なぜ人は「罪のない相手」を傷つけるのか?
多くの人は他人を傷つけることを嫌がりますが、中には誰かを傷つけることを気にしないばかりか、全く罪のない相手を傷つける人もいます。一体なぜ、罪のない相手を傷つける人がいるのかという疑問について、トリニティ・カレッジ(ダブリン大学)で臨床心理学の准教授を務めるサイモン・マッカーシー・ジョーンズ氏が解説しています。
From psychopaths to 'everyday sadists': why do humans harm the harmless?
https://theconversation.com/from-psychopaths-to-everyday-sadists-why-do-humans-harm-the-harmless-144017
ジョーンズ氏は、ほとんどの人は他人を傷つけると自分自身も痛みに共感して苦痛を感じるため、通常は罪のない相手を傷つけることはしないと指摘。この点は、罪のない相手を傷つける人は「他人を傷つけることで喜びを感じる人」であるか、「他人の痛みを感じない人」であることを示唆しているとのこと。
中でも他人を傷つけやすいタイプの人として、ジョーンズ氏は「サディストとサイコパス」を挙げています。他人を傷つけたり屈辱を与えたりすることで喜びを得るサディストは、他の人の痛みにより敏感であり、それを楽しんでいるそうです。
サディストはフィクションにおいて拷問者や殺人者と結びつけられることが多いですが、これほど極端でない「日常のサディスト」はより広範囲に及んでいるとのこと。日常的な残忍な映画を楽しんだり他人の争いを見て興奮したりするサディストは、全体から見れば少数派であるものの、大学の学部生を対象にした調査では約6%が「他人を傷つけることから喜びを得る」と回答したとの結果もあります。
また、インターネットの荒らしや学校におけるいじめっ子も、日常のサディストである可能性があります。日常のサディストは暴力的なゲームをプレイする傾向があるほか、オンラインゲームでは他人に苦痛を与えるために嫌がらせをする「griefer(グリーファー)」になる可能性もあるとのこと。
サディストとは対照的に、サイコパスの人々は「相手が傷つくと楽しいから」という理由だけで誰かを傷つけることはしないとジョーンズ氏は指摘。その代わりに、サイコパスは「自分が望むもの」を手に入れる上で誰かを傷つける必要がある場合、一般的な人々より簡単に罪のない相手を傷つけることができるそうです。
サイコパスは同情や後悔、恐れを感じにくいために誰かを傷つけることに抵抗が少ないそうで、ジョーンズ氏は「これは非常に危険なスキルのセットです」と述べています。多くの人々は誰かに危害を加えたり、拷問したり、殺したりすると自分自身も苦痛を感じますが、サイコパスの人々はそのハードルを乗り越えることが容易です。また、多くのサイコパスは他人の気持ちを理解しており、第一印象をよくするために身だしなみに気を配っているケースが多いとのこと。
幸いなことにほとんどの人はサイコパス的な傾向を持っておらず、2009年の研究では、サイコパスに当たる人々は全体の0.6%程度であることが示されました。ところが、囚人を対象にした調査では男性囚人のうち8%、女性囚人のうち2%がサイコパスだったとの研究結果もあり、罪を犯すことにためらいがない人の割合が多い傾向もあるようです。
また、全てのサイコパスが危険というわけでもありません。世の中には反社会的ではなく向社会的なサイコパスも存在しており、向社会的なサイコパスは斬新なアイデアを恐れずに追求することにスリルを感じる性質から、社会にイノベーションをもたらすこともあるとジョーンズ氏は述べています。
一体なぜ、一部の人々がサディスティックであるのかについては、「狩猟社会において動物を殺すのに役立った説」や「権力を手にする上で有益だった説」など、さまざまな説が存在しています。神経科学者の中には、「サディズムは厳しい時代によって引き起こされる生存戦術である」と主張する人もいるとのこと。これは食生活の変化に伴って神経伝達物質のセロトニンが不足することによって、他人を傷つけることが容易になるという説に基づいています。
また、サディストだけではなくサイコパスも、環境に適応した結果である可能性があります。サイコパスであることがより高い生殖能力に結びついているとの研究結果やその逆の傾向を示す研究結果もあることから、特定の環境においてサイコパスであることが生殖上の利点になるかもしれないとジョーンズ氏は指摘。衝動性や恐怖心の欠如といったサイコパスの特性は、不安定な状況でリスクを冒し、生殖や事業で成功するのを助ける可能性があるとのこと。
サディズムやサイコパスなど、他人を犠牲にして自分の効用を最大限に引き出す傾向は「D因子」と呼ばれ、遺伝によって子どもに引き継がれる部分があるそうです。また、D因子の強い親は子どもや周囲の人物に虐待的な行動を取ることで、子どもがその様子から学習してD因子を持つこともあるとジョーンズ氏は述べています。
誰かを傷つける行動を促進する要因の一つとして、「人間を非人間化すること」が挙げられます。誰かをイヌ・シラミ・ゴキブリなどと呼ぶことで「人間ではないもの」として扱うことは、相手を傷つける際の苦痛を減らす役に立ちます。「誰かが社会的規範を破ると、その人の顔を非人間的なものとして扱いやすくなる」との研究結果もあり、人間には相手を非人間化することで罰するハードルを下げているとのこと。
しかし、「誰かを人間として見なしている限り、相手を傷つけることはない」との考えは楽観的かもしれません。心理学者のPaul Bloom氏は、周囲が非人間的なものとして扱おうと試みているにもかかわらず、その相手が人間的に振る舞っている場合、人はより残虐な行為に及ぶかもしれないと主張しています。
また、一部の人々は「Do-gooder derogation(より良い者への危害)」と呼ばれる行動を取ることも知られています。これは、他の人々に対して利益をもたらす寛大な人に対して危害を加えようとする行動のことで、「Do-gooder derogation」に従事する人は「他者から尊敬される良い人」がより支配的な権力を持ち、将来的な脅威になることを恐れているそうです。
最後にジョーンズ氏は、「苦しみを与えることで奮起を促す」という教育的な考えから、誰かに対して残酷な仕打ちをする人々についても言及しています。「成長には苦痛が付きもの」という考えは根強いものの、他人からの厳しい仕打ちは肉体や精神に長期的な悪影響を与える可能性があり、残酷な仕打ちを通した教育は権力の乱用とサディズムを招くため、教育する立場の人間は残酷に振る舞ってはならないと主張しました。
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