「人間の臓器をチップ上に再現する研究」が進展、薬品開発のスピードアップや動物実験の削減に光
現代の薬品や化粧品開発では、人間の臨床試験を行う前段階として動物実験が必要となっています。動物実験で正確な結果を得るには時間とコストがかかるだけではなく、倫理的な問題も指摘されていますが、近年では「人間の臓器をメモリースティックサイズのチップ上に再現する研究」が進んでおり、医薬品開発のスピードアップと動物実験の削減に役立てられる可能性があると報じられています。
Robotic fluidic coupling and interrogation of multiple vascularized organ chips | Nature Biomedical Engineering
https://www.nature.com/articles/s41551-019-0497-x
Quantitative prediction of human pharmacokinetic responses to drugs via fluidically coupled vascularized organ chips | Nature Biomedical Engineering
https://www.nature.com/articles/s41551-019-0498-9
Human body-on-chip platform may speed up drug development – Harvard Gazette
https://news.harvard.edu/gazette/story/2020/01/human-body-on-chip-platform-may-speed-up-drug-development/
Human body-on-chip could overcome current limitations of drug testing
https://www.europeanscientist.com/en/research/human-body-on-chip-platform-could-speed-up-drug-testing/
1つの医薬品が開発されて市場に出回るまでにはいくつもの関門を突破しなければならず、通常は10年以上の歳月と何百億円もの研究開発費がかかることも珍しくないそうです。また、実際に承認を得て診療現場に届けられる薬の割合は、試験された薬物のうち13.8%に過ぎないとの推定もあります。開発の最終段階では人間の臨床試験が必要となりますが、その過程では培養した細胞や動物を対象にした実験が行われています。
培養した人間の細胞を使った実験は比較的低コストですが、生体内の環境とはかけはなれた条件で実験することになり、細胞が本来持っている機能を失っているケースもあります。また、動物を対象にした実験では薬が全身を巡る過程などの評価が可能な一方、種の違いから人間の体内と全く同じ条件を再現することは難しく、薬の候補となる物質の有効性や安全性を正確に把握することは困難だとのこと。たとえば、実権動物のサルでは現れなかった副作用が人間では現れたり、人間では現れない副作用がサルの実験段階で現れたため、有望な薬の開発が動物実験段階でストップしてしまう可能性もあるそうです。
こういった医薬品開発のボトルネックを克服する技術として注目を集めているのが、人間の臓器が持つ生理的機能をチップ上で再現する「臓器チップ」の開発です。2010年、ハーバード大学の研究機関であるヴィース研究所のドナルド・イングバー所長の研究チームが、肺の機能を再現した臓器チップを開発したと発表しました。
臓器チップはコンピューターのメモリースティックほどのサイズであり、透明で柔軟性のあるポリマーで構成されたマイクロ流体培養デバイスです。チップは多孔質膜で隔てられた2つのチャネルからなっており、臓器を模した1方のチャネルでは特定の臓器細胞が培養されており、血管系を模したもう1方のチャネルでは血管内皮細胞が培養されているとのこと。2つのチャネルには独立した液体が送られて臓器モデルとしての機能が維持されますが、チャネルを隔てる膜を通してサイトカインや投与した薬物、薬物を分解した代謝物などの分子をやり取りできるとのこと。
研究チームは既に腸、肝臓、腎臓、心臓、肺、皮膚、血液脳関門、脳などの臓器チップを開発することに成功しています。新たな研究では、それぞれの臓器チップが持つ血管系チャネルを接続することで、個別の臓器だけでなく人間の全身を模した臓器チップモデルを作り出し、薬を投与した際に複数の臓器がどのように反応するのかを分析することができるようになったそうです。
by Wyss Institute at Harvard University
研究者らは複数の臓器チップをつなげたモデルを作ることにより、生体に薬物を投与した際に薬物がどのように吸収され、標的部位にどのような時間経過で到達するのかといった点を調べる薬物動態学や、生体内での薬物の作用を調べる薬力学の観点から薬物の効果を調べることができると考えています。
研究チームは複数の臓器チップをつなげたモデルを評価するため、複数の実験を行いました。1つ目の研究では、8個の臓器チップを接続した状態で、高度に最適化された血液代替物を送りこみました。この装置は全ての組織と臓器的機能を3週間にわたって持続させることができたそうで、組織ごとにおける化学物質の量を定量的に予測することができたとのこと。
2つ目の研究では、互いにリンクされた腸・肝臓・腎臓の臓器チップを流体混合リザーバーに接続し、生体と同様に血液と薬物を臓器チップ間で交換できるモデルを構築。そして腸を模した臓器チップからニコチンを投与して、腸でニコチンが吸収されて肝臓で代謝され、最後に腎臓で排せつされるという、ニコチン入りチューインガムの経口摂取をシミュレートしたそうです。研究チームがモデル内におけるニコチンの取り込みと代謝を分析して、現実の人間から得られたデータと比較したところ、最大ニコチン濃度や各組織にニコチンが到達するまでの時間といった要素が、現実の人間で確認されたデータを厳密に反映していたことが確かめられました。
by Wyss Institute at Harvard University
また、研究チームは抗がん剤として投与されるシスプラチンの薬理的作用についても複数の臓器チップを組み合わせたモデルで測定しています。イングバー氏は、「私たちはヴィース研究所で、サイエンスフィクションをサイエンスファクトにしたいのです。また、臓器チップを使用してこのレベルの生体模倣が可能であることを示すことにより、製薬業界からの関心がさらに高まり、動物実験を徐々に減らすことができるようになることを願っています」と語りました。
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