サイエンス

作物の成長を加速させる試みで「量子ドット」が注目されている理由とは?


近年では、地球環境の変動や人口の増加に伴って従来よりも効率的な農業の方法が模索されており、畑から「植物工場」で行われる垂直農業への転換も進みつつあります。そんな中、特殊な状態の半導体結晶である「量子ドット」が、作物の成長を加速させる上で役立つと注目されているとのことです。

Quantum Dots Shift Sunlight's Spectrum to Speed Plant Growth - IEEE Spectrum
https://spectrum.ieee.org/view-from-the-valley/at-work/start-ups/quantum-dots-shift-sunlights-spectrum-to-speed-plant-growth

半導体などの物質に含まれる励起子が三次元空間全方位で閉じ込められている量子ドットは、特殊な電気的特性を持っているため、量子ドットレーザー量子コンピューターなどへの応用が期待されています。中でも有機溶媒に分散させることが可能なコロイド状量子ドットは、ディスプレイの色を改善する最新の技術に使用されているとのこと。

一般的な液晶ディスプレイでは白色のLEDが放出する光をフィルタリングし、赤・青・緑の光に変換して色を再現しています。ところが、それぞれの色を取り出すという機能は「取り出したい色以外の可視光線を吸収する」ことで実現されており、赤色のフィルターでは赤色以外の波長の可視光線が、青色のフィルターでは青色以外の波長の可視光線が吸収されて無駄になってしまいます。より鮮やかな色彩を再現しようとするほど、フィルターを透過する可視光線の波長が制限されてしまうため、光のロスもより大きくなるそうです。

一方、量子ドットは光の波長を遮断するのではなく「調整」することで、吸収した光を特定の色に変換して透過させることが可能です。この性質を利用して、量子ドットを使ったフィルターを白色LEDとディスプレイの間に配置することで、量子ドットを使った液晶ディスプレイは光の無駄を極力減らしてきれいな色を再現できるとのこと。近年ではこの量子ドットを用いて光の波長を変換する技術を利用して、植物の栽培に役立てる動きが進んでいます。


植物は太陽の光を利用して光合成を行っていますが、光合成に関与するのは太陽光に含まれる全ての波長というわけではなく、実際には青色と赤色の波長が中心です。植物の葉が緑色に見えているのは、光合成に利用されない緑色の波長が反射されているためだとのこと。

近年では植物の生育に必要な光の波長に関する研究も進んでおり、近年の研究では特定の植物が必要とする光はより狭い波長であることも示されています。たとえばトマトの栽培に最適なのはマゼンタの光で、バラは白色っぽい光、トウガラシは黄色っぽい光でよく育つそうです。

こうした近年の研究結果を受けて、「フィルターによって特定の波長の可視光線以外をブロックするのではなく、量子ドットで波長を調整することで作物の成長に最適な光を届ける仕組み」が注目されるようになりました。実際に、量子ドット技術を利用したアプリケーションを開発するUbiQDという企業は、量子ドットを利用した製品を農家に向けて販売しています。


UbiQDの設立者であるHunter McDaniel氏は、ロスアラモス国立研究所で働いていた際に有害なカドミウムを使わない量子ドットの製造法を考案し、この技術を商品化するために2014年にUbiQDを設立しました。「私たちはいくつかの可能な応用例を見つけました。そしてトップに浮上したのが農業であり、製品の需要は莫大なものとある可能性があります」と、McDaniel氏は述べています。

当初、UbiQDは農家に対して「量子ドットを利用して太陽電池に効率的に太陽光を集める技術」を売り込んでいたそうですが、やがて量子ドットを利用して作物の栽培に適した波長の光を届ける方法の検討を開始したとのこと。その結果、量子ドットを利用して光の波長を調整することで作物の収量増加が見込めると判明したため、「温室のガラスの内側に設置して光の波長を調整する」フィルムの製造に乗り出しました。


UbiQDが開発した「光の波長を600ナノメートルに調節してオレンジ色の光を届けるフィルム」は、NASAが資金提供を行ったプロジェクトでその効果がテストされ、レタスやトマトといった作物の収量増加が確認されています。すでにUbiQDはフィルムをアメリカやヨーロッパ、アジアの農家に販売しているそうで、2020年5月には量子ドットのメーカーであるNanosysとパートナーシップを結んだと発表しました。

なお、記事作成時点でUbiQDが量産しているのはオレンジ色の光を届けるフィルムのみですが、McDaniel氏は「さまざまなレシピを模索しています」とコメント。NASAから助成金を受け取っているUbiQDは、宇宙空間での植物栽培に立ちはだかる紫外線の問題を解決するため、「有害な紫外線を植物の成長に役立つ別の波長に変換するフィルム」の開発を進めているとのことです。

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in サイエンス, Posted by log1h_ik

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