アザラシの頭にアンテナを取り付けて海洋の謎を解き明かそうとするNASAの研究者
西ブルターニュ大学からアメリカ航空宇宙局(NASA)のジェット推進研究所へと、客員研究員として招かれているLia Siegelman氏は、南極周辺の海を調査するためにアザラシの頭にアンテナを取り付けてデータを収集しています。Siegelman氏はアザラシの収集するデータを基に、海洋における熱輸送システムについて調査し、これまでは知られていなかった熱の移動経路について発表しました。
Enhanced upward heat transport at deep submesoscale ocean fronts | Nature Geoscience
https://www.nature.com/articles/s41561-019-0489-1
Data with Flippers? Studying the Ocean from a Seal's Point of View – Climate Change: Vital Signs of the Planet
https://climate.nasa.gov/news/2871/data-with-flippers-studying-the-ocean-from-a-seals-point-of-view/
Seal takes ocean heat transport data to new depths
https://phys.org/news/2019-12-ocean-depths.html
This NASA photo of a seal wearing an antenna has a very "deep" explanation | Inverse
https://www.inverse.com/article/61485-seal-antenna-photo
南極海を含む南極周辺の海洋は大西洋、太平洋、インド洋をつないでおり、地球の気候システムを考える上で非常に重要な地点です。海洋における熱の輸送についても南極海の海流が大きな役目を果たしているとみられていますが、特に海洋の上層と下層における熱輸送については、まだ完全に理解されていません。南極海の海流は非常に激しく、大気中でいう嵐のような渦も発生する上に、人里から遠く離れた地域にある南極海を調査することには困難が伴います。
そこでSiegelman氏は、南極周辺に生息するミナミゾウアザラシの頭に「帽子のようなアンテナ」を取り付け、南極海のデータを収集してもらうことにしました。ミナミゾウアザラシは中型のピックアップトラック程度の重さがあり、地上では動きが鈍く見えますが、海中では非常に高い持久力を持って広範囲を泳ぐことができます。
アンテナを付けたミナミゾウアザラシは調査期間の3カ月間で4800km以上を泳ぎ、1日あたり80回も海に潜り、深度500~1000mほどの海を泳ぎ回ったとのこと。「眠っている時でさえアザラシは海に潜り、葉のように浮かびます」とSiegelman氏は述べました。一部のミナミゾウアザラシは南極の氷の下を泳ぐこともあり、通常の調査ではなかなか得られない貴重なデータを入手できたそうです。
ミナミゾウアザラシに取り付けられたアンテナは、アザラシが繁殖または毛の生え替わりに合わせて陸地に戻った際に回収され、研究チームは収集したデータを取得しました。また、ミナミゾウアザラシの毛が抜ける際にはまるで脱皮のように表面の毛が一気にはがれるそうで、万が一アンテナの回収に失敗した場合でも、毛の生え替わりと共にアンテナが取れる仕組みになっていました。
Siegelman氏らはミナミゾウアザラシが収集したデータと衛星による観測データを分析し、海中に作られた渦によって水の密度が急激に変化する、「海中の前線」が発生する場所を特定。この前線は海洋深部から海洋表面へと熱を運ぶ役割を果たしていたとのことで、海洋中の前線が熱を運ぶ「ダクト」として機能していたとSiegelman氏は指摘しています。
「これまでのほとんどのモデリング研究では、海洋の熱が表面から海洋内部へと移動することが示されていました。しかし、ミナミゾウアザラシによる観測データから、そうではないことがわかりました」とSiegelman氏は述べました。海中の前線によって海洋表面が温められれば、その分だけ海洋が大気中から熱を吸収することが困難になるため、新たな熱輸送システムの発見は地球の気候モデルや熱収支モデルに影響を与える可能性があるとのこと。
Siegelman氏は、「これらの小規模な前線を正確に捉えないことは、海洋内部から海洋表面に輸送される熱を過小評価する可能性があり、結果的に海が吸収できる熱の量を過大評価するかもしれません」と指摘。海中の前線が世界中の海洋と気候システムに与える長期的な影響を理解するため、さらなる研究が必要だと主張しました。
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