しかし、この因果関係が逆である可能性もあるのです。つまり、これらの地域は貧しい学生やマイノリティの学生を効率的に排除できるために、高い学業成績を維持できるという発想です。社会的に有利な条件にある学生たちを教育する学校は、当たり前ですが、よい学校に見えます。しかし、このような発想がメディアやリベラルたちの議論に上ることはほとんどありません。
by JodyHongFilms
教育における選択バイアスはいたるところに存在します。アメリカでは親や教員・地域団体などが州や学区の認可を受けて設立する初等中等学校「チャーター・スクール」が1990年代から増加しており、さまざまな生徒に対して教育的配慮をしていることから「革命的」という言葉とともに紹介されることも多々あります。しかし、2013年にロイターが徹底的な調査を行ったところ、「教育が難しい生徒を意図的に排除する仕組み」を持つチャーター・スクールが存在することが明らかになりました。これらのチャーター・スクールは、表面的には公立学校と同じく全ての学生を受け入れる形を取っているのですが、共働きの両親が参加できない時間帯にミーティングを設け、ミーティングに参加することを入学条件にするなどの、隠れた「ふるい」が存在します。
チャーター・スクールの有効性について調査したスタンフォード大学の「CREDOプロジェクト」において、研究者らは大規模な研究では隠れてしまうような潜在的な「ふるい」のメカニズムを考慮していると主張していますが、それでもキャンベルの法則で「いかなる定量的な指標であっても、それが力を持つほどに、その指標はシステムをおとしめようとするものたちによって、退廃への圧力にさらされることになる」と言われているように、現代アメリカの教育制度は多くのバイアスを受けています。
学校や教育の質について考える時に選択バイアスについて考える人々はほとんどいない、とdeBoer氏は語っています。多くの親は「この学校で生徒たちは非常にうまくやっている。問題児である私の子どもも、この学校に通わせればうまくやれるはずだ」という発想をします。しかし、限りある教育リソースを公平かつ効率的に使おうとすれば、物事をより深く観察し、現代教育システムのダイナミクスを認識する必要があるとのことです。
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