密閉された室内には、覚せい剤のガスと酸素が送りこまれました。
捕虜には保存食が与えられ、室内には水が出る蛇口やトイレ、ベッドも用意されていました。
実験の様子は、室内に設置されたカメラやマイクで監視されたそうです。
最初の3日間は、実験の経過は順調。捕虜たちは眠ることなく3日間元気で過ごしました。
研究者たちは、「これでナチどもの鼻をあかせるぞ。同志スターリンもきっとお喜びになる」と言い合って実験に期待を寄せました。
この実験の期間は30日であり、捕虜たちは「30日間眠らずにいられれば開放してやる」と聞かされていました。もっとも、ソ連には捕虜を解放する意思など少しもなかったとのこと。
しかし、4日目にさしかかると実験の雲行きが怪しくなってきます。捕虜たちは、彼らが戦場で見た悪夢を話し合って、トラウマに悩まされる様子を見せ始めました。
5日目には状況がさらに悪化。捕虜は精神障害の傾向を示し、そこにいない誰かや自分自身に話しかけるようになりました。
しかし、ここまではおおむね研究者たちの想定内でした。5日も眠らずにいると、リアルな幻覚を見てしまうことは既に知られていたからです。
研究者たちの関心事は、幻覚が「覚せい剤のガスの影響」なのか、「不眠による影響」なのかという点でした。
しかし、9日目になるとガスのせいだということがはっきりしてきます。捕虜の1人が、突然叫びながら走り回り始めたからです。これはただの幻覚では説明がつきません。
その後数日間は、一転して不気味な静寂が室内を支配していました。カメラには何も映らず、音も聞こえません。
酸素はきちんと消費されていたので、捕虜たちが生きていることだけは確かでした。
実験が半分過ぎた15日目に、ついに研究者は実験の中断を決意。しかし、そのことを捕虜に告げると、室内からは落ち着いた声で「もう解放されたくなんかない」という答えが返ってきました。
それでも、研究者らが室内へのガスの散布を中止して新鮮な空気を送りこむと、室内からは捕虜たちの悲鳴が響きわたったとのこと。
そして、捕虜たちは「ガスをくれ!」と懇願しました。
実験を中止して部屋に入った研究者を待っていたのは、地獄絵図のような光景でした。
捕虜たちは、自分の皮膚や筋肉を引きちぎっており、ある捕虜は腹を割かれて肺が動いているのが見えるような状態だったそうです。
ある捕虜の内臓はきれいに床に並べられており……
別の捕虜がそれを食べようとしていました。
惨状を目にした研究者は震え上がり、すぐさま軍に通報して兵士を呼びました。
捕虜を部屋から出そうとする兵士たちと、実験室から出たくない捕虜たちの争いは取っ組み合いに発展。
研究者は巨大なヘラジカを一発で黙らせるほどの鎮静剤を捕虜に投与しましたが、効果なし。
捕虜の1人は心臓が止まって倒れた後も「ガスをくれ、ガスをくれ」と繰り返しました。
乱闘に巻き込まれた研究者の1人は骨折。
乱闘で5人の兵士が命を落としたほか、事件後に自殺してしまった者もいたそうです。
生き残った3人の捕虜は、厳重に拘束されました。
「こんなはずではなかったのに」と研究者たちは嘆きます。
生き残った捕虜のうち1人は、内臓を戻す手術中に麻酔を注射された途端に死亡。
そこで、残りの2人は麻酔なしで皮膚の再建手術を行うことに。
捕虜は手術中ニヤニヤといやらしく笑い続けているので、看護師が何事か尋ねようと紙とペンを渡すと……
捕虜は「切り刻み続けてくれ」と紙に書きました。
また、もう1人は手術中に「ガスをくれ!」というので医師が理由を尋ねると、捕虜は「起き続けなくちゃいけないんだ」と答えました。
医師は、「もしこの捕虜たちが自分の内臓を食べることに夢中にならなければ、夜勤の清掃員や警備員にぴったりなのに」と考えます。
そこで、ソ連国家保安委員会(KGB)のエージェントだった関係者は、「もう1度覚せい剤のガスを与えてみたらどうか?」と思いつきます。
「兵士たちに起きた問題は覚せい剤が切れた禁断症状ではないか?」と考えたからです。
実際にガスを与えてみると、2人は元気におしゃべりし始めました。
しかし、やがて片方は激しい脳の活動を示した後に死亡。
もう片方も廃人同然になってしまいました。
すると、研究者の1人が突然上官を射殺した後に、生き残った捕虜を撃って「こんな奴と一緒にいるのはごめんだ!」と叫びました。
そして、「お前は一体なんなんだ!?」と尋ねると、撃たれた捕虜は……
「そんなことも忘れてしまったのか?おれたちはお前たちだ」
「おれたちはお前たちの心の中に潜む狂気だ」
「お前たちの最も奥深くに眠る獣のような心の中で、いつも自由になれる瞬間を願っている」
「毎晩お前のベッドに忍びより……」
「お前が眠りの中に逃げ込むとき、お前を動くことも話すこともできないようにするんだ」
それを聞いた研究者が、最後の捕虜を射殺……というのが、「ロシアの睡眠実験」の詳細な一部始終です。
このストーリーはインターネット上で大流行しました。しかし、当然ながらただの作り話です。
一読するだけで、「文法の勉強をしなければならない人が書いたもの」だと分かってしまうとのこと。
また、ストーリーの中にもツッコミどころがあります。例えば、ある部分には「酸素濃度から捕虜が生きていたことは明らか」だと書かれていたのに……
次の展開では、「捕虜がどうなってしまったのか分からないので、実験の中断に踏み切った」ことになってしまっています。
また、生き肝を抜き取って床に並べようものなら、すぐに失血死してしまいます。
もちろん、人を15日間も眠らずにいられるようにしたり、「自己嫌悪ゾンビ」にしてしまうようなガスも発見されていません。
確かに、第二次世界大戦中の兵士たちが不眠に悩まされたり……
兵士に薬物が配られたりしたのは事実です。
しかし、重度の薬物中毒者でも、起きていられるのはせいぜい24時間から36時間が限度だったとされています。
また、国防総省が行った実験では、48時間起き続けていた人は頭の働きが鈍くなってしまうので、兵士としてはまったく役に立たないと結論付けられました。
そもそも、ソ連がこんな実験を行ったかどうかも疑わしいとのこと。また、この話を裏付けるような論文などもありません。
一方、不眠や幻覚を伴うモルヴァン症候群という病気があることや……
戦時下で「睡眠を遮断する拷問」などが行われたのは事実です。
「それでも、中毒性のガスやゾンビのようになった捕虜の話は到底信じがたいもの」との結論でムービーは締めくくられています。
「ロシアの睡眠実験」は都市伝説やフェイクニュースの真偽を検証するSnopes.comでも、「False(偽)」と判定されています。