サイエンス

なぜ統合失調症や薬物依存に苦しむ人は「正しい判断」を下しにくくなるのか?


人々は日常のさまざまな場面で「判断」を下しており、失敗やアドバイスを元に自分の判断能力を向上させ、自分にとって正しい判断を下せるように改善を繰り返します。多くの人がこれを当たり前と感じている一方、統合失調症の患者や薬物などの中毒(物質使用障害)に苦しむ人は正しい判断を下すことが困難だそうで、クイーンズランド大学の研究者であるJames Kesby氏らがその理由について解説しています。

Why do some people struggle to make 'healthy' decisions, day after day?
https://theconversation.com/why-do-some-people-struggle-to-make-healthy-decisions-day-after-day-147666

日常の状況では、明確に「正しい判断」と「間違った判断」を分けることが難しい場合も多いですが、いくつかの選択は自分や周囲にポジティブな結果をもたらすことが予測できます。Kesby氏によると、人間の脳は意思決定を行う際に「価値」「動機」「行動」「戦略」といった4つの重要な要素を元に判断を下しているとのこと。


目の前に「A」と「B」という2つの選択肢がある時、まずはどちらの選択がより報酬が多いのか、より多くの「価値」をもたらすのかを理解する必要があります。そして、選択によって獲得できる報酬に対して自分の個人的な「動機」が作用し、どの選択が好ましいかが左右されるそうです。

続いて選択を行った場合に伴う「行動」について把握し、これら全ての情報を組み合わせて最も報酬を最大化する「戦略」を理解することで、人々はようやく自分にとって「正しい選択」ができるとのこと。さらに、この複雑なプロセスを要する選択を繰り返すことで、時間と共に意思決定能力を向上させていくことができるとKesby氏は説明しています。


しかし、精神障害や物質使用障害を患っている人々は、この意思決定プロセスに問題が生じるケースがあるとのこと。たとえば2018年の研究では、統合失調症の患者は「自分の行動とそれに伴う結果」の関係を理解するのに困難を感じていると示唆されました。つまり、統合失調症の患者は選択肢「A」と「B」について、「A」の方が「B」より価値が高いとわかっていても、行動と結果の関係がわからずに「B」を選択してしまう可能性があるそうです。また、統合失調症の人々はより少ない情報から結果を導き出す戦略を採用しやすく、一足飛びに結論に飛びついてしまうことが多いとKesby氏は指摘しています。

覚せい剤などの物質使用障害に苦しむ人々も、「特定の結果が変化した際」に正しい判断を下しにくくなることが2011年の研究で示唆されています。たとえば、全ての信号の意味が逆転して「赤信号は進め、青信号は止まれ」という意味になった場合、多くの人は最初こそ戸惑うものの、やがて変化を受け入れて行動を新しい信号に合わせます。ところが、覚せい剤に依存する人々は、たとえ青信号で進んでしまったことで事故に巻き込まれたとしても、青信号で進み赤信号で止まり続ける可能性が高いとのこと。

このように、統合失調症患者の意思決定プロセスに問題が生じたり、覚せい剤の乱用者が変化する環境に適応しづらくなったりするのは、いずれも脳内の神経伝達物質であるドーパミンが原因だと考えられているそうです。


人間の脳には、さまざまな反応を制御する複数の回路と神経伝達物質が含まれており、これらが相互作用することで複雑なプロセスを実行できます。たとえば統合失調症や物質使用障害の影響を受ける意思決定プロセスは、複雑な思考を行う大脳皮質とサブ領域の線条体が相互に関連して行われるとのこと。

統合失調症患者の脳ではドーパミンの分泌量が変化し、これによって幻覚や妄想が引き起こされるとされています。ドーパミンは報酬を予測し、決定を下し、身体的行動を制御するなど、物事を選択する上で重要な役割を果たしています。Kesby氏らの研究では、線条体におけるドーパミンの増加は大脳皮質が情報を統合する能力に問題を引き起こし、統合失調症患者の意思決定を困難にする可能性があることが示唆されました。

また、覚せい剤の乱用も過剰なドーパミン放出を促し、変化する環境に適応して目標を変化させることが困難となるとKesby氏は指摘。健康な人々は、脳が取り入れた新しい情報に基づいて習慣を変化させることができますが、薬物依存は習慣的な行動を強固に根付かせてしまうとのこと。これにより、薬物中毒者はもはや薬物を楽しんでいなくても、薬物の摂取を断つことが難しいそうです。

Kesby氏は、「残念ながら、認知能力の問題は治療が困難です。認知を確実に改善させることが示されている統合失調症や覚せい剤依存症の薬はありません」とコメント。しかし、特定の状況でよりよく脳が反応するように訓練する認知機能改善療法などは、統合失調症の人が意思決定能力や視覚的記憶を回復する役に立つ可能性があるとのことで、さらなる研究で精神疾患を抱える人々の生活が改善されることを願っていると述べました。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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