量子コンピューターに革新を起こす発見が「機材の爆発」から生まれる

By IBM Research
ペニシリンやポリエチレンの発見のような、偶然による発見が現代の科学技術を大きく進歩させてきました。従来のPCよりも約1億倍高速とされる量子コンピューターの技術を大きく進歩させる可能性を秘めた発見もまた、実験室で起こった偶然によって生み出されたことが報告されています。
Coherent electrical control of a single high-spin nucleus in silicon | Nature
https://www.nature.com/articles/s41586-020-2057-7
Engineers crack 58-year-old puzzle on way to quantum breakthrough | UNSW Newsroom
https://newsroom.unsw.edu.au/news/science-tech/engineers-crack-58-year-old-puzzle-way-quantum-breakthrough
2020年3月11日(水)、ニューサウスウェールズ大学の量子工学教授、アンドレア・モレロ氏を始めとする研究チームがNatureに発表した論文で、「nuclear electric resonance(核電気共鳴)」の発見が報告されました。核電気共鳴はノーベル物理学賞受賞者であるニコラス・ブルームバーゲン氏によって1961年に予想されていましたが、約60年間、誰も発見することができなかった現象でした。
モレロ氏は「核電気共鳴は、磁場を発生させずに、単一の原子核の磁極を制御できる方法です。この発見は、量子コンピューターを構築するための新たな道筋ができたことを意味しています」と語っており、量子コンピューター技術のさらなる発展を示唆しています。

これまで原子核の磁極を制御する方法は、核磁気共鳴が一般的でした。核磁気共鳴はMRIにも利用されており、磁場を発生させることで複数の原子核の磁極を制御することができます。しかし、磁場を発生させるには大きなコイルと電流が必要で、小さな空間に限定して磁場を発生させることが困難であることから、核磁気共鳴では単一の原子核だけを制御することは難しいとされています。
一方、核電気共鳴は、小さな電極の先端でも発生させられる電場によって原子核の磁極を制御できます。モレロ氏は、磁場と電場による原子核の制御の違いビリヤードに例えて、「核磁気共鳴は、ビリヤード台全体が常に揺れている状態で、ボールを打とうとするようなものです。目標のボールだけでなく、他のすべてのボールも動いてしまいます。核電気共鳴は、固定されたビリヤード台でボールを打つようなもので、狙ったボールだけを思い通りに動かすことができるのです」と語っています。
核電気共鳴は、モレロ氏と共に研究を行っているヴィンセント・ムーリク氏(左)とセルワン・アサード氏(右)が行っていた実験の失敗により偶然発見されました。

もともと、モレロ氏らの研究チームは、アンチモンの単一の原子核に対して核磁気共鳴を行う実験を行っていました。しかし実験を始めてみると、原子核は非常に奇妙な動きを見せ、特定の周波数で強い反応を示したとのこと。「何かがおかしい」と気づいた研究チームはさらなる調査のため、原子核を制御する高周波磁場を作る特殊なアンテナを作製。そして磁場を強くしようとアンテナに多くの電力を加えたところ、アンテナが爆発してしまったそうです。
以下の画像が実験で使用したアンテナで、爆発前の状態。このアンテナに強い電力が加わったことにより……

赤い丸で囲われた部分が、爆発によって焼き切れてしまいました。

ムーリク氏によると、アンテナが焼き切れてしまった場合、通常なら使い物にならないため、装置は廃棄しなければならないとのこと。しかし、焼き切れたことによって漏電を起こしたアンテナと、アンチモンの原子核が共鳴していることが判明しました。
アサード氏は当時を振り返り、「私たちが核磁気共鳴ではなく核電気共鳴を行っていることに気付かされた瞬間でもありました」と語っています。詳しく調べたところ、アンテナの漏電から作り出された強い電場によって、アンチモンの原子核が核電気共鳴していたことが明らかになりました。
核電気共鳴には強力な磁場が不要であることから、これまで核磁気共鳴によって生み出されていた量子コンピューターやMRIなどの大幅な消費電力の削減や、量子コンピューターの量子ビットをより効率的に制御する方法および開発速度の上昇など、量子科学分野のさらなる発展の足がかりになることが期待されています。モレロ氏は「核電気共鳴の画期的な研究成果は、発見と応用の宝庫を開くでしょう」と述べています。
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